第2話 目覚め
「ラビス、ラビス! 」
慌てて部屋に入って来たメリーナは、ベッドで寝ているラビスの元に駆け寄った。後から護衛騎士のフリードもやって来たようだ。
「お父様、お母様、ラビスは、ラビスは大丈夫なの? 」
「メリーナ、落ち着きなさい。怪我も司祭様が治してくださったから、じきに目が覚めるよ」
「お嬢様、申し訳ございません。私が付いておりましたのに……」
「エリスのせいじゃないよ。さっきも言っただろう」
「そうよ。貴女のせいではないわ。エリス、それより着替えてらっしゃい。濡れたままだと、風邪をひいてしまうわ」
ラビスを取り囲むように、この屋敷の主人スミス=ラインズ男爵とその妻アマンダ=ラインズ、ロクトの街のアステル教の司祭のレイモンド、それと、ずぶ濡れになって目を泣き腫らしているエリスがそこにいた。
「いいえ。奥様、私は、ラビス様から離れません」
「もう、しょうがないわね。エリス、着替えに行きましょう」
「奥様……」
アマンダは、エリスの肩を抱え、着替えさせる為、部屋を出て行った。
「怪我は治りましたので、しばらく様子を見ましょう。目が覚めたら、教会までご連絡下さい」
「ありがとう。レイモンド司祭。息子を助けて頂いて感謝する。この恩は、きっとお返しいたしますので」
「当たり前の事をしただけですので、恩などと仰らなくて結構です。ですが、怪我は治りましたが、頭を打っていますので、その後の様子が気になります。是非とも、ラビス君が目を覚ましましたら、夜中でも結構ですので教会にご連絡下さい」
「ありがとうございます」
レイモンド司祭が教会に戻ると、メリーナは、心配そうにスミスに尋ねた。
「お父様、何でラビスは、橋から落ちたの? 」
「うむ。エリスの話だと要領を得ないんだが、少し目を離した隙に橋から落ちてたようなんだ」
「そうなんだ……」
「ラビスは、身体が弱いからね。橋の欄干にもたれて休息を取っていたらしいのだが……」
「私が、先に行っちゃったせいかも……」
「それは、違うよ。メリーナのせいじゃないよ」
「でも、私が、先に行かなければ……」
「誰のせいでもないよ。きっと、立ちくらみでも起こしてバランスを崩したのだろう。大事には至らなかったのだから、きっと大丈夫だ」
「でも……」
「メリーナ。怪我は誰でもするものだ。気にしてはいけないよ」
「目が覚めるまでラビスのところにいていい? 」
「それは、構わないが……」
「いる。絶対側にいる」
「わかった。そうしてあげておくれ。私は、仕事がまだ残っているから書斎にいるよ。何かあれば呼ぶんだよ」
「はい。お父様」
「ラビス……」
スミスが部屋を立ち去ると、メリーナは、4歳年下の弟ラビスの寝顔を心配そうに見ていた。
〜〜〜〜〜
〜〜〜〜
〜〜〜
〜
「主任、何だか蒸し暑いですね〜〜」
「暑いのは確かだが、湿度は高くないはずだ」
「そうですよ。乾燥気味ですよ。立花さんは、そんな事もわからないのですか? 」
「むっ、湯嶋こそ、肌荒れで乾燥具合を計測しているだけだろう! 天然の湿度計を完備してる奴は羨ましいな」
「それは、セクハラですよ。訴えますよ」
「やれるものならやってみろ」
「もう、頭にきたーー! 」
「おい、止めろ! 2人とも」
「主任、こいつが先に喧嘩を仕掛けてきたんだ」
「いいえ。女性に優しくない立花さんがいけないのです」
「仲が良いのか悪いのか、2人はわからんな」
『仲良くなんかありません! 』
「はい、はい」
2人とも絶妙にハモってるぞ。
俺は、日本の公安調査庁、外事部第3課に所属する夜霧 啓吾。31歳。今は、中東にある国の空港を出たばかりだ。ここからは目的地までタクシーで移動するしかない。
ここには、部下の28歳になる立花 祐也と今年で入庁3年目の湯嶋 香織と一緒に、ある人物の行方を調査しに日本から来た。
その人物は、日本のジャーナリストなのだが、ある団体に拉致されたという情報が入った。その正否を確かめるべく、外事部第3課に依頼が来たのである。
「さぁ、2人とも見つめ合っていないでタクシーに乗るぞ」
