Story:8『歪な家族』
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「うだうだしててもしょうがないし……まずはこの湖に沿って歩いてみようかな」
時雨はもう一度湖に向き直ると湖のふちに沿って取り敢えず進んでみることにした。反対側に辿り着けば進んできた道が見つかるかもしれないし、それよりも早く帰路が分かるかもしれない。
真っ白で何も映していないマップも念の為に開きつつ、出来ているか出来ていないのかも分からないマッピングも同時進行で進める。
「えっと、歩いたところには印を……っと」
時雨は少し湿った地面に夜叉の爪でガリガリと跡をつけた。それを数歩、2~3m間隔でしゃがんでつけ、歩き、またしゃがんではつける。
それを続けて歩きながら時雨は辺りに帰り道がなさそうか霧の中でもしっかりと目を凝らし、たまに大跳躍をして空中からも確認するが濃霧で何一つ見えなかった。
そうやって濃い霧の中でも道に迷わないように、迷っても元の場所に戻れるようにと先に進みながら現状の確認をする。視界不良もいいところでいかにバランスブレイカーな時雨であって慎重にならざるを得ない。
「………まぁ、そんな甘くはないかぁ」
が、約30分歩いて分かったのは時雨と湖を囲うようにして生えている草木の間に人が通れるような道はなく、数歩先の地面には先程自分の書き示した印が地面に彫られているという事実のみ。つまり、時雨はまた最初の場所に戻ってきてしまっていた。
「こうなったら森を抜けるしかないのかなぁ……いや、湖畔って名前が付いてるくらいだからこの辺がメインになってるかも…」
時雨は【蠱惑の湖畔】というフィールド名、湖畔と入っているのだから今いる湖の辺がこのフィールドのメインになっている可能性が高いと予想する。
もしその考えが正しかった場合、森に入ったところで問題の解決にはならないと思われる。そうなるとこのフィールド攻略において重要になるのは目の前の湖だ。
泳ぐにしろ、潜るにしろ……百歩譲って水面を走るにしても、時雨は無闇に湖から離れないことを決めた。そして、次に考えることはどうすればこのフィールド内から外に出ることが出来るかである。
もし湖がこのフィールドを攻略する鍵になっているのなら……と、時雨は湖を覗き込んだ。小波1つ立てない青く澄んだ湖には1つの影が揺れることなく、ありのままの姿を映し出した。
『あなたは誰?』
「っ!?」
『あなたは誰?』
「………私はシグレ。あなたは…私?」
無表情に近い顔で時雨は湖を覗いたはずである。だというのに目の前にいるナニカは口を勝手に動かして声をかけてきた。
驚愕し、時雨は咄嗟に夜叉を構えて警戒するがナニカは顔色1つ変えることなくもう一度質問を時雨に投げかける。身を蝕む動揺をなんとか押し殺して時雨は答え、1つの疑問を問う。
『私はあなたはだけど、あなたは私じゃない』
「それはどういうこと?ここからはどうやったら出られるの?」
瞬き1つもしないナニカは時雨の問いに答える。YESであってNoであり、NoであってYESであるとでも言いたげなその言葉の真意を時雨は理解出来ずにさらに問う。
『……………こっち』
「きゃっ!?」
無機質な表情を変えることなく時雨の問いに対して数秒沈黙したと思いきや、先程まで静かだった水面に波紋を広げ鏡面世界のナニカが腕を伸ばし時雨を湖に引き込んだ。
ポチャンッ…と軽い音が鳴り、時雨は咄嗟に目をぎゅっと瞑って口を結ぶ。冷たい水を纏う感覚、呼吸ができなく息苦しく……深い、深い水の底に引きずり込まれ、次の瞬間には
「あれ…?私今たしかに湖の中に入って…」
湖畔に女の子座りでへたり込んでいた。そこは間違いなく地上で、時雨の装備は濡れた形跡も無い。冷たい水の感覚も、息苦しさも全て嘘だったかのような現状に時雨は目を丸くする。
「ここは……さっきと違う?」
辺りに霧はかかっておらず、薄暗い夕焼けが空を赤く染め、頬を撫でる生暖かい風が草木をサラサラと揺らす。
先程までいた場所と酷似しているが、時雨は感覚的にどこかが違うと感じた。もう一度湖を覗いてみるがもちろん映る時雨が勝手に喋ることはない。
『こっちへおいで』
「っ……あ、あなたは誰なの!」
『私はあなたの半分であり、あなたの全部』
「だから、それってどういうことなの!」
『こっちへおいで』
「行くしかないのかな…」
