Story:5『禁忌』
皆様の意見を見て今後の参考にしたいと思いますので、気になったらぜひ気軽に感想や評価をお願いします!
Your Own Story初イベント──全プレイヤー同時接続のバトルロイヤル開催が金曜日の夜に告知されてから現実時間で3日が経った。
多くのプレイヤーがイベントに向けて【始まりの草原】や【始まりの森】、βの頃には存在しない新たに発見されたフィールドの【翼竜の峰】でLv上げやスキル獲得、ドロップアイテムの回収をしていた。
もちろん、時雨と雪もそれは例外でなく息の合った連携でガンガンとLvを上げつつ、お互いの動きの改善点を指摘しあって修正するということを続けていた。
2人は時間を忘れてゲームのプレイに没頭した。その理由は、時雨は運動大好きのアウトドア派、雪はゲーム大好き引きこもり型のインドア派、というのが関わってくる。
アウトドア派とインドア派では友人であっても一緒になって遊び、楽しむ方法は自然と少なくなってくる。体を動かしたい時雨と家でゲームをしたい雪は正反対とも言える趣味だ。
2人はお互いの趣味趣向に相手を嫌嫌付き合わせるのも申し訳なく、休日でも遊んだりどこかに出かけたりするのは月に1回あるかないかだった。
そんな時雨と雪は今共通の趣味、Your Own Storyの仮想世界で同じ大地を踏みしめ、互いを高め合うようにしてゲームをプレイしていた。それは、時雨は拳闘士として体を動かせるし雪は大好きなゲームがプレイ出来るということが大きい。
イベントに向けてキャラを育てる必要があるため強敵と戦って鍛錬し、ログアウトして食事をとったり入浴している時でもYour Own Storyの事を考えていた。それは、今までゲームをまともにやったことが無い時雨もである。
そんな楽しそうにしている時雨を見たり、話を聞いたりして雪は「シグレちゃんもゲームにハマっちゃったねぇ」とどこか嬉しそうに微笑した。やっと、やっと隣に立って楽しめる遊びを見つけたのだ。時間を忘れて遊んでしまっても仕方がないだろう。
例え、次の日が平日で学校があったとしても「気づいたら深夜の3時を過ぎてました…」という主張が出ることはおかしくないのだ。
「「ふわぁ…」」
「あ、やっぱり時雨ちゃんも寝不足?」
「昨日は雪と遅くまでゲームしてたからね…」
時雨と雪は学校へ向かうために最寄り駅から出ているスクールバスに乗っていた。座席に着いてリラックスした2人は小さな欠伸をし、それを見てお互いに苦笑した。
「イベントまであと4日、出来ることはやらないと」
「でもちょっとやりすぎちゃったかもね」
「うん。それにしても……昨日はすごいもの見たなぁ……」
時雨と雪がプレイ時間について少し反省していると、とある出来事を思い出した雪がバスの窓から見える外の景色をぼうっと眺め始めた。
2人がLvを上げていくにつれ問題が発生する。【始まりの草原】でも【始まりの森】でも経験値が足りなくなってきてしまったのだ。【翼竜の峰】に行こうにもプレイヤーが多くてモンスターの争奪戦になる。
その結果、時雨が「snow、"鬼の王"を連続でクリアしたらいっぱいLv上がるかな?」と雪に提案した。その本来やるべき色々な工程をすっ飛ばした提案に雪は付き合う事になったのだ。
中級ダンジョン"鬼の王"の道中に出てくるゴブリンは時雨と開いてしまったLv差を埋めるために雪が攻撃魔法を使って全て倒していく。とくに危なげなくボスの部屋に到着した時雨と雪は大扉をゴゴゴッと鳴らして開いた。
ここからは雪1人だと確実にクリア出来ないため時雨も参戦する。そして、ステータスもスキルも充実していない雪は後衛の位置からヒールをかける役に徹していた。
その雪が眼前に見た光景、ゴブリンキングを周回すると言った時雨にももちろん驚いたが、それだけならまだ雪の心は「ゲームでもシグレちゃんはバランスブレイカーだから」という悟りに近い状態で済んでいた。が、ついにキャパオーバーした情報に対して雪が呟いた言葉は
