Story:7『未踏の地』
皆様の意見を見て今後の参考にしたいと思いますので、気になったらぜひ気軽に感想や評価をお願いします!
岩肌が剥き出しになり、いくつもの鋭く尖った巨大な石柱が針葉樹のように並び立つ連峰。地上にいる時よりも擬似太陽がとても近くに感じられ、空を漂い流れる白いオブジェクトには手が届きそうな程である。
砂利や小石で足元が悪く、形が不揃いな大岩が落石でもすれば一溜りもない。そんなフィールドにはゴブリンやホーンラビット、ポイズンスネークなどの草原や森で見慣れたモンスターは居らず、大空を飛び回る生物しか存在しない場所だった。
「ゴワァァァァァ!!」
そこは【翼竜の峰】。βサーバーの頃には存在しなかった飛竜が飛び交うそのフィールドは、多くのプレイヤーで埋め尽くされておりLv上げやアイテム回収が進められていた。
「うわぁ!色々いっぱいいるなぁ」
【翼竜の峰】のフィールドを初めて踏みしめた時雨は飛び交う飛竜とそれを狙うプレイヤーの数に驚く。すでに多くのプレイヤーが【始まりの草原】と【始まりの森】を卒業してここに集まってきているのでかなりの人数いるのだ。
「今日はsnowログインしないって言ってたし、私1人だから取り敢えず覗きに来てみたけど……」
1週間の内の2日目、火曜日である今日はなにやら家で用事があるらしく、雪はYour Own Storyにログインしていなかった。そして、いくらLvが上がりやすいとはいえずっと"鬼の王"を周回することに飽きてしまった時雨は、気分で【翼竜の峰】へと足を運んでいた。
周りのプレイヤーから少し離れた地点まで進み、人目につきにくい所まで来たところで時雨はもう1度空を見上げる。そこにも飛竜は飛んでいるが、どうやら奥地まではプレイヤーは来ていないらしく良い狩場になりそうだ。
が、1つの懸念が時雨の中で生まれた。
「あれ飛んでるけど私の攻撃当たるのかなぁ……」
そう、竜───飛竜は飛んでいるのだ。高い高い空中を、雄々しく翼を広げて翔けている。そんな飛竜に地上にいる拳闘士の、近接格闘しかできない時雨の攻撃が当たるのかが酷く疑問だった。
飛び道具や中遠距離攻撃ができるスキルを持っていない時雨にとって、遠く離れた空にいる飛竜に攻撃を加える手段がなかなか思いつかない。
時雨がうんうんと唸っていると、そんな心情など汲むはずのない飛竜は口をガパッと大きく開いてブレスを吹いてきた。
「うわっ!危な…って、えぇ!?地面溶けてるよ…」
時雨に向けて放たれた灼炎のブレスは、飛び退いた時雨の足元の岩を融解させてドロドロとマグマのように変わり果てさせ、プスプスと焦げ臭い煙を上げている。
「ん〜…本当にどうしよう…あっ、ステータスも上がったし、岩壁走れたりするかな...?」
時雨は少し考えた後1つだけ思いついた策のために〈鬼人演舞〉と《仙才鬼才》を発動してステータスを跳ね上げさせる。そして、今あるSTR値の全力を足に込めて高く立つ石柱に向けて走り出す構えをとった。
「ほっ!」
直後、鬼は岩肌にいくつもの大きな亀裂を入れて走り出す。およそ人が走る時になるような音ではないバコンという岩がえぐれる音が大きく鳴ると、めり込んだ足先の岩が新たな足場となり重力に反して時雨の体は上へと進んでいく。
そして石柱の1番上に着いた時、思いっきり踏み込んでその身を浮かばせた。
「グワァッ!?」
今の今まで眼下の大地に蔓延る点の1つだったはずのそれが、今や自分の目線と同じ高さに移動してきたことに飛竜は驚きのあまり翼の制御を失いかける。
その瞬間、飛び去ることさえ出来れば助かった可能性のある命は一瞬のミスで全ての生きる可能性を塵にすることになった。
「"轟撃"!」
気絶効果を確率で発動させるその一撃を時雨は飛竜に見舞う。このスキルは気絶効果だけでなく瞬間的にSTRに補正値が付き、しかも一切のMP消費が無いという優れ技だ。まぁ、そこまで気絶効果が高い確率で与えられるわけではないので過信は禁物ではある。
