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笑っている場合じゃない


 ああ、また夢を見ているわ……。

 病院の一室で、白衣を着た若い男の人と向き合って座っている――。何度も見たあの夢だ――。


『癌です。すぐに抗癌治療と手術を行えば、命に別状はありません――』


 ――!

 なんですって……。嘘でしょ――!

 これから映画の仕事とタレントの仕事で更に忙しくなるというのに――。


 これからが人生で一番輝く時なのに――!


 ……悲しみよりも、焦りと苛立ちが沸き上がり、思わず爪を噛んでしまった。

『嘘ですよね、先生。私はまだ二十五ですよ……』

『詳しくは細胞を採取して精密検査しなくては分かりませんが、治療する必要があるのは事実です。でも、今の時点なら大丈夫。必ず治ります。先進医療も受けられるので九十九%治りますよ。見つかるのが早くて良かったですね』


 ――なにも良かったことなんて、ない――!


『いえいえ、良かったですよ。だって……ほら、あなたのクローンがもうここに完成しているのですよ。コレの大腸と小腸を切り取って付ければ副作用もまったくありません。完治完了です。これまで通り仕事だってできます』

『ああ、そうだったわ。そのために作ったクローンですもの。ね、先生』


 私と先生が視線を移した先に、――私が立っていた――。

 二人は嬉しそうに微笑み、こちらを見つめる――。


『いつまでも逃げていないで、はやくこちらに来なさい』

『あなたは私のクローンなのよ。私のために部品取りされなさいよ。高いお金を払って作ったんだから――』


 身体が――動かない!

 二人が大声で笑う――。


 どうして、どうして私は死なないといけないの――! ガクガクと震えながら……思わず私も大笑いしてしまう。


 あ~ハッハッハ!


 看護婦も笑う――。

 レントゲン写真も笑う――。

 人体模型もカタカタと笑う――。


 先進医療――ここまで進んでいるなんて――大笑いだわ――!


 あ~ハッハッハ!



「はあっ?」

 大きく口を開けて目覚めると、顔全体から油のような汗が吹き出していた。

 口が乾いて、喉がカラカラだ……。


 ここは、どこ?

 病院の一室でも、研究室の水槽の中でもない。

 ……笑っている場合じゃない。


 目覚めた広い部屋が、昨晩泊めてもらった座敷だと気付くまでに、かなりの時間を要した。

 襖の反対側からは、朝の光が雨戸の隙間から力強く差し込んできている。



「なんか、面白い夢でも見ていたの?」

 ……。

 寝言で笑っていたんだわ、私……。もう農作業用の作業着を着た彼が、お茶の間で座卓にお茶や食器を並べている。

「え、ええ……」

 なんの夢を見ていたのか忘れてしまったが、苦笑いを見せる。

「ちょっと引いてしまうくらい爆笑していたから、心配したよ」

 にこやかな笑顔で、今朝もお粥を出してくれた。


 お粥は昨日のよりも少しだけ水分が少ない。私の胃と腸をいたわってくれているようで凄く嬉しい。……昨日、作り過ぎたお粥の残りをチンしたのかと思ったが、今朝もお粥のご飯が光り輝き、湯気からはいい香りがする。

 水加減を調整して、朝早くから炊いてくれたんだわ。

 彼は普通の白ご飯を食べている。私のためだけにお粥を炊いてくれたことに感謝してしまう。



 昨日の疲れが嘘のようだ。

 お粥だけしか食べていない。それなのに、しっかり睡眠を取ると、十代の頃のように力が満ち溢れてくる――。

 二十五歳と言ってしまったけれど……、鏡を見ながら歯を磨く私の顔は、十代後半と言っても通用するかもしれない。なんせ、シワもシミも無縁だ。卵のようにツルツルだ。


「今日、畑に行った帰りに君の服や必要な物を買ってくるつもりだけれど、なにがいるかな?」

 朝ごはんを食べ終わると、彼は農作業ができる服装に着替え、首にはタオルを巻いている。麦わら帽子が驚くぐらい似合っている。

「えっと……」

 剛雄君はあまり女性慣れしていないように見える。下着や化粧品を買ってきてと言っても、的外れな物を買ってくるかもしれない。


「じゃあ、畑仕事が済んだら迎えに来てくれる? 一緒に買い物に行こうよ」

「え? 体、大丈夫かい?」

「うん。もうピンピンしているわ」

 力コブを作る仕草を見せる。彼もピンピンしている……朝だから。

「じゃあ、早目に済ませて帰ってくるよ。行ってきます」

「行ってらっしゃい、剛雄くん」

 まるで若い夫婦みたいで、胸がときめいてしまうわ。剛雄君と呼ばれたのが恥ずかしかったのか、凄く照れちゃっている。


 農家に嫁いだら、きっとこんな毎日を送れるんでしょうね……。


 そう思うだけで……、笑顔なのに涙が零れた。



 留守中に家の中をゴソゴソしたりなんかしない。


 掃除したい所はたくさんあるが、勝手に掃除をして気を悪くされてもいけない。そもそも、ほうきやちりとり、掃除機といった物が見当たらない。

 ……玄関の隅には砂ぼこりが溜まっているし、二人でご飯を食べた部屋も、仏壇のある座敷も、畳の上にはうっすら埃が溜まっている。一人暮らしの男の人は、普段から殆ど掃除をしないと聞いたことがある。布団からも湿った独特の匂いがした。


 彼が帰ってきたら、お礼に掃除や洗濯などできそうな家事をさせてもらおう。


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