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プラントニックでお買い物


 お昼を軽く過ぎたころ、剛雄君が帰ってきた。

 薄茶色をした作業着が、汗でベットリ体に張り付いているのが、なぜか素敵に見える。 男の人の汗って……綺麗なので羨ましい。


 麦わら帽子を借りて深くかぶり、顔にはマスクをつける。遠くから見れば、男か女か分からないような恰好。少々のことではバレないだろう。

「お店の中で買い物をするには……、ちょっと怪しくないか、その恰好」

 軽トラのサイドミラーで自分の姿を確認している私の背後から彼が声をかける。

「日焼けしたくないのよ……」

 慌てて帽子とマスクを取った。女優だから、とは言わない。

「……日焼けって、店の中じゃしないと思うけどなあ……」

 ……昨日、あれほど炎天下にいた私が言うと不自然極まりないかもしれない。でも、彼が行こうとしている近くのスーパーとホームセンターの複合店内には、製薬会社の関係者がいないとも限らない。

 私服警官が潜入して待ち受けているかもしれない――。


 彼と二人でラブラブバカップルのフリをしていれば、少しでもカモフラージュになる。だからわざと仲のいいフリをしなくてはならない。


「じゃあ、行こうか」

 嬉しそうな顔の剛雄君を見ると、私も嬉しくなってしまう。彼ったら、照れちゃって可愛い……。

 今日は軽トラの助手席に座らせてくれた。

「カッコイイ車じゃなくてゴメンな」

「ううん。全然構わないわ。ミッション車のガコン、ガコン、って走るの、私、好きよ」

「へえー、変わってるね」

「へへ」

 こうやって男の人と二人きりで車に乗るのが夢だった。しかも二人乗りのツーシターミッション車。窓を開けると自然の空気が気持ちよく、これはちょっとしたドライブだわ。


 このまま……。

 このまま高速道路に乗って、どこか知らない遠くの街まで行ってしまいたい――。



 踏切を渡り、線路を超えて農道から国道に出たところで、ハッと気づいた――。

 記憶がまた、フラッシュバックのように断片的に蘇る――。


 この風景、この国道。

 昔、この道を何度か通った記憶がある――。


 見ず知らずの地かと思ったが、ここは私が昔住んでいた地元の近くなんだわ――。


 ――嘘でしょ? 昔はこんなに建物はなかった。それに、あんなに大きな製薬会社ができる噂すら聞いていなかった。高速道路まで作られているのは、製薬会社ができた影響なのかしら。

 でも、建物が建ち並んでいる町の中心部から少し離れたところは、昔の面影が残っている。見慣れた山の形や国道沿いを流れる川は昔のままだ。たしか……通っていた中学校がこの先の小高い丘の上にあり、さらに車で二十分くらい走れば……。


 実家に帰れてしまう。


 実家に帰る気なんて……さらさら――ないわ――。


 クローンだからではない――。上京して仕事を始めてから実家には一度も帰ったことがない。両親は、私がアイドルや女優を目指すことにもの凄く反対をした――。夢見る乙女の夢や希望を、田舎に残れ! とふみにじろうとしたのだ――。


 単身で上京した私は、バイトを遅くまでしながら、昼間はあらゆるオーディションを受け、色々なイベント会場にも足を運んだ。眠る暇もない忙しさだったが、夢と希望に満ち溢れていたあの頃の私は、今の私と同じで疲れ知らずだった――。

 スタイルだけは誰にも負けない自信があった。その自信が私をグラビアアイドルへと導いてくれた。封筒に入ったオーディションの結果通知書に初めて書かれていた「合格」の二文字は、今でも私の目に鮮明に焼き付いている。


 写真集は飛ぶように売れ、写真集では異例の「重版」が何度もされた。どこの本屋に行っても一番目につく所に水着姿の私が置かれ、多くのファンを魅了した。

 テレビ出演もたくさん決まり、普段はブラウン管越しに見ていた有名人と直接会って挨拶を交わした。マネージャーさんが名刺を渡す隣で一緒に笑顔で会釈する。実際の印象と違い、みんなが本当に優しくしてくれたわ。


 そして映画の話が決まって……。

 ――ああ、頭が痛いわ。そこから先が……どうしても思い出せない――。


「……どうしたの? 一人でニヤニヤしちゃってさあ」

「え? ええ!」

 私、ニヤニヤして回想していたの? てっきり、シリアスな顔をしていたと思ったのに~!

