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第十六話 グランケアンⅤ

草陰が揺れる。

その目の位置は高かった。

 ナダとアメイシャの心臓が緊張感によって高鳴る。

 だが、あくまで動こうとはしない。相手の出方を見る。

 そして、現れたのは立派な角を持つ――鹿だった。

ナダの身長を超えるほど体は大きく、頭に生えた角は雄々しく立派だ。きっと牡鹿だろう。シカは草食動物であり、滅多に人を襲うことはないのだが、ナダとアメイシャは共にシカを睨みながらゆっくりと立ち上がって、注意深く鹿を観察する。

 急に立ち上がって、攻撃すると思われたくなかったからだ。


「で、ナダ、どうするの?」


 小声でアメイシャは言う。


「ゆっくりと下がるぞ――」


 戦う気のなかったナダは小さく言った。

 それから二人はシカから距離を取るようにゆっくりと後ずさる。

 シカはナダとアメイシャには目をやる様子もなく、一直線にたき火へと向かって行った。そのまま鼻を突っ込んだが、熱によって驚いたのか急いで離れた。それからたき火から背を向けて、急いで闇の中に帰っていく。

ナダはシカが逃げていった事により、ほっと一息をついた。


「何だったんだ、あれ?」


「さあ?」


 アメイシャも首を傾げている。


「たき火にでも興味を持ったのか?」


「見た事なかったのかも知れないわね。今時山の中に入る旅人なんか少ないから」


「なるほどな」


「なんか疲れたわね。寝ましょうか。火も消えちゃ――」


 鹿が頭を突っ込んだので、たき火はすっかりと火を失っている。

 そんな時だった。

 ――森の奥から大きな木の枝が折れた音が聞こえる。

 ナダとアメイシャの動きが止まった。

 闇の中から先ほどの鹿の目とはまた違う別の明かりが輝いた。

 まるでそれは闇夜に浮かぶ小さな灯のようだったが、鋭く白い犬歯が見えたことによってすぐにその明かりの持ち主が獰猛な獣だということが分かった。


「なに、あれ――」


 アメイシャは思わず口に出してしまった。

 それを切っ掛けにして、その獣は四本足で姿を現した。大きな遠吠えを上げながら。

 ナダの胴体ほどかと思うような太い腕。その獣は、頭も、首も、腹も、腕も、全てが人よりも太かった。

 ――熊、だった。

 なんでも食べる獣だ。

人が恐れる獣の一種だ。

人ではあり得ないほど大きな巨体が、木々をなぎ倒しながら現れた。

血走った目が、確かにナダとアメイシャを視界に入れている。

口の端から洩れる息は静かな夜にナダとアメイシャの周りに太くまとわりつくようだった。


「熊だろ――」


 ナダは静かな声で言った。

 見たことがある獣だ。

 と言っても、死んだ姿しか見たことがない。故郷の村の猟師が獲った姿しか。あの時も子供ながらに自分よりもはるかに大きい獣である熊に対して、恐れたのは言うまでもないだろう。

 ナダは背中を見せるような愚かな真似をしない。捕食者は獲物が逃げ出すときに追いかけるのだ。そう村の猟師から教わった。幼い時より山に入ることの多かったナダは、そのような忠告を受けていた。もちろんそれを破ったことはない。

目を合わせずに熊の足元を見ているナダは、ククリナイフを素早く鞘から抜いて右手で持つ。


「だからって、なんで――」


「ちょっと黙れ。騒ぐと襲ってくるぞ――」


 ナダはわめきだしそうなアメイシャの口を左手で抑えた。

 できればクマにはここで逃げてもらいたいと思っている。

 モンスターとして考えるなら、熊は十分強いモンスターだ。少なくともナダとアメイシャの二人で戦うような相手ではない。本来なら大の大人が徒労を組んで、作戦を練って狩る相手だ。さらにここは地上なので、アメイシャのギフトの威力は確かに落ちているのだ。

