Story:2『死合』
皆様の意見を見て今後の参考にしたいと思いますので、気になったらぜひ気軽に感想や評価をお願いします!
「じゃあ、レザーグローブも装備したし早速始めようか!」
「おー!」
時雨と雪の2人は他プレイヤーがいない所まで移動して来た。草原をずっと先まで進むと小さな森があったのだ。移動距離の効率から考えて恐らくまだほとんど手付かずである。
雪の掛け声に合わせて時雨がグローブを装備した手を空に向けて突き出し、2人のテンションはさながらピクニックのようだ。
ちなみにここまで来る間のモンスターは全て雪が戦闘し、時雨がそれを見てある程度の知識を身につけていた。ダメージの与え方、ダメージを受けた時のエフェクト、状態異常攻撃の優位性とそれに対抗する手段、そして、ゲームの要とも言えるスキルの重要性を目に焼き付けた。
「あっ、ちょうど良くあそこにモンスターがいるよ!ポイズンスネークだね」
「snowはそこで見てて、私1人でやるから!」
「おっけ〜」
見るからに毒々しい色をした1~2mは余裕である蛇が地面を這っていた。名前の通り状態異常攻撃の毒を持っているだろう。地面に体を擦りながら移動して出来た跡におかしな点が見られないことから通常の蛇と同じように牙で毒を注入すると思われる。
そして、時雨は森に着くまでの道中で雪から毒を含む状態異常攻撃への対処法を聞いていた。まず大前提として状態異常攻撃を受けない事が重要であり、もし受けた場合のために耐性ないし回復手段を持っておく事が重要であると。
このゲームの世界では耐性や回復を含む"スキル"を入手する方法が限られており、Lv制限や特定条件を満たした場合、または特殊アイテムを使用する事が基本となる。
耐性スキルが欲しければまずは攻撃を受けて耐えなければ始まらず、なおかつ他に条件があればそれも満たさないといけない。が、今回か獲得を目指す耐性スキルはそれほど難しい条件ではない。
「えっと、毒耐性は毒攻撃を受ければいいんだよね?」
「そうそう。で、1回だけ受けたら5分間逃げてて」
「倒しちゃダメなの?」
「耐性スキルを獲得するまではダメだよ」
時雨が徐々にポイズンスネークへと近づいていくと、足音に気づいたようで時雨に向かって威嚇を始めた。時雨にとって蛇程度なら恐れる必要は無いが、いくらここがゲームの中であっても毒攻撃をわざと受けるのは少しばかり緊張する。
「あいたっ!」
威嚇をされても歩みを止めずにポイズンスネークに近づいていくと、スルスルと動き出して時雨の太腿にガブッと噛み付いた。痛覚軽減システムが組み込まれているとはいえ流石に痛いし、噛まれた部分から毒が注入され肌が一部紫色に変色して痛みを伴う。
雪にアドバイスされて時雨と雪だけに見えるように設定されたステータスウィンドウを見ると、HPバーが僅かに減り、状態異常:毒(小)になっていた。毒攻撃には継続ダメージがあり、10秒に1ずつ減っていく。
つまり1分間で6、5分間で30ダメージ受けることになる。時雨のHPは最大で40、噛まれた後のHPは現在37あるのでどうにか耐えられるわけだ。本来ならもう少しLvやステータスを上げてからやる耐性スキル獲得をゲーマーである雪が効率を考えて前倒しにしたのだ。
「大丈夫そう?」
「噛まれた所が痛いけど意外と耐えられるね」
「でも、余計にダメージ受けたらやられちゃうからしっかり逃げてね?終わったら回復してあげるから」
「わかった〜」
