Story:16『災厄試練/13.蝿之王』
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【災厄試練/蠱惑の湖畔:迷宮第??層(無間ノ塔)】
■■北side:シグレ&メルド&ジル■■
「"我蝿之王也"」
反転する極光、後に輝く暗黒。
ぐるぐると渦巻く白の光が徐々に黒く変色し、禍々しい螺旋へと変わっていく。
顕現するのは混沌の神。
「─────あ?おぉ?」
それはぱちぱちと目を瞬かせ、きょろきょろと周囲の状況を確認する。
囲まれるようにしてこの場の中心に立つ彼は自らの体を触り「俺は生き返ったのか...?」と、首を少し傾げた。
が、「まぁ、んな事はどうでもいいか」と最後はあっけらかんと適当に納得し、愚痴を零す。自分が現れる前にそこに居た、双角の魔人に。
「なんだい...バアルは眠っちまったのかい?いきなり叩き起される俺の身にもなってほしいんだがねぇ。まったく、あいつの行動はいつも要領を得ない...」
「貴様...何者だ?先のとは、少し...いや、だいぶ違う」
「ん?...へぇ、お前さん分かるんかい。違いは角くらいなんだが...むしろ分かりやすいかね。そうさ。あいつが表なら、俺は裏ってだけ。俺のことはゼブルとても呼んでくんな」
姿を消した双角の魔人バアル。そして、光が闇に包まれると同時に顕現した隻角の魔人ゼブル。2人は同じ器に対となる神格が共存する、2人で1人の存在だった。
表が閃光を操るバアル、裏が暗黒を纏うゼブル。
「で、今がどういう状況だってのが..."リ=コネクト"」
ゼブルがこめかみに右手を当てると、彼の指先で小さくな黒雷が弾ける。どうやら記憶野を刺激して、無理やり中身がバアルだった頃の記憶を引き出しているらしい。
その数秒間、インディゴは、動くことなく静かにそれを見つめていた。
「ふむ、へぇ〜......俺はそこのガキンチョ達の言わば傭兵で、あんたは俺の敵って訳だ」
「あぁ、そうだとも。貴様達は我ら時読みを冒涜する害悪。排除すべき絶対悪。必ず消し去る」
「いいねぇ、いいねぇ...相手が違う星の神さんたぁ、久々に熱くなれそうだなぁ。さっそく戦おうじゃないか!」
ゼブルが即座に走り出す。
「"眷属召喚"」
「っ!」
そのスキル名を時雨は聞いたことがあった。そのスキルが発動すると、彼の中心に半径5mの真っ黒な魔法陣が怪しく光り、そこから眷属が溢れ出てくる。
不定形の巨大な黒。
「なにあれ...って、なにか音が...?」
............ブブ......ブ............ブブブブ...ブブブブブ
「ひっ!?」
時雨が誰よりもいち早く気がつく。気がついてしまった。
巨大な黒色の塊に見えるそれは、数千...下手をすれば万を超える数の蝿の集合体。卒倒しかねないほどの嫌悪感の源が羽音を鳴らし、複眼を輝かせる。
「ははっ、これを使うのも久しぶりだが最初は派手にいくとしようかねぇ!」
目も口も大きく開いて久方ぶりの高揚感に身を委ねるゼブル。
「"蝿雷"!」
彼のスキルの発動と共に真っ黒な雷を帯びた恐ろしい数の蝿達が、インディゴ目掛けて突貫を仕掛けた。
「ふん、その程度の不浄の羽虫で我に傷を負わせることが可能とでも?あまり馬鹿にされるのも不愉快だ、"時計仕掛けの停滞、"時限加速"!」
遅くなった世界に囚われた帯電するゼブルの眷属。それらを自らの動きに掛かる時間を加速させて難なく避けていくインディゴ。
そのまま蝿を置き去りにしてゼブルの眼前へと辿り着き拳を引き絞る。さらに、ゼブルへは極限まで遅延を施し、自分自身の拳はさらに加速をさせた。
これにより永遠にも感じられる時の中でゼブルは痛みにもがき苦しみ続ける。その未来を回避する事は出来ない。
「......いいや、あんたやっぱり馬鹿だよ。というより、俺を舐めすぎだねぇ」
「なに?貴様、いったい何を言って......ッ!なぜ貴様がこの世界について来られる!?」
はずだった。
「あ〜あ〜、これは痛くて好きじゃないんだが」
「ッ!?貴様、自身の体にも雷を纏わせて無理やり──ぶへぁ!?」
「俺だけじゃない、俺の眷属達も一緒さね。お前さんに合わせてただけで。お前ら、やっちまいな」
彼は身体機能を電気信号で強制的に跳ね上げさせ、遅くなった世界から無理やり飛び出した。いや、追い抜き返した。驚愕に顔を歪めている隙にゼブルのカウンターが思い切りインディゴの顔に入る。
蝿達の身にも再び雷が迸り、停滞した世界を置き去っていく。黒の凶星の数々が飛び交う。
インディゴの側まで逸早く近づいた1匹の蝿が小爆発を起こした。
