Story:6『災厄試練/3.闇の再来』
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「......ククク、クハハハハハハハハ!!」
「「シグレさん?」」
「蘇った...私は、大嶽丸は今ここに蘇った!!」
犬歯を覗かせて高笑いする時雨にジルとメルドが不思議そうな顔で振り返る。2人の声掛けに気がつく事無く彼女は嬉しそうに目を輝かせていた。
両の手のひらを開いては閉じ、開いては閉じ。まるで新しい体を確かめるようにして動かしていく。
「まさか紛い物の体が器になるとは思わなかったが、まぁ構わない」
彼女はその体を心底嫌そうに見つめたが、最終的にはそれも良しとして視線を切る。ビクッ...とジルとメルドの体が震えた。なぜか?その目が明らかに普段の時雨のものとは違ったからである。
悪意という悪意をごちゃ混ぜにしたようなどこまでも暗く、見た者に恐怖を抱かせるようなそんな目。目の前にいるのは恐らく時雨ではない。何者かは分からないが、敵だろう。早い段階から気持ちで負ける訳にはいかない。
「ふむ、そこな貴様らはこの娘の連れか?」
「......あんたは、誰なんだ?」
「問いに問いで返すとは頭蓋の中が酷く乏しいとみた。以前の私なら即刻首を刎ね咀嚼してやるところだが...まぁいい」
目もそうだが口調、立ち振る舞いがいつもと違うことに疑惑を持ったメルドが少し前の事を思い出す。『擬似人格定着に成功しました』という風にアナウンスは言っていた。
"擬似人格"というくらいだ...もう1人、誰かがそこに居るのだろうと予想はつく。予想はつくが、まだはっきりとその全貌を理解出来たわけじゃない。色々と確認する必要がある。
そんなメルドの問いに気分を害したとでも言いたげな表情でその口は答えた。
「人の幸福を嗤い、他の絶望を笑い、命の芽吹きを咲い、全てを喰らう者...称を大嶽丸......真名を阿弖流爲という。して、貴様らは?」
「...俺はジル、こいつはメルド。2人ともシグレの仲間だ」
口の端を釣り上げて気味の悪い笑顔を浮かべている。不思議だ。普段の彼女ならきっとさぞ眩しい笑顔に違いない...だというのに、2人の怖気が止まらない。
筆舌に尽くし難いそれをどうにか表現するならば、背中を刃物でなぞられるような、眼前に鋭い爪が迫るような、本能的に感じる恐怖を象った存在。それが一番しっくりときた。
「問答も片付いたことだ、始めようではないか」
「何を...?」
「殺し合いに決まっているだろう?」
「「.........」」
ジルが白々しく答える。何かなんて分かり切っていなければ左手で弓を強く握り、右手を矢筒に向けたりはしないだろう。
一言一言が薄氷を踏むような危機感となって2人に圧を加え、剣呑な空気が部屋中に漂う。
「貴様らを殺した後はこの娘を知るものから順に食い散らかすのも一興...む?なるほど、この娘の体に入っている間は私の力も制限を受けるのか。面倒だが、仕方ない」
悍ましいことを口にした後、ギラつく表情がふと疑問顔に変わる。改めて自らの器となる体を指の先まで確かめ、本当の自分の体と違い能力が幾分か下がっているらしいことに気がついた。
最終的にはそれでも問題ないと判断したのか1度ため息を吐くと、ゆっくりと顔を上げる。それを正面からジルとメルドは見つめ返した。しっかりと、1つ1つの動きを見逃さないように。
「では、行くぞ..."瞬歩"」
「「っ!?」」
だが、はっきりと視認できたのは眼前に迫ったその時だった。歪んだ口元の主が一瞬のもとに距離を詰め、死に誘うために2人に焦点を当てて右手を引き絞る。
「"金剛不壊"!!」
「ぬるい、"発勁"」
「「ぐぉぁ!?」」
完全に硬直してしまったジルをメルドが背に庇い《金剛不壊》を発動するが、激しいノックバックを受けて吹き飛び、その背中に押されてジルも後方へ弾かれた。
床に体を擦り付けて転がる2人。