が、正直なところSTRの瞬間補正など無くとも通常攻撃で倒せてしまうなら使う必要はないうえ、敵を一撃死させる攻撃力があるならば気絶させる必要も皆無である。
それでも時雨がこのスキルを使うのは「拳が纏う赤い演出がかっこいいから」という、たったそれだけの事であり、ゲームにおいて高い位置づけとなるかなり重要な事だった。
「うん、なんとかなるかも。ゲーム様々だね。そうだ、一応普通の攻撃もやってみようかな」
飛竜を拳で弾け飛ばした時雨は着地をして感覚を確かめる。足への負担が無いことから連続で行うことも不可能ではないと判断し、今度は轟撃を使わない状態でのSTR値で攻撃してみることにした。
「せ〜のっと!」
またしても鬼は石柱を駆け上がる。脚力に頼りきった力技の無理矢理な手段。再び飛竜に接近した時雨は、今度はスキルを使わずに空中で前に一回転して踵落としを決める。
飛竜の頭部はくるみ割りでもしているかのようなゴキッという嫌な音を鳴らして墜落し始め、地につく前に光となって空中で散った。
「普通に攻撃しても倒せちゃうか…まぁ、使って損は無いし、かっこいいからいいや!」
使う必要は無いが使う意味はある。そうやって時雨は〈重体術Ⅲ〉までで覚えている轟撃と轟脚の2つを駆使し、ぴょんぴょんと石柱の上を兎のように飛び跳ねて飛竜を羽虫を潰すが如く殲滅し始めた。
■■
「うわっ、なんだあれ?」
「黒くて、2本の……うさ耳か?新種の兎型モンスターとかかもしれないな」
遠く離れた場所で僅かに見える、空をぴょんぴょんと飛び跳ねる黒い体に2本の突起を頭に付けた"ナニカ"が居るのに2人のプレイヤーが気づき目を凝らす。
彼らは多くのプレイヤーと同じく【始まりの草原】と【始まりの森】では経験値が足りなくなり、【翼竜の峰】へと狩場を移したプレイヤーだ。
「なぁ、リーン。あれ……本当にモンスターか?」
「まだ遠いから何とも言えないけど人型には見えるな。ていうか、あれ飛竜のこと倒してないか?」
目を凝らして遠くで起こっている状況の確認をする2人は、飛び跳ねる兎のようなものが人型であることに気づく。
さらに、飛び跳ねた後に空中で飛竜のことを光に変え、他の石柱の上に着地しては再び飛んでを繰り返しているのが見えた。あれが本当にモンスターなのか、それともプレイヤー……もしくはNPCやイベントのフラグかなにかなのか。今の2人にはまだ分からない。
「………近づいてみるか?」
「ヤバそうな感じだったらすぐにファストテレポートを使えばいいだろ」
「だな。じゃあ行くか」
2人は不安定な足場の悪いフィールドを目標めがけて移動し始めた。近づくにつれて聞こえてくる爆発に近い異様な音と、何かが潰れるような痛々しい音に自然と喉がゴクリと鳴る。
心臓の無いシステムの体は早鐘を打つようにして心拍数を上げ、流れるはずのない汗を2人は感じて頬を拭う。ファストテレポートでいつでも撤退出来るようにしていても緊張とも恐怖とも取れない感情が2人の心を支配した。
「あはははははは!」
「「っ!?」」
突然聞こえてきた声に2人は体をビクンと僅かに震わせて足を止める。聞こえてくる笑い声は辺りの騒音に負けることなく2人の耳に届いたのだ。
「あれはやっぱりプレイヤーだよな?」
「あぁ。女の子…だと思う。めっちゃ高くまでジャンプしてるけど」
やっと正しく認識できる距離まで近づいてきた2人の視界に映るのは、岩肌に亀裂を入れなから長い黒髪をなびかせて飛び跳ねる女のプレイヤー。
リアルでは不可能に近いその動きもゲームでは可能になるのでそこまで驚くことはない。だが、ゲームだからという体裁があったとしても2人にとって驚かずにはいられない内容がある。