「シ、シグレちゃんがツノ生やして高笑いしてながらゴブリンを蹂躙してるよ…」
である。
時雨のキャラの額からは漆黒に染まった鋭いツノが伸び、血管のような赤い筋が通っていた。それは運営からもまだ公式に発表されていない称号の効果が関係している。
《仙才鬼才》を発動した状態で戦闘行為をすることによって得る副次効果で、優先対象の選定と知覚能力の向上がある。この2つが発動している間、時雨は【羅刹】と成るのだ。"今のところ"称号の効果は一定時間キャラの見た目を変えるというものだけになっている。
そんな風にまさに鬼人と成った時雨はゴブリンキングという強者との再戦で興奮が最高潮になり、眷属召喚で現れた数十数百のゴブリンを高笑いしながら邪魔だと言わんばかりに殲滅したのだ。
その行動が、友人の戦闘狂というちょっと複雑な一面を垣間見てしまった雪から「ツノ生やして高笑いしながらゴブリンを蹂躙してる」という言葉を生んだ。
「あれはまさに鬼畜の──"鬼の諸行"だったね」
「私が悪い人みたいに言わないでよ…」
「ゴブリン達からしたら充分悪い人だったと思うよ」
「うっ……」
問題の張本人である時雨は頬をぷっくりと膨らませるが雪の指摘を受けて反論できなかった。自分でも「やりすぎた…」と内心感じていたのだ。そんな風にYour Own Storyの話をしながら2人は僅かな眠気を感じつつバスに揺られて学校に向かっていた。
■■
「はい、4時間目の現代文はこれまで。みんなしっかりお昼ご飯食べるんだよ」
4時間目の授業が終わってお昼休みに入る。少し声を張って生徒に呼びかけているのは現代文の授業担当であり時雨と雪のクラスの担任でもある篠田 美月だ。
「たまには美月ちゃんも一緒に教室で食べようぜ〜」
「私は職員室で食べるから。それと美月ちゃん言うな!先生って呼びなさい」
男子生徒が名前呼びをすると美月から軽いゲンコツで叱られる。その男子が少し赤くなって冗談っぽく笑っているのは色々わかりやすいというものだろう。周りの男子の反応もまさにだ。
「いやぁ、美月ちゃんは人気だねぇ」
「篠田先生は若いし綺麗だし優しいもんね」
時雨と雪は鞄からお弁当箱を取り出して教室窓側最後列の特等席で昼食を始めた。もぐもぐとリスのように頬を膨らませてご飯を飲み込んだ後、男子と美月のやり取りを見ていた雪がニヤニヤと笑っている。
「でも残念ながらお胸だけは──」
「さ・さ・も・り・さ・ん♪」
そして、時雨の方に向き直って教室前方に背中を向けた雪が美月の身体的特徴について話そうとした瞬間、後ろからとても可愛らしい弾むような声が聞こえてきた。その正体は美月である。
「あっ……やば…時雨ちゃん助けて!」
「ご馳走様でした。ちょっとトイレに行ってくるね」
雪が笑顔のまま顔を青くするという器用なことをしたので時雨は必死に笑いを堪える。席から立ち上がって助けを乞う雪、それを見た時雨はそそくさと教室を出ていきトイレに向かった。
「え!?どう見てもお弁当箱の中身いっぱいあるよ!?ねぇ!!」
「笹森さんは私と職員室でお弁当食べようね?」
「あ…はい…」
お弁当箱の中身はほぼ手付かずであるというのに「ご馳走様でした」と言って目の前から消えた時雨に雪は驚愕する。そして、頭にそっと添えられた美月の手の重さを感じて逃げられないことを悟り、とぼとぼと美月の後ろに続いて教室から出ていく。
昼休みが終わり、5時間目の授業が始まる直前に涙目になった雪と満面の笑みの美月が教室に帰ってきたのを見て、時雨は「よく生きて帰ってきたよ…」と雪の生還を喜んだ。
また、職員室から来た5~6時間目の授業担当である男性教師2人が雪の姿を見て「笹森…お前生きてたんだな…」「ちゃんと授業に出られて良かったな…」とさっきは恐ろしいものを見たと言いたげな目を向けたことで教室は言い知れぬ恐怖に静まり返った。
「美月ちゃん…なにしたんだろ…」
誰かがそう呟いた…
「うぅ…今日は酷い目にあった…」
「雪の自業自得でしょ」
