Side Story:2『美月危機一髪』
皆様の意見を見て今後の参考にしたいと思いますので、気になったらぜひ気軽に感想や評価をお願いします!
「なぁ**、お前はなんでいつも余計なことを...」
「一緒に居る俺達まで好奇の目で見られるんだが?そこら辺しっかり考えてます?ねぇねぇ?」
「いやいや、辻縛りしないとこのゲームが始まったって感じがしないじゃん?もはや呼吸や瞬きと同じレベルなんだって」
「むしろやばいじゃねぇか...」
ビーッ!ビーッ!ビーッ!
「なんだこの危機感を煽る音......」
「おい、そこのお前達!止まれ!貴様らを迷惑行為でBANさせてもらう!」
「!?」
「ちょっ、それは**がやったんであって俺達は関係ない!」
「え、私だけ置いて逃げないでよ!待って、待ってってばぁぁぁぁぁ!!!」
■■
「待ってってばぁぁぁぁぁ...............あ?」
ビーッ!ビーッ!ビーッ!
「なんて恐ろしい夢なの...」
覚醒した意識。ついさっきまで見ていたのが夢だったんだと気がつくまでそう時間は必要としなかった。夢の中で鳴っていた警告音は現実世界での起床時間を告げるスマホのアラームの音、彼女はまだ感覚の覚束無い指先を伸ばしてそれを止める。
一気に静かに感じる部屋は少し肌寒く思えた。
「はぁ...歯磨きしないと」
ブランケットを羽織ってスリッパで足の冷えを防ぎ、軽い足音を立てて洗面所へと進む。少しずつ口の中で泡立っていく歯磨き粉で気持ち悪かった違和感が消えてとてもスッキリした。
続いて洗顔をした後、ボサボサになってしまった髪の毛を1度ドライヤーの温風に当ててから櫛で整え、跳ねている毛先をヘアアイロンで緩く巻いていく。メイクは元々下手くそなのもあるが童顔のせいで似合わないので薄く簡単に肌にのせて終わりだ。
鏡の前でいつもの自分が出来上がったことを確かめて「よし」と呟くと、リビングで寝巻きを脱いで着替える。今日はマキシ丈のチュールスカート(黒)でなるべく大人っぽくし、ドッキングワンピなので難しく合わせる必要もないため淡い色のロングカーディガンを。
広々と衣装用スペースが取れるのが素晴らしすぎる。都市部から離れているおかげで3LDKでもかなり安い。新卒という点で見ればそれなりに痛い家賃かもしれないが、幸いなことに彼女の職場は他と比べて給料が高めに設定されていた。初任給を見た時は嬉しさのあまりに小躍りしたほどだ。
少々通勤に時間がかかってしまうのが残念ではあるけれど、大抵がバスに乗っていれば終わりなのでそこまで苦ではない。
着替え終わると彼女はキッチンでベーコンエッグを作ってそれをおかずに白いご飯。簡単で美味しいから彼女の朝は基本的にこれで決まっている。ベーコンはカリカリにして卵の黄身は半熟にするのが大事なポイント。
「お昼は購買でパンでも買えばいいかな」
食器を片付けた後はガスの元栓や戸締りなどをしっかりと確認し、鍵を閉めて家を出る。マンションの外に出て一番近くのバス停まで徒歩約10分、駅方面に向かうバスに乗ること約20分、そこからさらにスクールバスに乗り約10分。
部活の朝練で朝が早い生徒達がちらほらと見え、自分もそんな風に部活を頑張っていた時があったなと振り返ってみたりする。なにか大きな結果を残せたりはしていないがそれなりに楽しく、それなりに辛く、それなりに充実している日々だった。職員玄関で校内用の靴に履き替え職員室へと向かう。
「おはようございます」
「あ、篠田先生。おはようございます」
「新田先生はいつもお早いですね」
「早起きだけが取り柄な爺ですから」
開き戸を引いて中に入ると1人の男性がホワイトボードに『今日の予定』を書き出しているところだった。彼女があいさつをすると、振り返った彼もあいさつを返して少々の自虐を挟む。