「ここの飛竜ってそこまで弱くないよな…?」
「いや、むしろ強いほうだろ。ずっと空飛んでて攻撃が当たりにくいうえにかなり堅い。なのにあっちはブレスで離れたところから攻撃してくるんだから厄介極まりないわ」
岩陰に隠れてこっそりと覗き見する2人は目の前で起こっている事に疑問を抱く。飛竜は他のフィールドのモンスターと比べて段違いに強く、それでいて厄介なのだ。
中遠距離で攻撃ができてもDEX値が低ければ当たらず、STR値が低ければ攻撃は通らず、DEF値が低ければ一撃受けただけで大ダメージとなってしまう。故にステータスの足りないプレイヤーが調子に乗って【翼竜の峰】に入ると痛い目を見る。
だというのに…
「だよな、そうだよな。じゃあ、なんであの女の子は一撃で爆発四散させてるんだ?」
「それだけSTRが高いんだろうな…リリースされて数日で可能とはなかなか思えないけど…」
2人の視界に映るのはぴょんぴょんと飛び跳ねる女の子が飛竜を殴ったり蹴り飛ばしたりして一撃で光に変える光景。
長い間プレイされていけば順当に上がったステータスで同じ事も可能になるだろうが、今はリリースされて5日目なのだ。たった5日で飛竜を一撃死させるほどのSTRを手に入れるのは不可能なはずである。
「あははは!ゴブリンキングよりは弱いけど戦いずらさではこっちが上かな?」
「さっきも思ったけどあの子テンション高いな」
「高笑いしてんぞ……てか、あれうさ耳じゃなくてツノだ」
「いやぁ、このゲームどんだけキャラメイクの幅広いんだよ」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら飛竜を次々と倒している少女が、屈託のない笑顔で高笑いをするというなんとも怪しすぎる光景。岩陰から見ている2人は苦笑しながらそれを見守る。
また、近づいたことではっきりと見えるようになった女の子の額には、黒く輝くツノが生えていることが分かった。
数分経つと辺りの飛竜が1匹残らず光に変わり、残ったのは赤黒い装備を纏う美しい女の子。効率的な戦法とは言い難いが、1つ1つの動きが洗練されているようで身のこなしは美しいと言わざるおえない。
「ど、どうする?話しかけてみるか?」
「あぁ。どうやってあれだけの力を手に入れたのか聞いてみたい。イベントに向けて少しでも強くなりたいからな」
彼らは謎の女の子に声をかけることを決断する。可能ならば、その強さの秘密を聞き出し、数日後に開催されるバトルロイヤルイベントに繋げたいからだ。
「あの〜、すみません」
「え?あ、はい。私ですか?」
2人のプレイヤーは岩陰から出ると、戦闘行為を終えた女の子にリーンと呼ばれていた男が声をかける。振り返った女の子の綺麗な黒髪がふわふわと舞い、陽光を浴びてキラキラと光る。
「あっ…なんだろ、心なしかいい匂いがする」
「めっちゃわかる」
「えっ……」
眼前で舞った黒髪からは匂いなど香るはずもないのだが、そう感じてしまうほど女の子は可愛く、白く綺麗な肌が黒髪を映えさせていた。可愛い女の子はいい匂いがするというやつだろう。
が、男達からしたら褒め言葉に近いそれも、知らない相手から言われた女の子にとってはかなりキモ───やばい発言である。先程までの笑顔は消え、不健康そうな青白い肌に変えて頬を引き攣らせた。
「で、出会い厨!?」
「違う!待って───って早すぎ!?」
「AGIいくつだ!?」
1歩後ずさった女の子はそのまま背中を向けて全力疾走でその場から逃げ出す。制止の言葉をかけようとするが一瞬で背中は小さくなり、数秒後には目に見えない距離まで消えてしまった。
「………これが脱兎か」
「上手いこと言ってるつもりかもしれないけどあの子からしたら俺達はただの変態だからな…」
「通報されたらどうしよう…」