「はっ...児戯に等しいな。一瞬にして遊ぶ気も失せたぞ。これより外に出て、より強い者を探すとしよう」
彼は遠くへ吹き飛ばされ無様に転がる2人を見ながら「こんなに早く形勢が決まるとは...」と、呆気なく決まってしまった決着に憮然として溜息をつく。
実際にはジルもメルドもダメージを受けてはいないし、ノックバックで後方へ弾かれただけなのだが、大嶽丸からしたら残念で仕方がないらしい。
急いで起き上がろうとする2人を冷たい視線が見下ろす。今しがた2人を突き飛ばした〈発勁〉とは違い、手刀の様な形に変わった小さくて柔らかそうなその手は、どこまでも鋭く、野蛮に見えた。
「......死ね、"貫突"」
「「くそっ...!」」
ジルはMPを回復する前提で足止め技の〈投剣/森羅〉を今までに多用してきたため、MPポーションを使わないことには発動出来ない。
メルドは〈発勁〉のノックバックの強い反動で盾を手から離してしまい完全な徒手空拳で、直ぐに拾うにしろ別装備をインベントリから用意するにしろそんな余裕を目の前の敵が与えてくれるはずも無かった。
貫手一閃、為す術もなく倒された2人に狙いを定めた〈貫突〉が来襲する。
少し前の、時雨の〈貫突〉が遺物機巧人形の腹部を貫通する瞬間が2人の脳裏に過ぎった。設定的にそこまで痛みは感じないが、全くの無痛だと戦いの感が鈍るため彼らは多少なりとも痛みや感覚を残している。
その痛みや感覚が所詮はゲーム内の出来事で、非現実だと分かっていても、だからと言って自らの腹部を貫く手の異物感に何も思わない訳では無い。
ぎゅっと力強くジルとメルドは目を瞑り、終息を受け入れた。
何秒経ったか...数秒?数十秒?それとも数分?
これから受けるだろう攻撃に対し、酷く鋭敏になっていた感覚がゆっくりと熱を冷ましていくのが感じらる。
体の真ん中を激しく打ち続けていた心音が平常を取り戻し、粗くか細かった呼吸が静かに整う。
重くなるどころか縫い付けられたように閉じている瞼をジルとメルドはゆっくりと持ち上げた。
「「───何も、起こらない?」」
ゴクリと喉を鳴らして恐る恐るその瞳に光を取り込むと、へなへなと力が抜けて座り込んだ時雨がいた。
「も、戻れたぁぁぁ」
「シグレでいいん...だよな...?」
「うん」
あと少し戻るのが遅れていれば自分の手が2人の体を貫いていた。時雨はその事実に震え、そうならなかったことに心から安堵した。「良かったぁ...」と右手を左手で包み込んで少し頬を緩める。
その言葉と様子から先程までと違い、いつもの時雨に戻ったん.........だよな?と若干2人が疑心暗鬼になり始めたのを苦笑すると、疑うのも無理はないが大丈夫だと首肯した。
「良かった」
「シグレ、今すぐステータスを開いて〔狂鬼化〕というスキルを調べてくれ」
「何があったのか調べないと」
「あ...うん。えっと、あった」
ジルとメルドに促されてステータスウィンドウを開く。多少のスクロールをして下に進むと、そこには見慣れぬスキルが1つ、一切隠れることなく表示されていた。
〔狂鬼化〕依代/夜叉
魔神の領域に到達する神力、魔性スキルの内の1つ。
『悪が悪と成り得るのは誰かに不幸をもたらした時である。では悪とは何か?人・時・場によって悪は変成し、その意味も変わっていく。貴方にとっての正義が他にとっては悪である事もあるのだ─────それを忘れているならば貴方の正義は酷く歪んでいる』
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HPが75%未満の時に強制発動しSTRを元の数値から最大???倍、DEF・AGI・DEX・INTを-???倍する。また、プレイヤーの主人格に変わり擬似人格が身体の所有権を得る。
大嶽丸のお話は基本的に終わっているので、今回は早めの退場となります。ただ、避けては通れない道に彼の存在があり、今後も書くタイミングがあるのでメインキャラの1人であることは確かです。




