Story:14『災厄試練/11.終わりの始まり』
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「堕ちろ」
その言葉を皮切りに彼の体は変貌を遂げた。
ぶくぶくと膨らんだかと思えば空気が抜けた風船の様に縮んでいく体。深い緑色だった髪の毛はくすんだ金に。淡い水色だった瞳も真っ赤な血の色へと変わる。
彼の生が終わる。そして、死から全てが始まる。
「......んん、てめぇは?いや、アタシは...?」
「俺はセト。てめぇはオシリ───いや、今からウェシルだぁ」
「ウェシル...で、アタシはなんでここに居る?ここはどこだ?何をしていたんだ?何をすればいい?」
「てめぇがここに居るのは俺の仲間だからだぁ。ここは俺の統治領、そしてぇ、お前の仕事は罪人の裁定だぜぇ」
「裁定...アタシは悪い奴をやっつければいいのか?」
「あぁ。罪人は俺が教えるぜぇ。そしたらよぉ、お前はそいつらを殺すんだぁ」
「へぇ...そりゃぁ、楽しそうだ...ぜっ!」
そして彼女は堕ち続けた。
体も、心も、記憶も───そして、過去も未来も。これまでの善行がこれからの悪行へと変わり、彼の在り方そのものを変換していく。
自らが救ったはずの人々を謂れなき罪で無慈悲に裁いていく。逃げ惑う人々は誰も彼もが地に伏して、真っ赤な大海にその身を沈めた。
妻と子供だけはという男の首を切り飛ばし、それを見て絶叫する女を串刺しにして屠る。状況が分からず震えるだけの子供など何よりも簡単な抹殺対象。
切って、裂いて、貫いて、引きちぎって全てを壊す。
「キャハハハハッ!ざんねーん、逃げられると思った?ねぇ思った?逃がすわけねぇだろうが!てめぇらはゴミ虫としてさっさと死ぬべきなんだぜっ!」
終わらない絶望にその身を焦がしている事を、彼はまだ知らない。
「アタシには良くわかんねぇけどよ、まぁ、セトがてめぇらは罪人だって言うんだぜっ!なら、罪人は殺さねぇとなぁ!?」
彼女は世界を深紅に染め上げる。
[上映終了]
「これは...酷すぎるよ」
時雨が掠れた声で喋り出す。あまりにも凄惨な光景に全員が顔を青くしていた。ただ、時雨だけは2人よりも少しだけ冷静でいられる。それは似たようなものを見たことがあるからだった。
ただただ残酷すぎる世界。
一面だけを見れば虐殺を行うウェシルが圧倒的な悪だが、その原因となる非道を行ったのはオシリスを殺してウェシルを創り上げたセトという神。
もはや、誰が悪いだなんて言っている暇のない地獄がそこにある。
ピースを1つ、また1つと繋げていく度に目の前で起こる惨劇。まるで、自分のせいでこの地獄が起きているのだと3人は錯覚しかける。
だが彼の未来を救うため、止める訳にもいかない。その後も不思議とどのピースとどのピースが繋がるのかが分かった。まるで絵本を読み進めるかのように彼女の千を超える物語が進む。
幕が上がる度に数え切れない人々が死に、美しかった自然は焼き払われ、森にある墓地は地面から抉れて見るも無残な姿になった。
そしてある夫婦を墓地で殺した彼女は───最後のピースが繋がり、1つ大仕事を始める。
「どうして、どうして貴方が!」
「あぁ?」
「私よ...私が分からないの?オシリス。いえ......今はウェシルだったかしら」
「てめぇなんか知らねぇんだぜ。アタシが知ってるのはてめぇを殺せってセトに命令されたってことだけだ。あれなんだろ、あんた。なんだか知らねーけどよぉ、良くねぇことしたんだろ?だから、お前を殺すんだってさぁ」
「............えぇ、えぇ。私は最低な女よ。一時の感情に流されて不貞を働いたし、相手の子供も身篭ったわ。でも、これが私にとっての幸福だった。必要とされず、お飾りの女として側に侍らされるより、一時の過ちだとしても最愛の女として彼と心を通わせることを選んだの。でも、彼の私という1人の女への性的執着心を...私達は見誤ってしまった」
「アタシにはよくわかんねぇ。よくわかんねぇが...なんだ、よくわかんねぇんだが、ココが痛てぇんだぜ...」
「そう......なら、きっと彼は貴方の中にまだ居るのね。それが知れただけでも良かったわ」
「何言ってるのか分からねぇが、まぁいい。じゃあ、とっとと仕事を終わらせてもらうんだぜ」
「そう...ね。さようなら、オシリス」
「......ふん、アタシはウェシルなんだぜ」
「あぁ...叶うならば...アヌビスと...貴方と私の...3人で...あの花畑に───」
ウェシルの右手で鈍く輝く短刀が、絶世の美女の胸へずぶりと沈む。鮮血が吹き出したが、女は痛みに叫ぶことなく最後までウェシルの目を見つ続けた。