6時間目の授業が終わり生徒がホームルームが始まるまで教室で待機する中、雪は机にキスをする勢いで顔を密着させてうなだれていた。
「でも、私を見捨てるなんて時雨ちゃんは酷い…」
「私は篠田先生の悪口言ってないし関係ないでしょ」
「そうだけどさぁ…」
雪がジト目を向けて抗議するが時雨は我関せずとスマホでYour Own Story公式サイトでイベントの情報が出ていないか確認していた。
「遅れちゃってごめんなさい。じゃあ帰りのホームルーム始めるね」
「ひっ!?」
「雪……」
教室の扉をガラガラッと開けて入ってきたのは担任の美月だ。席を離れて会話をしていた生徒が自分の席に戻って話を聞く姿勢を整えているが、体をビクンッと震わせた雪が1人だけ椅子の上で忠犬のように正座しているのを見て時雨はなんだか酷く悲しくなった。美月が雪に一体どんな調教を施したのかが気になるところである。
「────ということで、ちょうど1カ月後に前期の定期テストがあります。まだ時間に余裕はあるけどしっかりと勉強するように。それじゃあホームルームを終わりにします」
「先生さようなら〜」
「美月ちゃんまたね!」
美月からいテスト期間の報告をホームルームで聞き、それが終われば多くの生徒が家路につくか部活をするために教室を出ていき、あの男子はもう一度ゲンコツを受けていた。
「おっしゃ、部活行こうぜ」
「ごめん、委員会あるから先に行ってて」
数名が部活に向かう中、校舎のすぐ横にあるグラウンドからはすでに運動部のかけ声やボールを蹴る音、バットで力強く剛球を打つ音が聞こえ始めている。
「時雨ちゃんはこの後どうするの?」
「別に道場に毎日行ってるわけじゃないし、私は帰ったらログインしようかな。イベントにも備えたいしね」
「時雨ちゃんは今のままでもすでに化物なのにまだ強くなる気なんだ…」
鞄を肩にかけた雪は席を立って時雨のもとへ行き、この後の予定を聞いた。時雨は今まで学校から帰ると自主的に道場で鍛錬に励んでいたためゲームを始めた今、どのように過ごすか分からなかったからだ。
「私が全力を出せるのはYour Own Storyの仮想空間の中だけだからね。やっと強い人達と戦える…楽しみだよ」
「なにそれ…なんかかっこいい…」
時雨は格闘技を趣味の延長のようなものとして見ているので、道場に通うのは義務ではなく、より強者と戦える仮想世界の方が優先度は自然と高くなる。才能が別格で他者との差が開きすぎるというのも当人からすれば考えものだったりするのだ。
「Your Own Story……」
「うわ!?いだっ!!みづ──篠田先生…ど、どうしんですか?」
ぼそぼそと喋る声が不意に雪の横から聞こえ、ガタンッと椅子と一緒になって後ろに倒れた。一瞬名前呼びをしそうになったがしっかりと言い直した雪の表情は若干青ざめている。
「え?あっ…あぁ、その、2人とも部活には入ってないんでしょ?なら、早く帰りなさい」
「は〜い」
「篠田先生、さようなら」
「はい、さようなら」
なにやらぼそっと美月は呟いていたが、雪にどうしたのかと問われれば下校を促すために近づいてきたらしいようだった。雪は控えめに手を振り、時雨は軽く一礼をして美月に挨拶をし教室を出た。
家に着いた2人はそれぞれゲーム機を起動してログインし、合流した後はここ最近と同じように"鬼の王"の周回をするのだった。
が、時雨と雪の2人はオンラインサーバーの正式サービスが開始されてから数日で"鬼の王"を周回していることの異常性をすでに忘れていた。それを知り、正しく異常性を認識しているのは某所のビルの一角に設置されたモニターの前にいる大人達だけだった。
■■
───時は少し遡り正式サービス開始3日目の日曜日。
「今のところ深刻なバグもプレイヤー同士の諍いも起きてないですね」
「あぁ、同時接続数も概ね予想通りだ。好調な滑り出しと言えるだろうな」
Your Own Storyを管理するモニターと睨めっこをする3人の男性、開発チームのメンバーである彼らは現在のゲーム内環境を事細かに観察していた。
