Story:10『災厄試練/7.壺と守護者』
皆様の意見を見て今後の参考にしたいと思いますので、気になったらぜひ気軽に感想や評価をお願いします!
今回もまた歴史というか世界史というか...神話?が一部アレンジした状態でストーリーに使われてますので、苦手な方は注意してください。
幻想的で、神秘的で...それでいて悍ましい光景が目の前で逆再生する映画のように動いている。
すり潰れた目がグジュグジュと嫌な音を立てて治り、体液自体がまるで生き物かのように体の中へと流れ戻っていた。
ふと、虚空が揺らぐ。
『キャハハハハッ!ざんねーん、このくらいじゃアタシのおもちゃは壊れないんだぜっ!おらっ、てめぇもいつまでも寝てないでさっさと起きろやっ!このゴミが!クズが!役立ずがぁ!』
不愉快な声で笑い叫ぶのは人ではなく、包帯でぐるぐる巻きにされた壺。その壺の蓋に描かれている顔が動き、笑っている。
『さっさと起きろ』と壺が言うと、蓋が開いて中身がボトボトと零れた。羽虫が集り、腐臭を纏う何かが地面に広がる。形容しがたいそれらはひとりでに動き、地面を這うようにしてズリズリと蠍だった死骸へと向かう。
そして、だんだんと原型を取り戻していく。
どこまでも醜悪であり、死の逆再生という神の御業。呆気に取られるルナ達の眼前で、十数秒もすればそれは動き出した。
「キチチチチチチチチ!」
生命の火が再び燃え上がる。
『キャハハハハッ!死への圧倒的逆行!生への超絶的冒涜!不文律の極大改変!』
壺は楽しそうにけたたましい声を上げて笑う。
愉悦を下の上で転がし、さらに笑い声を大きくする。
口角が上がり、瞳は熱に潤み、つり上がった口元からはびっしりと並んだ鋭い歯が光る。
『アタシこそが神!全ての生命の頂点!この世のあらゆる存在は私のおもちゃ!キャハハハハッ!アヌビスのクソの時代は終わった!これからは、アタシの───ウェシルの時代なんだぜっ!』
悪魔の壺が酷く愛らしい笑顔で嗤う。
■■
ドゴンッ
「うおぉう!?」
「ど、どうなってるのこれ!」
「いいから今は走れ!」
「もう6回目だぞっ」
『キャハハハハ!走れ走れ走れ走れ走れっ!!でめぇらおもちゃはバカみてぇに走り回ってアタシを笑わせてればいいんだぜっ!』
猛然と迫り来る蠍の鋏を4人はギリギリで避けながら通路を走っていた。すでに蠍を絶命させること6回。そしてウェシルという壺の悪魔に蘇生されたのも6回目。
倒しては蘇生され、倒しては蘇生され。繰り返す度にルナ達は消耗するというのに蠍は全快して襲ってくる。1度だけ直接あの壺を狙ってはみたが、霞むように消えて逃げられた。
出てくるのを待とうにも蠍が襲うのを止めてくれる訳もなく、4人の意識が蠍へ再び戻ったタイミングで壺は戻ってくる。
つまり、現状では蠍は死なず逃げるしかない。
大元の壺も消えてしまうため倒せない。
手詰まりになってしまっていた。
「回数制限なのかもしれないが、このまま戦い続けてもジリ貧だ。希望的観測だけども他の攻略方法があると信じて探すしかない」
「むしろそっちの方が説としては有力な気がするな」
結論として4人はそう決める。
こういった厄介な輩は大抵正面突破以外の攻略法が用意されている物だ。絶対に他の攻略法があるとは限らないが、絶対に無いとも限らない。むしろ、ここまでがっつりと心を折に来るような内容の場合ならあると考える方が彼らには普通だった。
「そういや......アヌビスとか言ってたな。自称Sラン大学考古学研究室出身のクライス、出番だぞ」
「自称て。んー、アヌビスはあれだがウェシル...どっかで聞いたような...」