そんな姿が今まで殺してきた人達の誰とも違くて、驚き、一瞬呆けてしまう。その一瞬の隙を女は突いて────
「彼を愛して...いた、わ...」
ウェシルに口付けをする。彼女の唇は信じられないくらいに血色が良く、艶やかに濡れていた。
「なんなんだ。なんでこんなにも......胸が痛えんだ?アタシは正しいことをしたのに」
自分の唇についた女の血を拭いながらぐちゃぐちゃになったものを理解しようと考え込んだ。
ズキズキと胸が痛み、頭の中では鐘が強くなり続けたみたいに喧しい音がする。吐く息が火になったかと思うほど喉が熱い。嫌な汗が吹き出て額を濡らした。
命令され通り、彼女は正しい行いをしたはず。なのに、胸を巣食う忌避感と絶望がなんなのか自分でも分からない。
分からない、分からない。
女はオシリスと言った。だが、彼女はウェシルだ。いや、正確にはウェシルらしい。セトが教えてくれた名前を使っているだけ。
もしかしたら、女はウェシルが記憶を無くす前のことを知っていたのかもしれない。殺すのを遅らせて、話を聞いてみた方が良かったかもしれない。
でも
話を聞いたら聞いたで何か取り返しのつかない事が起きる気がした。なんでだろう、なんでだろう。それも、分からない。
目の前にある少し汚れていても目を奪われるほど美しい真っ白な肌の死体。それは既に白を通り越して青くなっている様に見えた。美しい髪は泥に塗れ、可憐だが強さが滲み出る声を出していた口も、血で汚れている。
瞼は石になってしまったみたいに2度と開くことはなく、心臓も止まっている。
確実に、死んでいる。
でも、今にも本当は生きているんだと、動き出してしまいそうな程美しい。よく分からない、本当に死んでしまったのか、本当は生きているのか。
でも、彼女自身が心臓を一突きにした。それは揺るぎない事実。
「..................あぁ、そうだ。死体は、壺に、入れておかないと。ネフティスの、来世が、幸せになれな───ネフティスって、誰だ?あれ、なんで、涙が...」
今となってはもう、何も分からない。
ただ、1つだけ分かることがあった。なんで泣いてしまったのか自体は分からないが、泣いてしまっているせいで言葉が上手く出ないんだろう。口が上手く回らないのは、きっとそのせいのはずだから。
「次の、仕事に、行かなきゃ」
このままここに居るのが怖い。涙がずっと止まらない気がする。
彼女は歩き出した。その途中、黄色い実をつけた木から1つ果実を毟り取り、食べる。
「......塩辛い」
涙はまだ、止まらなかった。
[全上映終了]
「こんなことが...あっていいのかよ」
「自らの手で愛する者を殺したのに、それに気がつけないなんてな」
「あの犬頭の人が彼を救ってって言うのも、頷けるね...」
あったはずの光が、あるはずのなかった闇に喰われた世界。
一筋の希望が、逃れられない絶望に変わった世界。
「やるべき事は分かった。俺達は、進まなきゃいけない」
一番最初にその場を立ち上がったのはジル。
「あぁ...そうだな。今までの映像を見て、ここの正しい攻略方法は何となくだが分かったしな」
メルドもジルに続いて立ち上がり、この塔の入口に隠れるかのようにひっそりと立てかけられている棺を見つめた。
「あの人が"この塔の入口は、全ての始まりで全ての終わり"って最初から言ってたね。そして───」
最後に時雨が立つ。
彼らの目はもう過去を見つめ終わり、今を進んで、未来を目指していた。
「「「死は未来の始まり」」」
ギィィィィィ......と、錆び付いた棺桶を開き、3人はその中を見る。
「これが...いや、彼女がネフティス。全ての始まりで、全ての終わりを招いた人」
青白い死体と、その傍らには壺が置かれていた。
「その者は、破壊の神との夫婦和合を踏み躙った罪人である」
塔の最下層、時雨達がいる場所に藍色のアヤメが咲き誇る。
少し遅れて眩い黄色が美しいキショウブが咲く。
「その人は、非業の死を遂げた僕の大切な家族なんだ」
その中心に
「我はインディゴ、異星の時神である。貴様らは時読みの禁忌に触れた冒涜者、かの豊穣神を救う為とはいえ許されない行いだ。我自らが排除する」
「余はアヌビス、死者を冥界へ導く神である。貴方達は許容できない魂の死を迎えた彼を救うための希望、破壊神を殺すという余の復讐に手を貸してほしい」
神が居た。
「願わくば、私の信じる幸福も達成されることを───相反する悲願、今ここに全てを達成しよう。父と母の幸福も、僕が彼を手に入れるという幸福も、全てを叶えよう。僕を捨てた母も、僕を諦めた実父も、僕を利用した義父も!全てが...全てが僕の復讐対象だッ!」
復讐者が、居た。
これは全てが救われて、誰も救われない復讐譚。




