捕まった。お姫様抱っこで
あれから吐き気はおさまったが、下痢が治まらない。柔らかいパンを食べただけなのに、胃は食べ物を受け付けなかった。このままでは……栄養失調で本当に死んでしまう。
……どうせ死ぬのなら、戻ってオリジナルにこの身体を捧げた方がいいのだろうか。
――死んでも嫌だ。
オリジナルのために身体の部品を取られて死ぬなんて……死んでも嫌だ! 死んだ方がマシだ――!
私も、オリジナルも――!
もし私が死んでオリジナルがのうのうと生き続ければ……、これからも私と同じようなクローンが何人も何人も作られ続けて、不本意ながら死んでいくことになる――。
作られたクローンなんだから、誰一人として可哀想だなんて思いやしない――。お葬式なんてしてもらえず、私達は「産業廃棄物」として扱われるんだわ……。
一キロ十円で引き取られ、埋め立て地に処分されるんだわ――。
トボトボと歩き続けた。
日が沈む頃には雨も止み、雲で覆われていた空には星空が輝く。空腹と疲れ、もうろうとした意識で、それでも私は歩き続けた。
眩しい光が二つ――農道で横たわっている私へと近づいてきた――!
……しまった、見つかった――。身体は一歩でも先に進みたいのに、疲労と寒さで体力が限界に近付いている。
もう……逃げきれない。
もう……歩けない。
誰も助けてくれない。
誰も……。
草むらに隠れる力も残っていない。また、あの研究室へ連れ戻されてしまう――。
「大丈夫か? きみ」
「え、ええ」
どうして人は……大丈夫じゃない時に、大丈夫と強がってしまうのだろうか。
見ると若くて凛々しい男の人が、白い軽トラックを停めて私のところへ駆けつけてくれた。
男は白衣を着ているわけでもなく、警備員や警察官でもない。動きやすい農作業着に長靴。この辺りで農家をしている人なのだろうか……。
「顔色が凄く悪い。それに、春だからといっても夜は寒い。そんな……薄着では風邪を引いてしまう」
私が着ているのは白衣一枚だけ。そっと胸元を隠した。
「病院へ連れて行ってあげようか?」
白衣でこんな夜中に一人でいる私に、男は不信感を持ったんだと思う。
「病院は駄目!」
身体が寒さと恐怖で大きく震える。顎も小刻みに震えてしまう。
「……じゃあ、家に来るか? 俺は一人で暮らしているから誰にも見つかったりしない。このままじゃ凍え死んでしまうぞ」
誰にも見つかったりしない……と気を遣ってくれる。彼は、私が病院から逃げてきた患者か、五月病にかかった新米ドクターと勘違いしてくれたみたいだ。
一筋の涙が頬を伝う……。
「……ありがとう」
「礼にはおよばないよ」
疲れ果てて地面に座っている私を軽々と持ち上げてくれた。
ああ、生まれて初めてのお姫様抱っこだわ――。
ドン。
「すぐ着くからな」
「……うん」
助手席には誰も乗っていない。なのに私は軽トラの荷台に載せられた。まるで荷物のように……。白衣と体が土や埃でドロドロだからといって、か弱い女性を軽トラの荷台に乗せるなんて――。
「危ないから立ち上がるなよ。警察に見つかると怒られるから」
「……うん」
涙目になる。心遣いが微妙にズレていて嬉しい。
ブルルン、ガコッ――、
……この軽トラ、ミッション車だわ。私には運転できない……。
農道を三〇分走り続け、私の体が極限にまで冷やされた頃、ようやく彼の家へ辿り着いた。
「さっきより顔色が悪いが、大丈夫か」
「……ええ」
――大丈夫なわけあるか! 寒くて凍え死ぬかと思ったわあ!
家の横にある車庫……納屋って言うのかしら、荷物や農業に使う物が入った大きな倉庫の中へ軽トラを停めると、また私をそっとお姫様抱っこで降ろしてくれる。
私は靴も履いていない。足の裏は赤く擦り剝け、小さな切り傷がたくさんできていた。
「……とりあえず、お風呂を溜めるから、ここに座っていてくれ」
「うん」
玄関の前の冷たいコンクリート。座るだけでまたお腹が冷えて下痢をしてしまいそうだわ……。お風呂にお湯が溜まるまでの十分間が……どれほど長く感じただろうか……。指先やつま先の感覚がなくなってきたわ……。
「お風呂、溜まったから入って。できれば……体の土や埃はシャワーで落としてから浸かってくれ」
「ありが……とう」
言われなくったってそうするわよ……。
手渡された雑巾で足の裏を拭いてから、彼の家に上がる。おおよそ三世帯は住めそうな大きな家に、本当に彼が一人だけで住んでいるのだろうか?