 さらに逃げ切ろうにも熊の足は人間よりも早い。

 とても厄介な獣だ。

 ナダはアメイシャの口を押えたまま少しずつ後ろに下がりながら、熊がどこかに行ってくれる事をひたすら願った。

 だが、そんなナダの願いが叶うことはなく、熊は前足を地面につき二人めがけて突進し、二人に襲い掛かるように勢いよく飛び掛かった。


「ちっ――」


 ナダは驚きのあまり体が動かないアメイシャの体を力強く押して、自分は反対側へ飛ぶ。

 二人の間を熊が通り過ぎた。

 熊は勢いよく進むが、途中で急ブレーキをかけた。ナダはそんな熊の無防備な背中へ遠慮なく近づいた。両手に持ったククリナイフを力強く振るう。

 だが、ナダの刃は止まった。

 熊の背中に少しだけ食い込むが、分厚い脂肪と太い筋肉、それに体毛という天然の鎧によって攻撃は防がれた。

 ナダは攻撃を欲張ることはせずに、急いで熊の背中を蹴って、大きく距離を取る。そんなナダがいた場所へ熊は腕を空振りした。

 ナダは目を凝らすが、暗い真夜中だと黒い獣である熊の姿が隠れる。思わずナダは怒鳴るように叫んだ。


「アメイシャ、明かりだ! お前も冒険者だろうが!!」


「え、うん、分かった――」


いきなりの戦闘に未だ意識が切り替えられていないアメイシャは遠くでしりもちをつきながらも、素直にナダの指示に従うように火のギフトを発動させる。それは慣れた者であり、明かりを灯すのは早い。

ナダとアメイシャ、熊の三者を照らすように火の玉が朧げに浮かぶ。


「ありがとよ――」


 熊は急に明るくなった周りに戸惑うように首を左右に振るが、決して逃げる様子はない。それから再度ナダ達へと狙いを定める。

 鋭くなった熊の瞳が、自分たちを敵と認識したことを分かった。迷宮でよく出会う敵意だ。体が震えあがることはない。もう慣れたからだ。

こんな山の坂道で、石や木などが無造作に置いているという足元が悪く、木々と言う邪魔な障害物が多く、おまけにククリナイフという慣れていない武器をもっていたしてもナダは冷静だった。焦ることはない。

意識が戦闘態勢になる。

ナダは切っ先を熊へと向けた。

いつでも斬りかかれるように。

ナダと熊はお互いに近づかない。

円を描くようにゆっくりと歩きながらお互いに隙を伺っている。


「――火よ」


 そんな時だった

 冒険者としての責務を思い出したアメイシャが、攻撃の為のギフトを発動するための祝詞を唱えたのは。

 アメイシャが冒険者として選んだ選択肢はナダを見捨てて逃げるわけでもなく、熊へと果敢に飛び掛かるわけでもなく、いつも自分がしている事だった。

 モンスターを見つけたら、ギフト使いがすることは一つだけ。

 いつものように右腕をモンスターへと向けて、ギフトを唱え、放つだけだ。


「それは誉れ高き炎である。何よりも大きく、力強く、それでいてあらゆる者共に畏れを。我は龍。誉れ高き王である。天と地をともに手に入れ、全てを焼き尽くす。我が魂に――」


 アメイシャが選んだギフトは最も自信があり、最も威力が高いギフトだった。

 その名を――『焔龍の吐息クェアダ・シャマ』と言う。

大気が鳴り響く。

まるで嵐が訪れているかのような音に、思わず熊の意識がアメイシャへと向いたぐらいだ。

アメイシャは両手を伸ばした。

右手を上にして。左手は下にして。

それはあたかも龍の顎のようであり、煌めく炎が手の間に火の塊となって生み出される。


「――無限の業を」


 そしてアメイシャが祝詞を唱え終わると、手の中に圧縮された火の玉が熊へと放たれた。熊が体を捻ったので、アメイシャの火の玉は脇腹に当たる。炎が爆ぜる。熱風がナダも感じたほどだった。

 熊が思わず声を上げた。

 太い叫びだった。

 悲鳴だった。


「やったの!?」


 思わずアメイシャが拳を握りこんで、歓喜の声を上げるほどの。

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