「ううん。なんでもない」

「ふーん」

 開けた窓に肘を乗せて運転する剛雄君。私と同じ中学に通っていたのかもしれない。


 もし、本当の同い年だったのなら……一目惚れをして、地元に残っていたかもしれない……。

 彼のシャツからは汗の乾いたいい香りが……狭い車内に充満している……。



 田舎に必要とは思えないほど大きな建物――。

 スーパーとホームセンターの複合店「プラントニック」に着くと、ずっと握っていた麦わら帽子とマスクをつけて車を降りた。

 この辺りも子供の頃は全て田んぼだったのに、今では広い駐車場にビッシリ車が停めてあり、多くの人で賑わっている……。


 私には、ぽっかりと空いてしまった空白の時間がある……。培養液の中で私が育っていた時間……。いったい、どれだけの時間をかけてここまで大きくなったのかしら……。私も……このお店も……。


「どうしたの? 行くよ」

「う、うん」

 剛雄君の腕に私の腕を絡めると、彼ったら驚きの表情を見せる。

「――ちょ、ちょっと距離感が近過ぎないか。昨日、出会ったばかりだぞ、俺達」

「いいじゃない。それとも、見られるとマズい(ヒト)でもいるの?」

 麦わら帽子のツバからチラッと瞳を垣間見る。私も背は高い方だが、彼はそんな私よりもさらに十センチは高い。180センチくらいありそう。

「いねーけど……」

 上目遣いの私から顔を赤くして目を逸らす。私は胸の形が変わるくらい彼の腕に密着している。ブラをしていないから温度や感触が彼に伝わっちゃったかもしれない。


 ごめんなさい――。

 彼を利用しようとしているだけなのが……申し訳なく感じた……。


「必要な物だったら遠慮せずに入れて」

「ありがとう」

 安い下着やTシャツを選んでカゴに入れた。それとジーンズを一本。靴も一足買ってもらう。一番安い千円以下のスニーカーを選んだ。サイズは24センチ。


 剛雄君は大きくて立派な家に住んでいるが、生活に苦労しているのには気付いていた。

 座卓でお茶を飲むコップは、「カップ酒」のコップだった。亡くなったお爺さんの仏壇にも同じものがお供えしてあった。

 貸してくれた服も、彼が今着ている服も、生地が薄くなり穴が開きそうなくらい着古してある。麦わら帽子からはお日様のいい匂いがする。

 家と畑を残してくれたと言っていたが……。剛雄君は農作業だけで生活費を稼いでいるのだろう。他に仕事やバイトをしているようにも見えない。


 携帯電話も持っていない。家には「黒電話」が一台置いてあったが、昨日から一度も鳴っていない。

よく見ると線が抜かれ……、――アンティークと化していた。


 そのまま食料品売り場へカゴを持って行き、次は夕食の材料を入れていく。

「ご飯だけはいくらでもあるから、食べたいおかずがあれば選んで」

「……うん」

 たくさん並んだお惣菜が、どれも美味しそうに見える。ただ、お腹の具合が心配だわ。あまり脂っこい物や、消化に悪い物は食べられないだろう。


 私の胃袋は、昨日初めて食べ物を消化したのだ。だから下痢をした。……今はまだ赤ちゃんが食べる離乳食のような物しか食べられないんだと思う。ヨーグルトとか、すり潰した果物とか。

 腸内環境を整える善玉菌が増えるまでは、お粥や消化のいい物を食べるようにしないといけないのかな……。


「ハマチの刺身、食べられる?」

「――! ハードルたかっ!」

 焦って思わず突っ込んでしまった!

 生魚のお刺身に醤油とワサビをつけて赤ちゃんに食べさせるようなものよ……。考えるだけでお腹がキュルンキュルンと悲鳴をあげそうだわ。

「……昨日からちょっとお腹がゆるいの……。だから私は消化にいい物にするわ」

「ああ、そうか。昨日の夜は寒かったからなあ」

 そう言いながらもハマチの刺身はカゴの中に収まった。下着は新品だけど、その上にハマチの刺身を置かないでほしかった……。

 私は消化に良さそうな……、


 大好物の「エビチリソース」を手に取った。

 お粥との相性は抜群のハズよ――。



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