今度は湖の中ではなく後ろからナニカの声が聞こえてくる。時雨が振り返ってそこを見ると、見た目が少し薄い灰色になったシグレが立っていた。
半分で全部…と、また訳の分からないことを話す彼女は振り返って時雨に背中を向けると、走って森の中へと消えてしまう。
『こっち』
「ちょっ…待ってよ!早い!」
『こっち』
「なんで私より速いの…」
『こっち』
「………はぁ…」
ナニカは時雨から十数メートル離れた地点で振り返っては指をさして道を示し、時雨がそれを確認するとまた先に進んで行く。
天賦の才を持つ時雨ですらその動きを完全に捉えることができず、ナニカが止まって振り返らなければ見失ってしまう。
今時雨は〈鬼人演舞〉と《仙才鬼才》を同時使用していて、それによってAGIは4桁近くまで跳ね上がっていた。それでも追いつけないどころか見失いかけるのだからナニカは相当な速さで移動しているのだろう。
『ここ』
「これって…洋館?」
『ここ………さよなら』
「はいはい、ここですか……って、ちょっと待っ───あぁ…消えちゃったよ」
道無き道を……とでも言うような森の中をナニカに導かれるまま進んだ時雨の目の前には白と黒を基調とした美しい屋敷が建っていた。
洋館前、今時雨が居るところには紫色の美しい花が咲き誇り、幻想的で神秘的な…だがどこか危なげを感じさせる庭園が広がっている。
洋館に人差し指を向けてようやく立ち止まったナニカは、そのままスーッ…と時雨の制止を聞くことなく体を夕日に染まる庭園から消し去った。
「いきなり案内されてそのまま消えられても困るよ……まぁ、洋館がこのフィールドに関係しているのは間違いないよね」
時雨は突然現れて洋館へと誘導したら消えてしまったナニカの行動にがっくりと膝を折る。が、それ自体が【蠱惑の湖畔】でのギミックの1つなのだと考えれば無視することも出来ない。
────ギィィィィ…………
「……嫌な予感しかしないんだけどなぁ」
ひとりでに僅かに開く洋館の扉。その隙間からは中の温かい光が漏れ出ており、まるで「いらっしゃい」と招かれているようだ。それが幸せを運ぶ誘いなのか、不幸をもたらす誘いなのか…
「行ってみないとわかんないよね…」
立ち上がった時雨はゆっくりと歩を進める。光が漏れでる扉の隙間に指を入れ、自分が通れるだけギィィ……と開く。
「綺麗…」
美しい飾りが施された内装にキラキラと光るシャンデリア、足元に敷かれた真紅の絨毯、左右から伸びる2階へと続く階段。それらは映画やドラマで見るような洋館のイメージにピッタリとはまっている。
「ここが私の家かぁ……って、え?私今なんて───」
バンッッ
「なんか勝手に扉が閉まった………まぁいっか。そんなことよりもここが私の家なんだ。ふふ、綺麗だなぁ、綺麗だなぁ……全部、全部私のモノ」
「おかえりなさい、シグレ」
「え?……………あっ、スズカ……?ただいま!」
「ご飯の準備はもう出来てるけれど先にお風呂にする?」
「うん。汗をかいてるから先にお風呂にするよ」
「わかったわ。なら、私も一緒に入ろうかしら」
「本当?入る、スズカとお風呂に入る!」
「さっ、お風呂場に行きましょう?」
「うん!」
「あらあら…汗もかいてるけれどたくさん汚れてるのね。頭に葉っぱも乗ってるわよ。何をしてたの?」
「え?う〜ん……よく覚えてないや!」
「まったく…ほら、それを脱いで」
「ふふ、スズカとお風呂なんて久しぶり!」
「そうねぇ…シグレが子供の時以来かしら」
「だね」
「大きくなったわねぇ」
「スズカ〜、髪の毛洗って〜」
「はいはい」
「痛っ…」
「あっ!ごめんなさい!目にシャンプーが入ってしまったかしら」
「大丈夫だよ。スズカ〜、体も洗って〜」
「はいはい」
「スズカ〜」
「なんですか?」
「大好きだよ」
「えぇ、私も………大好きよ。愛してる。離さない。絶対に誰にもシグレを渡さない。悲劇はもう二度と繰り返さないわ」
『【蠱惑の湖畔】にての必要プロセス通過、処理完了。フィールド内容・目的の変更。プレイヤー:シグレが特殊条件を満たしたことを確認。[極特殊ダンジョン:魔を降すは三明の剣]を開始します』
今回の話は一旦ここまでです。区切りよく、テンポよく、それでいて次にどう繋がるかを書きすぎというのはなかなか難しいですね。そのせいで文章量がかなり少なくなってしまいました…
その分の書き溜めは出来ましたが…
ちなみに、コンセプトとしては"悪を知る"ってところです。
そして、新キャラスズカさんとはいかに…