大抵の場合、年齢のことについての自虐は触れにくい内容である事が多いが、彼がそう言っても空気が悪くなることは不思議とない。この学校の教師の間ではそのおっとりした性格と健康的な体つきから福の神扱いされることもしばしば。彼自身それをどこか楽しそうにしていて「困ったらなんでも相談してくださいね」とよく言っている。
「追加で印刷するプリントはこれくらいでいいかな」
暫くして教職員の朝礼が終わると、彼女は昨日の夜に完成させていた授業で使うプリントを印刷する作業に入った。クラスのホームルームまでまだ時間はあるのでパッと済ませてしまう。
USBメモリをカバンから取り出し、プリンターにセット、細かい項目を選択して担当する生徒の分印刷する。全部で結構な枚数になってしまうが授業ごとに持ち運べば40枚ほど、あまり重くもない。残りを職員室の自分の机に置き、教室へ移動した。
「あ、美月ちゃん!」
「篠田センセッ、おっはよー!」
「みんな、先生来たから席に戻ってー」
ガラガラと教室の戸を開き中に入るとその音で気がついた生徒達が一斉に彼女の方に目を向ける。ある者は頬を紅潮させ、ある者は友達が来たかのような雰囲気で、またある者は自らの役職に則りクラスをまとめようと動く。
「みんな、おはよう。それと二藤君はいい加減に篠田先生って呼びなさい。放課後、生徒指導室に呼び出すわよ?」
「放課後2人っきりで補習授業ですね!望むところです!むしろ望みます!じゃないと...まだ遠いから...」
教師と生徒という立場。それがしっかりと理解出来ていないこの生徒を注意するのはいったい何度目だろうか?途中から数えるのもやめてしまった。注意することもその回数を数えることも意味が無いと分かってしまったからだ。
この生徒はわざと叱られようとしている風にすら感じられるから余計に厄介者である。その理由は第三者から見れば明らかな"好意"なのだが───
(まったく、歳が近いからって友達扱いされても困るんだよね。先生としての建前もあるし、自分で言うのはあれだけどそういう意味で好きになられても面倒だし)
未だに理解されていなかった。惜しいところまでは進んでいるがその先に進む地点に高くて大きな壁があるような状況。告白する前から失恋しているような......そんな悲しい状況。彼自身それには気がついているらしい。
「はぁ...冗談言ってないで席に着いて。では、朝のホームルームを始めます」
ホームルームが終われば直ぐに授業が始まる。1教科50分、休憩時間は10分。4つの授業が終われば教室も廊下も騒がしさが一気に増してくる。
彼女も4時間目の授業が終わるとそのまま学生食堂にある購買へお昼ご飯を買いに行った。この学校の購買は学生食堂と一緒になっていて、パンやおにぎりにお弁当だけでなく、うどんやラーメン、カツ丼にカレーライスなどもメニューに存在する。そしてそのまま食堂を使って食事ができるのだ。
販売口に向かいトレーに並べられている商品に目を通す。"唐揚げ"は...油が。"にんにくマシマシ!炒飯おにぎり"は...匂いが。おかず・おにぎり・お弁当コーナーからは食べたいものは見つからず、パンコーナーとデザートコーナーに移る。
焼きそばパン、チキン南蛮パン、ホットドック、ジャムパン──ジャムパンを手に取る。ワッフル、プリン、ドーナツ──プリンを手に取った。そのままレジへ。
「すみません、この苺ジャムパンとカスタードプリンをください」
「まいど。パンが80円、プリンが100円の180円だよ」
レジのおばちゃんにお金を渡してその場を離れた。ちょうど多くの生徒がここに足を運ぶタイミングだったらしく入口が混雑を極めている。どの食べ物にも数に限りがあるので人気商品は半ば競走だ。
「ふふ、味と量はまぁまぁだけど驚くべき安さ。あとは自販機でレモンティーを───あ、ラインナップが少し変わってる」