ポイズンスネークを振り払い生い茂った木や草の間を縫って森の中を走り回る時雨に雪が声をかける。毒ダメージを考慮すれば5分後の残りHPは7、ほぼ瀕死状態だ。下手すれば本当にゲームオーバーしてしまう。
が、時雨はSTRとAGIに偏ってステータスを降ったおかげでポイズンスネークに追いつかれるようなことは無く、適当な間隔を開けて走っていた。それでも一応雪が回復手段をすでに獲得しているので安心ではある。
そう、雪が選んだ専用武器は杖で、職業は魔法士なのだ。魔法士の場合、基本的にLv制限で魔法を獲得し、獲得後は使用回数と特殊条件でLvが上がったり派生したりする。雪は『攻撃もサポートも出来る万能型になるんだ!』と言っており、すでに道中でいくつかのスキルを獲得していた。
【snow:魔法士 Lv3】
|ステータス|20pt
HP:40
MP:10
STR:10
DEF:10(+15)
AGI:20
DEX:20
INT:40(+5)
|スキル|
〈火魔法Ⅰ〉〈回復魔法Ⅰ〉〈麻痺耐性(小)〉〈毒耐性(小)〉
|称号|
無し
|装備|
レザーアーマー・ウッドスタッフ・レザーパンツ・レザーブーツ
魔法士のステータスで重要になるのはMPとINTである。魔法を発動するにはMPを一定量消費しないといけないが、INTの数値が高ければ高いほどMP効率と発動速度が上がっていくのだ。雪は平均的にptを割り振っているがその中でもINTが頭一つ抜けている。
「シグレちゃ〜ん、そろそろ5分経つよ〜」
時雨がポイズンスネークから毒を受けて走り回ること約4分。そろそろ毒耐性スキルを獲得する時間であることを雪は告げる。
そして5分経ち、時雨の頭の中でシステム音声が響いた。
『毒耐性(小)を獲得しました』
〈毒耐性(小):passive〉
状態異常:毒(小)を軽減する。
獲得条件/状態異常:毒(小)を受けて5分間生存する。
「よし、じゃあ倒すよ!はっ!!」
時雨は毒耐性(小)を手に入れたことを確認し、迫ってくるポイズンスネークに向き直って下段突きを繰り出す。ポイズンスネークのHPバーは4割ほど削れ、続いて2発与えると光の粒子となって霧散した。
「無事に獲得出来たみたいだし回復するよ。"ヒール"!」
「ありがとうsnow!」
「どういたしまして〜」
時雨のHPバーが27まで回復し、2回使えば40まで全回復した。太腿に受けていた毒攻撃も毒耐性(小)で無効化されて治っている。この後、同じように麻痺攻撃をサンダーラットからわざと受けて麻痺耐性の獲得をしたが、状態異常:麻痺(小)の効果でAGIが10%ダウンし少し苦労を強いられた。継続ダメージがなかった分HPに問題は無かったので無事に獲得できた。
『麻痺耐性(小)を獲得しました』
〈麻痺耐性(小):passive〉
状態異常:麻痺(小)を軽減する。
獲得条件/状態異常:麻痺(小)を受けて5分間生存する。
『シグレのLvが2に上がりました』
サンダーラットを倒したことで一定の経験値が溜まり、時雨のキャラのLvが2に上がった。どうやらLvが上がると減っていたHPも最大まで回復するらしい。
「あ、Lvが2にあがったよ!」
「おめでとう!Lvが上がるとステータスptが配布されるから自分の好きなやつに割り振るといいよ」
「えっと、ステータスは…」
「どれどれ、うわぁ…思いっきり偏った割り振りしてるねシグレちゃん…」
【シグレ:拳闘士 Lv2】
|ステータス|10pt
HP:40
MP:10
STR:50(+5)
DEF:0(+15)
AGI:50
DEX:0
INT:0