『見つめ合ってなんかいません! 』
こいつら、絶対、相性ピッタリだ。
俺達は、タクシーに乗り込み目的地を告げる。およそ2時間かかるとタクシーの運転手は言っていた。
「こういう仕事は、外務省がするべきでしょう? 」
「外務省は後から来るそうですよ。会議、聞いてなかったのですか? 」
「湯嶋。会議は、寝るためにあるんだぞ」
「主任、良いのですか? この人、会議中に爆睡してたと宣言しましたよ」
「爆睡じゃない。ウトウトだ」
「どこに違いがあると言うのですか? 」
「全く違うぞ。それにしても、1課の奴らロサンゼルスですよ。俺もカジノやりてーー」
部下のこの2人は、何時もこんな調子だ。正直面倒臭い……
「仕事だ。俺達にNoという返事はない」
「主任、それ、悲しすぎます」
「でも、事実だ」
「こうやって社畜が生まれるんですね。納得しました」
「あぁ〜〜カジノ。俺のアメリカンドリームが遠のいていく」
「立花、文句はもう無しだ。1課も大変なんだ。察してやれ」
「そうですよ。立花さんは、文句しか言わないから女子に嫌われるのです。理解してましたか? 」
「同僚相手に手を出すつもりは絶対無い。だから、嫌われたって構わねんだよ」
「あぁ〜〜可哀想な人ですね。女は本質を見抜きますから、同僚以外でも難しいと思いますよ。残念でしたね」
「くそーー」
タクシーの車窓から眺めると、砂色の街並みが続いている。こうも彩りが無いと、方向感覚がおかしくなりそうだ。
小一時間タクシーが走ると、田舎らしき場所に出る。GPSで、現在地を地図データで確認しながら、周りの風景と照らし合わせていると、急に車が停まった。
「どうしたの? 」
湯島 香織が不安そうに前に覗き込むと、タクシー運転手は
『子供が倒れている』
と現地の言葉で話す。
「私、見てきます」
立花は助手席で寝てるし、女性を見に行かせる訳にはいかない。タクシー運転手は、降りようとしないので、俺は、車から降りようとする湯嶋を止めて、代わりに倒れている子供の様子を見に行く事にした。
『おい、大丈夫か? 』
現地の言葉で話しかけたが、返事が無い。俺は、その子を意識の有無を確認しようと手を伸ばすと、急に右手を掴まれた。
その子は、10歳くらいの男の子だろうか、閉じていた目を開き、ニヤっと笑って『※※※※※※※※※※』と何か叫び手に持っていたスイッチらしき物を押した。
大きな爆発音と共に、小石や砂が飛び交い砂色の煙が立ち上った。
〜
〜〜
〜〜〜
〜〜〜〜
〜〜〜〜〜
「う〜〜ん……」
「ラビス、ラビス」
その呼びかけに俺は目を開けた。
うむ……ここは何処だ?
「ラビス、良かった。ラビス」
誰? この女の子は?
何で泣きそうなんだ?
「あっ……」
その時、ラビスとしての記憶が脳内にある事がわかった。
メリーナ姉さん……
「ラビス大丈夫なの? 頭痛くない? すぐお父さん呼んでくるね」
メリーナ姉さんは、慌てて部屋を出て行った。
おかしい……俺は、夜霧 啓吾だ。だが、ラビスとしての記憶もある。
いったいどういう事なんだ。
俺は、確かあの時、タクシーに乗ってて、倒れていた子供の側まで行って……
「あっ、あの時、死んだのか……俺」
じゃあ、どういう事なんだ。俺は……。
「ラビス、目が覚めたのか? 」
ラビスの父であるスミスを始め、母のアマンダ、メリーナ姉さん、侍女のエリスがか部屋に駆けつけてきた。
「ラビス、良かった。貴方、3日も眼を覚まさなかったのよ」
「すぐ、司祭様を呼んでくれ」
母と父がそう話している。侍女のエリスが司祭様を呼びに部屋を出て行った。
俺は、まだ、意識が混濁していた。
「父様、母様」
「ラビス、私の事わかるわよね? 」
「メリーナ姉さん……」
ラビスとしての記憶で応える。だが、どうも変な感じだ。
「良かった、良かった〜〜」
みんな心配そうに俺を見下ろしている。メリーナ姉さんは、俺の寝間着を掴んで泣いていた。
後から聞いた話では、俺は、橋から落ちて頭に怪我をしたようだ。
その後、俺はこの奇妙な感覚に囚われていた。