混み具合が治まってきたのを見計らい外に出ると、入口に設置されている自販機へ飲み物を買いに行く。いつも飲んでいるのはレモンティーだが、どうやらラインナップに一部変更があったらしい。レモンティーはいつもの場所にあるので一安心...と思っていると
「...っ!なんで高校の自販機に魔剤が!いいの!?」
ヤツがいた。入っているのは緑と白。他の飲み物よりも明らかに割高で、そもそも高校の自販機に入っていてもいいのか若干疑わしい。
でも、手が伸びてしまう。一部人類にとってのファーストドリンク。我らの戦友。通称"魔剤"。
「......誰も見てないよね?えへへ、学生用料金で170円。他の飲み物よりは高いけどコンビニ価格よりや───」
「美月ちゃん?」
「すぅぅい!?」
いきなり真後ろから聞こえてきたその声に彼女は全身を震わせる。ギギギギギ...錆びてしまったロボットのように肩越しに振り返ると、そこに居たのは名前呼びをしてくる男子生徒の二藤だった。
「二藤君...な、なに?」
「いや、特に用ってわけじゃないけど見かけたから」
ひくひくと引きつってしまう頬を何とか無理やり抑え込み、なるべくいつもの笑顔で対応すると「見かけたからつい」と彼は言う。まぁ正直そんなことは彼女にとってどうでも良かった。
そう。問題は今まさに自分がの指が触れている場所。魔剤の購入ボタンだ。しかもルーレット感覚で同時押しをしてどっちが出るか遊んでいた瞬間である。
「あー......その、ほら、二藤君、お昼ご飯を購買に買いに来たんでしょ?早く行かないと売り切れちゃうよ?」
「あっ、そうだった!俺の豚キムチ弁当ォォ!」
"バレたくない問題を隠すには新しい問題を提示すればいい。それが相手にとって重要であればあるほど完璧だ"この考え方を生んだ人は悪魔的天才である。彼女の中でリスペクトが止まらず評価はうなぎのぼり。誰が言っていたかは忘れたが。
「はぁ...はぁ...危なかった。教師が学生の目の前で魔剤を買うのはなんだか少し外聞が悪い気がするし」
別段やましいことがらではなくとも、本人がそう感じている時点で色々と足を踏み外しかけているのはご愛嬌。
「中庭は風がよく通ってて気持ちいぃ...ん?あそこにいるのは柊さんと笹森さんかな?」
この学校には第1教室棟と第2教室棟の間に中庭がある。そこには小さな噴水といくつかのベンチがあり、通常の休み時間を過ごすにもお昼の時間を過ごすのにもうってつけの場所。
背はそこまで高くないが木も植えられているため、日差しが強い時はそこに腰を下ろしてご飯を食べるのが人気だったりもする。
そして、中庭のベンチでは彼女のクラスの生徒である柊 時雨と笹森 雪がお昼ご飯を食べている最中だった。
「その、もしよかったらお昼一緒していい?」
「あ、大丈夫ですよ」
「むしろ大歓迎でござる!」
「「ござる?」」
生徒との多少の交流は必要だ。クラス内の雰囲気がどうかとか、相談事があったら聞くなどそういった情報収集も重要だからである。断られた場合には諦めるしかないがどうやら快く受け入れてくれるらしい。1人の語尾が意味不明だ。
封を切ってパンをもぐもぐと食べ始めると、彼女の横に座っている時雨の弁当に目がいく。
「あら、柊さんって意外と食べるのね」
「そうかもしれません。兄が『ご飯はしっかり食べるんだぞ〜』っていっぱい作ってくれるので」
「い、良いお兄さんじゃない」
かなり大きめのサイズで、栄養のバランスもよく彩りも鮮やかな食べても見ても美味しく美しいお弁当。それを兄がわざわざ手作りしてくれているのだから驚きだ。
......が、恐らくシスコンである。なぜか?それはお弁当の白ご飯に桜でんぶでハートマークがあるからだ。さすがに年頃の妹にそれをやるのが兄という存在のデフォルトとは思えない。おや、煮物の人参もハート型...
(愛のない兄弟よりは断然いいはずだよね?)