|スキル|
〈毒耐性(小)〉〈麻痺耐性(小)〉
|称号|
無し
|装備|
レザーアーマー・レザーグローブ・レザーパンツ・レザーブーツ
「ん〜、やっぱりSTRとAGIかなぁ」
「まぁ、今すぐに決める必要はないから少し考えてみれば?」
「うん、そうするよ」
時雨が耐性スキルとLvが上がったことで得たステータスptの確認をするためにウィンドウを開く。横からステータスを覗いた雪が思いっきり時雨のことを引いた目で見つめた。
時雨はどうせ広く浅くステータスを伸ばすくらいなら突き詰めたステータスにしようとSTRとAGIに割り振ることにした。が、今後で状況が変わることは大いにあるので取り敢えず保留とした。
『プレイヤー:シュネルより着信が来ています。[応答]or[拒否]』
「んお?ごめんシグレちゃん、ちょっとフレンドからの電話に出ていい?」
「うん、いいよ」
プルルルル…と着信音が鳴り、雪の目の前にウィンドウが表示された。どうやら雪のフレンドから電話が来たようだ。時雨に一言断りを入れてから雪は[応答]ボタンをタッチする。
「うん、うん、え?あぁ……うん、わかった。じゃぁね〜」
「なんだって?」
「これからクランの方で集まるから来てくれって」
「クランって?」
"クラン"とはゲーム内で同じ目的や思想を持つ者同士で集まったグループの総称で、クエストなどを協力してクリアする事が大きな目的となっている。多くはFPSなどで使われる組織体制だがMMORPGでもよく見られ、VRMMOでも例外ではない。
どうやら今回の電話は雪のフレンドでありクランメンバーである人からの招集の連絡だったようだ。今すぐ集まる必要があるらしく、クランの方に顔を出してほしいらしい。
「ごめん、行ってきてもいい?」
「大丈夫、私は1人で色々やってみるよ」
「ごめんね、ありがとう!行ってくるね」
時雨はこれまでの時間でこのゲームをプレイするのに必要な知識は雪からある程度教えて貰った。操作性、モンスターと戦う時の注意点、スキルの獲得方法など、もう雪がいなくても1人のプレイヤーとしてそれなりにやっていける。
雪はオプションウィンドウを開くと"ファストテレポート"を使用する。ファストテレポートは最後に立ち寄った街に瞬間移動するプレイヤーの初期オプションスキルだ。雪の体が淡い光に包まれて消え、今頃は最初に居たあの街に居るだろう。
「雪がこの辺で手に入る耐性スキルは毒と麻痺だけって言ってたし、取り敢えずはLv上げと攻撃スキルの獲得かな。他にも便利なスキルが取れればラッキーってことで」
雪と別れた後、時雨は森の中を取り敢えず歩き回ってみた。遭遇するモンスターをひたすらに殴り、蹴り飛ばして時雨の経験値の糧としていく。ただ殴って蹴っているだけでもモンスターを倒すことは出来るが、そろそろ何かしらの攻撃スキルが欲しい。
『シグレのLvが5に上がりました』
「よし、順調にレベルが上がってるね!今回もSTRとAGIにptを振って…と」
わざわざ毒攻撃や麻痺攻撃を受けようとしなければポイズンスネークの攻撃もサンダーラットの攻撃も時雨に当たることはなく、その他に出てきたホーンラビットやゴブリンの攻撃も時雨を捉えることは出来なかった。
結局、時雨は得たステータスptを全てSTRとAGIに振ることにした。そのステータスはまさに諸刃の剣が如く、爆発的な攻撃力と敏捷を得る代わりに一撃でも攻撃を受ければ大きなダメージになる。