デリンがふと思い出して呟く。ウェシルと名乗る壺の登場が衝撃的だったせいもあるうえに、蠍を倒しても蘇生されてまた襲われるという事をくり返したせいで精神的なストレスは相当なもの。それもあってか全員忘れていたことが不思議なくらいのキーワードを今更思い出した。
今まさに逃げ回っている最中だと言うのに、ニヤニヤと少し笑いながら痒いところを突くようにしてデリンがクライスに話を振る。苦笑いしながらも特に怒った風ではないクライスは、そのまま学生時代の記憶を掘り起こして考え始めた。
「まず、アヌビスは冥界の神。エジプト神話が関係してるのか?ウェシルは...聞いたことがある気がするけど思い出せないな。包帯に巻かれた壺って所がヒントになるといいんだが...」
世界史や神話に詳しくない者でも"アヌビス"という名前くらいは聞いたことがあるだろう。ドラマや映画、小説に漫画。最近ではゲームでもよく見かける名前だ。大人は勿論、今時の子供なら知っている人は多そうである。
そんなアヌビスに関わる話として真っ先に頭の中へ出てくるのが冥界の神として話の残っているエジプト神話だ。
が、アヌビスについては沢山の内容が思い出せても"ウェシル"という名前だけは全く思い出せずにいる。聞いたことがあるような気はしてもハッキリと思い出せない。
モンスターのデザインにしろ風景にしろあらゆる事の細部まで拘るこのゲームの事だ、重要そうなキャラに意味が無いビジュアルをデザインするとクライスには中々思えなかった。あれほど特徴のある包帯に巻かれた壺だ、恐らく意味はあるしヒントにもなる。
「あ」
浅い呼吸で走りながらも熟考するクライスの横で、ルナが小さく声を上げた。
「ルナ、どうした?」
「そうだ、そうだよ...蠍、壁画に描かれてた蟹みたいなのは蠍だよ!壁画に何かヒントがあるんじゃないかな!」
「それだ!」
不思議に思って聞いてみれば意外な人物から良い発想が湧く。ありがとう!とクライスは感謝をしようとして「ル、ルナがまともな意見を...!?」「まぁ、俺もそう思ってた。うん」「ふっふっふ、うるさいよ脳みそきんにくん達」「「お"?」」「あぁん?」とメンチを切りあっていたのでやっぱりやめた。
「そうか、蠍の下にあるこれは杯じゃなくて壺。そこに注がれてるのが蠍の体液...いや、命そのものだと仮定しよう。人型の枠内にあるこれはそれが巡っている事を表しているとして、上下の時計が時の流れを表してるとする。命が巡る...時間をかけて、輪廻転生?いや、違うな」
ルナの発言を受けてクライスの考察がどんどんと加速していく。若干早口になっていて他の3人は聞き取るのに難儀していた。だが、それにも気が付かないほど深く深くクライスは集中している。
「輪廻転生に近いのは死と再生...ミイラ?じゃあ壺はカノプスの......っ!?カノプスの壺!」
そして、辿り着いた。
「思い出した...ウェシルはエジプト語名だ。それをギリシャ語名に直すとオシリス!」
神話の神々は地域や国によって別名があることも珍しくない。ウェシルもその中に含まれていた。
広く浸透しているオシリスという名前にも別名がいくつか存在し、その内の1つが壺が名乗ったウェシルである。
「包帯に巻かれたオシリス神像を模したカノプスの壺を守ってる守護者が蠍...カノプスの壺を守るのは足と尻尾をもぎ取られた蠍。なら、あれは本来の守護者としての形じゃない」
ついにクライスは攻略法と思われる答えを導き出した。
「この階層にある壁画、それら全部の蠍にある足と尻尾を壊して削り取ってくれ!ついでに、もし壺を見つけたら回収しておくんだ。それと──」
続けて悪戯っ子のように笑いながら彼はこう言う。
「──壺の中身を見ても、腰抜かしたりするなよ?」