深く考えないことにした。
「あ、雪」
「んー?」
「この前の表彰式で御子柴さんにサプライズで選ばれたじゃん。あの時さ───」
「へぇ、そんなこと言われたんだ。.........うん、私も公開した方がいいと思うよ。別にその情報が広がってまずいことは無いし、後々バレて難癖つけられても嫌でしょ?あの人もそういう意味で言ったんだろうし」
「なるほど、分かった。暇を見つけたら掲示板とかにも書き込んでみるよ」
(ふーん、ステージに呼ばれたあの時みこっちゃんがマイク切って何を話してるのか気になってたけど、そんなこと話してたんだ)
「そういえば時雨ちゃんはクランシステムが実装されるけどどうするの?」
「正直あんまり...って感じかな。興味が無いわけじゃないけど、色々めんどくさそうだし」
「なら私が立ち上げる予定のクランに入る?メンバーは時雨ちゃんも見たことある人達」
「あぁ、イベントの時の?んー、でも雪たちって所謂ガチ勢ってやつでしょ?私はのんびりやりたいから遠慮しておく」
「そっか、わかった。気が変わったらいつでも言って」
どうやら2人は最近やっているゲームについて話しているらしい。話題は先日行われたというイベントと、今後のアップデートで追加されるクランシステム。
前者はイベントの結果から優遇されている節がありその内容を公開すべきか...、後者は今後立ち上げる予定のクランに入らないか?というものだった。
(クラン...か)
「私達はクランどうするのかな...」
「「え?」」
「ん?どうかした?」
「いや...今、篠田先生はクランって言いました?」
「っ!(声に出てた!?)」
「もしかして篠田先生もYour Own Storyやってるの!?」
まずい。一瞬の気の緩みからボロが出た。彼女は激しく動揺して言い訳を考える。友達が...いや、私達と言ってしまった。言い間違えたなんて言うにも手遅れだ。
「え、あ、えっと...」
目が回ってしまいそうなほど動揺した彼女はついに...
「わ、私実は───」
「篠田せんせーーーい、次の1・2組合同レクで相談しておきたい事があるんですけど、今大丈夫ですかーーー?」
目の前にある第1教室棟、その1回の窓から1組の先生が声を張って呼びかけてきた。お昼休みが終わった後の5時間目と6時間目は1組と2組が合同でレクをすることになっている。
そのすり合わせをしたいらしい。
「あ、はい!今すぐ行きます!ごめんなさい、見てたから分かると思うけど用が入っちゃって」
「あ、こっちは気にしなくていいですから」
「ごめんなさいね!」
危機一髪。バレたとしてあの2人から何かしらの攻撃があるとは思えないが、どうせならバレないに越したことはない。今の距離感がちょうどいいのだ。
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「今日はなんか色々危なかった......それとやっぱりあの2人が"シグレ"と"snow"で間違いない」
今日も無事に仕事が終わりマンションへと帰宅する。今までは確信に最も近い疑惑だったが、今日で完全に確信へと変わった。柊 時雨はシグレで、笹森 雪はsnowだと。
「夜ご飯、お風呂、明日の準備、配布資料の整理、小テストの採点。よし、全部終わったし2時間くらいならログイン出来るかな」
Start-Up......
The Selected Game Is『Your Own Story』......
Save Data Scan......All Complete.
『最終ログアウト地点にログインします』
「ばんわー、シグレちゃん!」
「あっ、ルナ」
「どうもお2人さん」
「ジル!」
「なんか私の時と反応違くない?」
「デフォルト設定だよ」
「私はむしろバグだと言いたいよ」
ルナはシグレからの愛が足りない気がした。
(今度モンスター料理でお弁当を作ってやる!)
桜でんぶの代わりは何にしようか?
そうだ、形はハートじゃなくて月にしよう。愛情たっぷりにしてどんな顔をするか見てみたい。キャプチャして本人に見せてやろう。彼女は心の中で黒い笑みを零しつつそう決めた。
「うふ♡シグレちゃん、私の愛妻弁当受け取ってー!」
「この紅い月は何で出来てるの...?」
「蛮族の生き血ってアイテム」
「つまり?」
「ゴブリンの生き血だね」
「ふんっ!」
「ごはっ...」
後日、しっかりと時雨から腕で腹を刺されて粒子となり吹っ飛んだ。よくあの海賊は何度も何度も刺されるものだと感心するばかりである。実際に刺さっているのは腹ではなく樽だが。
危機回避なんてスキルがあれば最優先で探そう。