が、すでに時雨はこの森で遭遇するモンスターを1~2撃で光の粒へと変え、逃げようと背を向けて走り出したモンスターも背後から追いつき塵に変える程の力を身につけていた。そう、ダメージを受けなければ負けないし、そもそも受ける前に倒してしまえば問題は無い。
【シグレ:拳闘士 Lv5】
|ステータス|0pt
HP:40
MP:10
STR:70(+5)
DEF:0(+15)
AGI:70
DEX:0
INT:0
|スキル|
〈毒耐性(小)〉〈麻痺耐性(小)〉
|称号|
無し
|装備|
レザーアーマー・レザーグローブ・レザーパンツ・レザーブーツ
「ん〜…攻撃スキルなくてもどうにかなってるけどやっぱり地味だよねぇ。あ、ゴブリンだ。けど…あれは…洞窟?うわぁ…結構いるなぁ」
時雨はステータスウィンドウを眺めながら呟く、Lvが5になるまでの間で特にスキルを獲得することが出来なかった。「困ったら掲示板や攻略サイトを見るといいよ!」と雪にも言われていたが、それではつまらない気がして未だに見ていないのだ。
すると、目の前に数匹のゴブリンが屯している洞窟を見つけた。どうやら複数のゴブリンが洞窟を根城にしているらしい。先程までは棍棒を持ったゴブリンしかいなかったが今回は剣や弓を持ったゴブリンが見られる。
「そろそろ退屈してきてたしあれくらいの数が居た方が面白そうだよね…行ってみよう!」
木の影から覗いていた時雨がゴブリンの集団に向かって飛び出す。ゴブリン達も時雨の急襲に気がついたようだ。
「グゲゲゲゲ!!」
右側から1匹のゴブリンが剣を振りかぶる──それを半身に避けて頭蓋を殴って粉砕させる。吹き飛んだ頭は光に変わってその体ごと消え去った。
「グギャ!!」「ゲギャギャギャ!」
その隙を狙って弓を構える2匹のゴブリンに一瞬で肉薄し、上段回し蹴りで片方の首を折りながら流れるような動きでもう1匹を足払いし、地に倒れさせた後に拳で胸に風穴をあける。その死体から血が出ることはなく跡形もなく消えた。
「ん?あれは…杖?」
洞窟の奥から杖を構えたゴブリンが時雨に向かって詠唱のようなものを始めているのが見えた。小さな火の玉が現れて時雨に向かって放たれる。火魔法Ⅰのファイアーボールだ。
「ふふ、ごめんね!当たらなければ意味無いよ!!」
「ギャッ!?」
高速で飛ぶファイアーボールを時雨は洞窟の壁を伝って走りながら避ける。ゴブリンもそんな避け方をされると思わなかったのか余裕ぶっていた表情から驚愕の色に変わり、間合いを詰めてしまえば詠唱をする時間も無く時雨に殴殺されて前のゴブリンと同様に等しく光の粒に変わる。
「ふぅ、これでひとまず終わりかな?まだまだ洞窟は奥に続いてるし進もうかな」
入口から入る陽光も届かなくなり薄暗い洞窟には汚泥の匂いが立ち込めている。この洞窟は相当な深さがあるようで1時間ほど進んでもまだ終わりが見えない。道中でも剣や杖を持ったゴブリンに遭遇するが時雨にとってはもはや雑魚だった。
そして、代わり映えのしない洞窟についに変化が現れた。材質は同じ石だが明らかに人工的に作られたそれは大扉。ゴブリンのような…だが少し違う模様が扉に彫られている。
「すっごい大きな扉だ…洞窟の中になんでこんな扉が?それにこの模様は…まぁ、入ってみれば分かるか!」
不思議な点は多少残るが時雨ほその大扉を押し開いた。開いた先には相当な広さを誇る空間があり、他に通路のようなものは見えないのでここがこの洞窟の最奥だろう。そして、中心に石で作られ所々に宝石が埋め込まれた座がぽつんと設置されている。
ボッ!ボボボボボッ!!
ゴンッ!!