「サーバー強化も十全ですし、セキュリティ面もかなり強固なものにしましたからチーターも見られません」
ゲームの進行に支障をきたすようなバグ、プレイヤー間での諍い、セキュリティの穴を抜けたチート行為など、今のところ目立った問題は起きていなかった。
「でも……」
が、悪いことではないが無視出来ない事件が起きたのも事実だった。
「まさか"鬼の王"、ゴブリンキングが一切の違法行為無く拳闘士に初日で攻略されるとは思わなかったです」
そう、運営ですら見逃せない事件は拳闘士の時雨が初日でゴブリンキングを討伐した事だ。ゴブリンキングのLv設定は35、下手したら100体以上召喚される眷属のゴブリンでも10はあるのだ。
「あぁ…私も驚きのあまりあの時はそんな馬鹿な!ってモニターに飛びついたよ」
そして、一部で噂されているような拳闘士の上方修正もされてはいなかった。なぜなら、序盤は苦労するが後半になるにつれて強くなる大器晩成型の職業として運営が設定していたからだ。その職業が一定までしか進められないβで不遇評価を受けるのも道理である。
それが意味するところは、初日に…ましてや当時Lv5の拳闘士にクリアされるほど"鬼の王"の難易度は低くない、ということ。
「まさかイベントとアップデートを数回重ねた頃に獲得者が出ると思っていた《仙才鬼才》と〈孤軍奮闘〉を獲得されるとは予想もしませんでしたもんね」
運営はダンジョンへのプレイヤーの進入をコンピューター制御で24時間監視しており、バグ、ハメ技、チート行為等が行われていないか確認しているのだ。が、進入通知が来てそこに映されたのはスキルを使わずにゴブリンを瞬殺し、壁を走って魔法を避け、数十に至るゴブリンの軍勢をその拳で鏖殺するプレイヤー。
「たしかにこの"シグレ"という女性プレイヤーがゴブリンキングを倒すのにその2つのスキルは欠かせなかっただろう。だが、最も恐ろしいのはゲームに反映されている彼女の身体能力だ」
そして、彼女はボス部屋での圧倒的Lv差と数的不利に抗って瀕死の状態でも生き残り、最後まで1人闘志を燃やした続けた彼女へと送られたのは神託の如き2つの可能性。
脅威とも言える戦闘の才能を持ち、生に執着する者が獲得する《仙才鬼才》と、仲間が1人もいない絶望的な状況でも不条理に負けない心と体を持つ者が獲得する〈孤軍奮闘〉
その2つの可能性を手繰り寄せた時雨の身体能力こそ運営にとっては賞賛に値し、畏怖すべきものだった。
「今回のバトルロイヤルイベントでは彼女に注目ですね」
「上位入賞…それが出来なくとも大きな功績を出すことは間違いないでしょうね」
プレイヤーネーム"シグレ"は運営からも一目置かれることとなり、初イベントであるバトルロイヤルでの結果が期待されていた。
「あぁ。たが、いくら圧倒的な戦力を誇る1といえど、個々の能力が高いプレイヤーに囲まれればどうなるか分からん」
「要観察……ってところですか」
だが、張本人である時雨が観察されているなどやはり知るはずもなく……
「大変です!!」
「ど、どうしたいきなり。まずは落ち着け」
「ID.04010706、プレイヤーネーム"シグレ"が"鬼の王"を周回しています!!」
「「「…………」」」
モニター室で時雨について話していた彼らに突然大声を上げた女性が口にする。その内容は鬼が鬼の王を連続死させているという情報だった。想定外を超えた先にいる想定外は彼らの心を殴り飛ばしたまま、その日は深夜3時にログアウトしていた。
大変ありがたい事に5話を投稿した現在でVR日間ランキング20↑、ブックマーク100↑、pv5000↑を頂きました。拙作なうえに、まだまだ上位の投稿者様方には文章力もストーリー構成も遠く及びませんが、日々より良い作品になるよう努力致しますので今後とも『"Your Own Story"不遇職がいつまでも弱いとは限らない』の方、よろしくお願い致します。