そして、その小さな破裂に同調するかのようにして周囲にいる千を超える数の蝿達が連鎖爆発を起こし、小さな爆発が重なり合って視界を覆い尽くすほどの大爆発へと発展する。
「ま、その代わりに特攻隊としてしか使えないんだがね」
パチンッとゼブルが指をならすと、今までで1番苛烈な爆発が黒煙を巻き上げてインディゴを襲った。黒煙がごうごうと立ち込め、雷の残滓が漂う塵を媒介して未だに迸る。
ゆっくりと晴れていく煙の中心には満身創痍ながらも力強くしっかりと自らの足で立っているインディゴ。
赤色のポリゴンがその身の至る所から零れ落ちている。
「おいおい、そんなもんかね自称時の神とやら。もっと熱くなってくれないかい。"緋黒蝿"!」
「"擬似治癒時計"。ちっ...少し優勢になったからと!"双世時計"!」
死を告げる断罪の黒塊が迫る中、時間遡行を応用した擬似的な回復魔術により自らの体を癒し、同時にゼブルを時間の矛盾へと誘う。
「"黒朧月"」
しかしそれも叶わない。
全てを飲み込む真っ黒な月が双世時計を吸い込み、近くの世界ごと喰らった。それはさながらブラックホールで、超強力な磁場が抵抗するインディゴをこちらへ来いと手招く。
「おいおい!?これ俺達もやばいぞ!」
「メルド、フォートレスで壁を作って!」
「分かった、"フォートレス"!おまけに"オーラシールド"!!」
時雨の機転で咄嗟にメルドが〈フォートレス〉を使い即席の壁を作り出した。
件の黒月から少しでも距離が離れていることが幸いしたのか、作られた岩壁の表面がベリベリと削れて吸い込まれているものの、壁としての形は保ち続けて3人の背中を支える。
獰猛に全てを吸い込もうとする黒月のせいで浮き上がる3人の体を、〈オーラシールド〉で無理やり地面に押さえつけてがっちりと固定した。
元凶の中心地点にある地面は抉れ、天井は崩落寸前、壁面は獣が爪で裂いたかのように捲れ上がっていく。全てを喰らう猛獣が大口を開けて全てを咀嚼する。
そんな猛獣も、30秒も経てばなりを潜めた。
暴威の轟音が途端に静まりぱらぱらと小さな瓦礫が崩れる音だけが聞こえる。生き物の音は何一つせずに静まり返っていた。
時雨達3人はなんとか無事に堪えきることが出来たが、それ以外の全てが飲み込まれてしまったのではないかと思うほどにそれ以外の気配が酷く小さく感じられる。
顔を上げてみれば〈フォートレス〉でメルドが作った壁も半分近くが消失し、ギリギリで持ちこたえていた事が分かった。自分達が吸い込まれなかったのはメルドが咄嗟に発動した〈オーラシールド〉のおかげとも言えるだろう。
「ぐっ...」
しん......と、静まり返っていた空間から1つの呻き声が聞こえてくる。
「右腕くらい、くれて、やる...!」
半ばから消失している壁の上からそちらを覗くと、ポロポロと赤いポリゴンが宙へ放出されているのはインディゴだった。
回復は行っているようだが如何せんスピードが遅い。ダメージの影響なのか回復能力が落ちているらしい。
「ほら、チャンスだぜ。そこのあんたらも手伝ってくれ!」
「わ、分かった!"投剣/森羅"!」
「巻き込んだくせに偉そうに...俺とジルで抑え込む。やれ、シグレ!」
ゼブルの言葉でハッとした3人はそれぞれが決め手に繋がるか、直接決め手となる技を繰り出した。
拘束スキルにより相手の動きを僅かにでも止めるジルと、自身を含む味方への攻撃の対応をし、攻撃を自分に意図的に向けさせて行動を単調にさせるメルド。
「任せて!"瞬歩"、"発勁"..."貫突"!」
そして時雨はジルとメルドによって動きを制限されたインディゴに一瞬で近づき、〈発勁〉で突き飛ばす。さらに、全てを貫く一撃を腹部へ繰り出した。
「小賢しいッ!」
「きゃ!?」
彼は今まさに自分を倒そうとしている時雨に向かって、突き飛ばされながらも残っている左腕を眼前の敵へ翳した。
時計の模様をした魔法陣が現れて針が左回転する。すると、無理やり時雨の居る場所が巻き戻され最後は床に叩きつけられた。
ジルの妨害もメルドの牽制も巻き戻され、そのまま時間を固定された3人は床に張り付けられたまま、それ以降一定の距離から攻めあぐねてしまう。
「はっ...我の肉体にここまでの損傷を与えたのは貴様らが初めてである。いかに小賢しく卑しい手段であったと言えど、その事実は変わらない。褒美として、地べたに這いつくばりながら喜びに打ち震え畏まることを許可する」
どうする...どうする?どうする!?焦る気持ちが時雨達3人の心をさらに追い詰め、しかし体は動かせない。




