Past Story:2『軋んで、歪んで、汚れて、私は堕ちた』
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これは、本編に出てくるキャラの過去のお話です。史実や伝承などを取り入れゲーム内のストーリーとして改変したものですので、ご了承ください。
ある男は、理不尽な理由でその体を引き裂かれた。朦朧とする意識の中、煩い声がガンガンと脳を揺らす。
「俺の息子──アヌビスがよぉ、俺に言ったんだぁ。『あいつを殺してくれ』ってなぁ!『あいつが居るせいで私が死者の守人として認められない』だってよぉ」
彼は肘から先で切り落とされ、傍らに転がる両の腕を虚ろな目で見つめた。ついさっきまで動かせた指がピクリとも動かない喪失感、ドロドロと零れ続ける血がそれをさらに掻き立てる。
動け、動け。そう念じても動くのは肘の肉までで、無理に動かしたそこからは鮮血が泉のように吹き出し、激痛がその身に走った。
「てめぇは死者の守人として最も信仰を受けている...それがアヌビスにとって許せなかったって事だろうなぁ!」
「そもそも、私は...死者の守人なんか、ではない...!」
「うるせぇんだよぉ!」
「がぁっ...!?」
「おぉ?痛てぇかぁ?」
目の前の男の見解に彼が間違っていると答えようとすれば、今度は膝から下を装飾が美しい剣で切り落とされる。ベトベトと剣にまとわりつく赤黒い血すら飾り付けの1つに思えてきてしまう。
痛みに目を見開き涙と涎で汚れている顔を見て、心底嬉しそうに嗤いながら傷口をグリグリと踏みつけられた。
「だからよぉ、俺が息子の願いを聞き届けて、てめぇを殺しに来てやったんだぁ」
「そんな、ばか、な......」
「その顔、傑作だぜぇ!」
悪魔が唾を撒き散らしながら嗤い叫ぶ。
なぜ、なぜあの子に妬まれたのか
あの子は、私、私と彼女の......
どうして、どうしてドウシテ
あぁ、なぜ救う側は救われないのか
そうやって彼の心が荒んでいく。絶望と悲しみに心が侵され、徐々に瞳から光が薄れた。喉を駆け登る自らの血に溺れかけて声が上手く出ず、激痛によって麻痺した体から熱が失われる。
「なんだぁ?怖くて声も出ねぇってかぁ?いや、てめぇは元々無口なやつだからなぁ。まぁ、とっとと死ねやぁ!」
全てに絶望し、涙すら枯れた。
体ももう動かない。
自分でも、自分の体が死んでいくのを嫌でも理解してしまう。
「ふざける、な」
ユルセナイ。
死者の守人?違う。彼はただ、終わらぬ苦痛に救いを、助かる命に慈悲を与えただけだ。彼に出来ることを、民に望まれたことをしただけだというのに。
「私は...私はただ、救いを求めた者達に、手を差し伸べただけでっ」
なぜ、重ねた善行が理由で憎悪の炎に焼かれるのか。
「......そうだなぁ、てめぇは良い奴だよなぁ」
ぽつりと悪魔が喋る。彼の言葉に何か思う所があったのか、振り下ろしかけた剣の切っ先が空を切った。
数秒考え込むようにして剣をふらふらと彷徨わせると、今しがた決めた事を曇りのない笑顔で話し出す。
「よし、慈悲をやるよぉ」
「慈悲...だと?」
慈悲、その言葉に動揺が隠せず明滅する意識の中で言葉を返す。今まさに悪行を行っているというのにどの口が言うのだとさらに怒りが膨れ上がる。
「お前は死ぬ。"死"とは、肉体の死による間接的な魂の死である。では、本質的な魂の死とは?魂そのものが変質する事だ」
先程までの間延びした口調からがらりと変わった。まるで外見以外の全てが変わってしまったかのような錯覚に陥るが、その言葉の1つ1つから滲み出る凍えるような悪意に変わりはないし、むしろ強まっていると言えた。
「欠片も残さぬ魂の霧散か、バラバラに分けられ矮小な魂となるか、名も形も忘れられ誰の記憶からも消える運命の魂か...他にも沢山ある。そんな多くの中で最も薄汚いのはなんだと思う?」
神格化した魂にとってのありとあらゆる最悪の事態を饒舌に並べ連ねていく。「なんだと思う?」そんなの全てとしか言い様がない。
「お前は"かの神"に近しき存在である。ならば、その全てを反転させようではないか。お前という個は死ぬが、お前という魂は消えない」
「...は?」
だが、最悪だと思っていた事の先に、彼にとっての本当の終わりが待っていた。
「過去の栄誉も、未来の栄華も。その一切合切の善行を悪行へ、存在そのものと共に転換しよう。民草を救う者よ、軋み歪んだ汚泥に泣き、慈悲に縋れ」
「や、やめ───」
嗚呼、世界は残酷だ。
神が救ってくれるなんて、瞞しだ。
救済とは、幻想だ。
神とは、酷く傲慢だ。
「堕ちろ」
私が救った魂も、そう思っていたのだろうか。
そしうてアタシは生まれた。