「な、なに!?火!?それに扉が!」
時雨が中心に向かって進む。そして、空間の真ん中にある石座の目の前に着いた瞬間、時雨を囲うようにして数十の石の台座に火が灯され、入ってきた大扉は自然に閉まってしまう。
「我が下僕共を殺したのは貴様か?」
「っ!?」
火が灯り、辺りに他の変化がないか見回していた時雨の背後から重く暗い声が響く。そこは、時雨が一瞬だけ目を離した石座があった場所……振り向き、その巨躯を見上げて時雨は息を呑む。
「我はゴブリンキング。この洞窟型ダンジョンの支配者である。貴様を陵辱してその美しい顔を恥辱に染めてやろう!!」
「う、うぇぇ…」
時雨が気分で潜った洞窟は中級者向けのダンジョンだった。が、時雨はそんなことを知るはずもなく最奥のボス部屋まで来てしまったわけだ。
下卑た笑みを浮かべるゴブリンキングは時雨のスラッと伸びた足や豊かな胸を舐めまわすような視線で見る。その気持ちの悪い視線に時雨は背筋をぞわりと震わせて後ずさる。
直後、ゴブリンキングが両手で握った大剣を時雨の頭上から振り下ろす。なんとか時雨は後ろに飛び退いて避けたが先程まで時雨が居た場所の地面は大きく陥没して亀裂を走らせた。避けることが出来なければそのまま叩き切られ、潰されていただろう。
「危なかった。ふふ…ふふふ。強い敵、勝てるかわからない強敵!戦わないなんてありえないよね!!」
「良い度胸だ小娘!四肢を捻り潰して犯し尽くしてやろう!!」
先程の攻撃、直接攻撃を受けなくても見ただけで分かる圧倒的な破壊力。時雨のステータスでは恐らく即死するはずのその攻撃を見て時雨は体を震わせる。それは恐怖ではない。
「現実の世界でここまで私を滾らせる相手には出会えなかった。でも、この世界なら私よりも強い敵がたくさんいる!!」
時雨は天才的なまでの格闘センスを有するだけでなく、驕ることなく努力を続けた堅実な人間だ。そんな時雨に危機感を与える対戦相手はもう既に現実の世界にはいなかった。大会に出れば圧勝に連勝を重ね、相対した敵は口々に「才能が違う…」などと言い捨てる始末。
──時雨は飽きていたのだ。
恐怖も緊張も、焦燥も感じないつまらない試合。何百何千と繰り返される退屈なやり取り。時雨は自分と同格に渡り合うか組伏せる実力を持った強者を探していた。そして今、仮想世界で感じるはずのない命の危機を感じ……歓喜に心と体を震わせた。
──そして、この世界でやっと時雨は挑戦者になれた。
「はははははは!楽しい、楽しいよ!!」
「その余裕がいつまで続くかたのしみだ!」
時雨の頬は自然と綻ぶ……紅潮し、高揚し、この出会いに感謝して打ち震える。広い空間を惜しげも無く活用して自慢のスピードで翻弄する。が、突き出した拳はゴブリンキングの分厚い皮と脂肪に衝撃をいなされてダメージに繋がらない。そもそも、始めたての初心者である時雨のステータスでは歯も立たないのだ。
「堅すぎでしょ!」
「そんなチンケな攻撃が我に効くとでも?馬鹿め、死ぬがよい!」
そして、今までのモンスターのようにダメージが通らないことに困惑する時雨にゴブリンキングは大剣で応酬する。砲弾のような威力の一撃一撃を時雨はすんでのところで躱すがその余波だけで体は洞窟の壁に打ち付けられる。
「がはっ…!」
鈍い衝撃が全身を襲い、乱れた呼吸で視界が朦朧とし、その痛みと疲労で時雨の口からくぐもった声が漏れる。それでも休まるのことない連撃が時雨に向けて放たれ、紙一重で躱して地面を転がる。
圧倒的な、理不尽なまでの力に時雨の修行で培ってきた全てが蹂躙される。ゴブリンキングと時雨の体格差は2倍なんてぬるいものではない。時雨の首よりも太いその腕は破壊の権化、その手に握られる大剣はまさに鬼に金棒。1度も直撃していないのにすでに時雨のHPバーは4割を切っていた。
「くははは!もう終わりか?」
「痛覚軽減システムあっても結構痛いなぁ…これはヤバいかも…」