脱兎のごとく逃げ出した女の子の小さくなっていく背中を呆然と見つめ、自分達が言ったことを客観的に見返せばただの変態であることに気がついた彼らの背中も段々と小さくなっていった。
■■
「あぁ〜怖い人達に会った。初めて出会い厨っていうの見たよ…」
時雨は今しがた起きた事を思い返し、自分の体を抱きしめるようにして恐怖を和らげる。雪に「出会い厨に会ったらすぐ逃げること!」と注意を受けていたので高いAGIを遺憾無く発揮してその場から逃げた。
「って…あれ?ここどこだろ」
そう、時雨はどこに逃げるかなど考えてはいなかったのだ。無我夢中で逃げた後、冷静になって周囲を見渡せば先程までいた【翼竜の峰】とは少し風景が異なっている。
草原と言うほど平らな土地ではないし、森と言うほど草木が鬱蒼としているわけでもなく、峰と言うほど山の高所でもない。しかも、薄い霧が立ち込めていて周囲の見通しもそこまで良くないため詳しい場所もよく分からない。
「えっと、まずはマップで確認してみよう」
時雨はオプションウィンドウからマップを選択して場所の確認をする。ブンッと目の前に映された真っ白なマップの右上に表記されているフィールド名は
【蠱惑の湖畔】
と、なっている。
「【蠱惑の湖畔】か…【翼竜の峰】とは違う場所なんだね」
蠱惑───人の心を乱し、惑わすことを意味する言葉。それがフィールド名に入っている時点でこの場所がまともな仕様のはずがない。
「先に進むと道に迷ったりするのかな…?取り敢えず来た道を戻って───え?」
下手に進んで道に迷うくらいなら今来た道を戻ろうと時雨は振り向いた。が、そこには小波1つ立てない青く澄んだ湖かあるだけで道など無かった。
おかしい…と時雨は辺りを見回す。時雨は確かに【翼竜の峰】からここまで真っ直ぐに走ってきたはずだった。それなのに肝心の道は無く、反対側の地面が見えないほど大きな湖があるだけ。
「さ、さすがに水の上は走ってないと思うんだけど…」
さしもの時雨も水面を走るトカゲのようにこの湖を走り渡ることはできない。現に足元が濡れているようなエフェクトも出ていないので渡ってきたという可能性は無いだろう。
なら、どうやってここに?
そうやって生まれる疑問に対する答えはいっこうに出ない。無我夢中だったとはいえ、流石にここまで記憶が無いというのは些かおかしい。
「うそ…さっきまであんな所に木なんか生えてた…?」
湖に背を向けるようにして先程まで前を向いていた方に向き直す。そこにあったのは直径2~3mはありそうな太い幹の大樹。霧が濃いせいもあるだろうが、元々の高さもおそらく相当なものでてっぺんは見えない。
こんな印象の強い木を見落とすはずがない。それなのに、時雨はこの木を今初めて見た。幻覚かと思い近づいてぺたぺたと触ってみるが確かに感触はあり、幻覚でないことが分かった。
「そ、そうだ!ファストテレポートで帰れば…」
『現在の地域でオプション"ファストテレポート"は使用できません』
オプションを開いてファストテレポートをタッチするが、ブブーッとエラー音が鳴り、システム音声が淡々と不可能であることを告げる。
「ジルにチャットを…」
『現在の地域でオプション"チャット"は使用できません』
ファストテレポートから項目を変えてチャットを開く。雪はログインしていないので残りのフレンドはジルしかいない。タッチするがファストテレポートと同じようにエラー音とシステム音声が響くだけだった。
「そんな…」
新フィールド【蠱惑の湖畔】が、すでに牙をむいていたことに時雨は今更ながら気がついた。
大変ありがたい事に7話を投稿した現在でVR日間ランキング9位、ブックマーク360↑、pv23000↑を頂きました。ついに日間1桁!拙作を読んで下さり、感想やご意見、誤字修正の報告も頂き大変感謝しています。コメントの方は全ての読み、可能な範囲で返信させてもらいますので気軽に送ってください。