血は出ない、骨が折れることもない。痛覚軽減システムが働いているから痛みは本来の100分の1に抑えられている。それでも痛みが無いわけではない。時雨はあまりの戦力差に苦笑して尻餅をつくと、時雨をゴブリンキングが鋭い眼光で見下ろす。
「まだ心に余裕がありそうだな?なら……絶望するがいい!"眷属召喚"!!」
「うそ…それはズルくない?」
時雨はひどい疲労感と倦怠感、体への痛みを感じてはいるが心は折れていない。時雨の体はまだ動く、負けていないのに諦めるなんて時雨の格闘家としての矜持が許さない。
そんな時雨の内情を敏感に読み取ったゴブリンキングはスキルを発動する。眷属召喚スキルは発動者の眷属を半径10m以内に複数召喚するスキルだ。
ゴブリンキングの眷属は通常のゴブリン…それが20体時雨の目の前で召喚された。流石の時雨も顔を青くして引き攣らせる。
「「「「「ゲギャギャギャ!」」」」」
「くそっ…絶対に、絶対に負けるもんかぁぁぁぁ!!!!!」
ゴブリンキングは石座に腰を下ろして高みの見物を決めて嘲笑に表情を歪ませている。すでに時雨の周りを取り囲むようにしてゴブリンが待機し、雄叫びを上げて押し寄せてきた。
時雨は吠える。体に力を込める。痛みとHP減少で感覚が鈍っている体を奮い立たせる。この最悪の状況を打破する有用なスキルは一切無いし、ステータスも全く足りない。
だが、時雨が止まることはありえないしあってはならない。負けることがあったとしても諦めることは時雨の心が許さない。なら、死ぬその時まで全ての血と魂を燃やして不条理に抗ってみせる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「ゲギャッ」「グゲッ」「ギャッ」
首を捻りちぎる、心臓を叩き潰す、頭を吹き飛ばす。
「まずっ!」
「グゲゲゲゲッ」
時雨は焦りから目の前の敵に意識を注ぎすぎて背後から迫るゴブリンに気づけなかった。羽交い締めにされて身動きが取れなくなった瞬間、剣を構えたゴブリンが突進してくる。
「おりやぁぁ!!」
「ベギャッ!?」「グガッ」
背中に組み付くゴブリンの腕を掴んで背負い投げをし、眼前に迫る剣にあてがう。一刀両断されたゴブリンから溢れ出た光の粒が敵の視界を阻み、その瞬間に回し蹴りで頭を砕く。
「あはははははははははははは!!まだ!まだ終わってないよ!!!」
目の前に迫るゴブリンを1匹1匹殴って、折って、潰して、引きちぎって倒す。通常の格闘技では到れない命のやりとりに時雨は満面の笑みを浮かべる。崩壊したゴブリンが光の粒子となって時雨の体に取り込まれて経験値となる。
意識が研ぎ澄まされ、感情が昂り、怒りでも恐怖でもない感情が込み上げる。視界が色褪せ、時間の流れが遅く感じる……覆る可能性の少ない絶望的な状況、残りHPが3の瀕死状態。
倒しても倒してもゴブリンキングが眷属召喚でゴブリンを空間に溢れさせる。ゴブリンキング程の攻撃力は無いため余波でダメージを受けるなんてことは幸いにも無かったが、どうやら今までに見たゴブリンよりもLvが高いらしく攻撃力も移動速度も段違いだ。
「だめだ…このままだと押し切られる…!」
拳闘士という職種の性質上1対1なら問題はないが、敵数が多いとジリ貧になって押し切られる。しかも回復魔法を覚えることは不可能でHPは減り続けても増えることは無い。さらに、時雨はのここが中級者向けダンジョンだとは知らずに入ったため装備やアイテムも準備されていない完全初心者。
倒しては召喚され、倒しては召喚され……次第に時雨の瞳から光が消え始める。それを見てゴブリンキングはさぞかし嬉しそうに嗤う。そして、ゴブリンによる全方位からの同時攻撃に時雨は「これは…流石にやばいかな…」とついに諦めかけた。
『固有スキル/仙才鬼才を獲得しました』
刹那、時雨は一騎無双の鬼と化した。