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エスケープ


 平静を装いエレベーターを呼ぶ。ここは最下層の研究室で、地下四階の表示があった。

 何の音も聞こえないのはそのためか……。


 ポーン……。


 廊下にエレベータが来た音だけが不気味に響く。


 乗り込んでボタンを見ると……。呆れたことに、地下のボタンは一つもなかった。

地下は秘密の空間なのだろう。エレベーターで地下に降りるには、なにか特殊な操作をする必要があるのかもしれない。


 地上に上がる前なのに、エレベーターがゆっくりと止まり、扉が開くと、私と同じ白衣を着た、白人の外国人が乗ってきた――。


 濡れた髪で裸足の私をジロジロ見てニヤニヤする……。スタンガンを背中に隠したまま、いつでも使えるように電源の位置を確認しておく――。


「コンバンハ。真夜中ニ大変ダネ」

 な~んてことを英語で言っているみたいだけど、さっぱり分からないわ。

「ハハ~ン」

 と相槌だけ打ってやったわ。


 エレベーターが一階に着くと、私が出るのを「開」ボタンを押して見送ってくれる。シーユーかグッバーイか、ハワユーと言えば良かったかしら……。


 一階には怪しい設備は何もなかった。

 広いロビーには誰もいない。夜中だから最低限の照明だけが点けられている。


 怪しまれないように、焦らず少し早めの競歩でエレベーターの出口から一直線に夜間出口を目指す。防犯カメラに私の姿が録画されているのだろうけれど、構わないわ。出口から出てしまえばこっちのものだ。


 遂にやりとげた――!


 夜間用の自動ドアは内側からは何のセキュリティーもなく、私の脱出成功を祝福してくれているかのように開く。


 外の空気を吸うと、思いっきり伸びをした――。初めて吸う自然の空気が美味しい!


 ――余裕に浸っている場合ではない。すぐに駐車場を目指して身を低くして走って移動をすると――、

 ――真っ赤なパトライトが急に光り、大きなサイレンの音が周囲に鳴り響いた――。驚いて振り向いたが、まだ誰も建物から出てこない。


『緊急警報、緊急警報、異常事態発生――。全隔壁を閉鎖、正面玄関、主要施設への立ち入りを禁止――、製薬会社は現時刻から復旧まで外部との出入りを遮断します――。繰り返します、緊急警報、緊急警報……』


 サイレンと共に機械的な女性の声でガイダンスが鳴り響く。どうやら……私が逃げたことがバレて非常警報が鳴り響いたんだわ。

 玄関に金属製のシャッターが下ろされ、各階の窓にもシャッターが下りる。


 もう遅いわよ――。

 腰の高さくらいある草むらの中へと逃げ込み、しゃがんで身を隠した。


 大きな建物の上には、「極楽製薬会社」と大きな看板が夜も明々とライトで照らされていた。



 極楽製薬会社の地下駐車場から、何台もの黒塗りの車がキキィっと音を立てて走り出ていく。

 叩き起こされたのであろう大勢の警備員が玄関前に召集され、懐中電灯を照らして私の一斉捜査が始まった。

 ……数が多いのは厄介だが、懐中電灯の光から遠ざかるように逃げればいいのだから簡単だ。誰も好き好んで光の方へ寄っていきはしない。


 車が通れないくらいの細い農道を、身をかがめて走って逃げる。

 コンクリートで舗装されていない砂利道は、裸の足の裏に強く痛みを与えるが、耐えるしかない。


 今は田植えのシーズンだから、田んぼの周りの雑草も背丈が低い。車や人の気配がするたびに農道から横にそれ、隠れてやり過ごした。


 着ていた白衣は目立つから、田んぼの泥を塗り、わざと茶色に汚す。頬っぺたにも泥を塗る。顔も迷彩仕様にして、少しでも目立たないようにする。

 用水路があるところは、わざとそこを歩いて匂いが残らないようにした。警察犬などが捜査に加われば、厄介なことになる――。


 もう少しで夜が明けてしまう。


 太陽が昇れば、夜よりも移動しにくくなる――。

 病院から夜中に逃げ出した私は、一時間で五キロメートルくらい逃げていくと考えれば、半径数十キロ内をくまなく探すに違いないわ。


 見つけるのが遅くなればなるほど、捜索する範囲が広がってしまう。だから、捜索する側も、逃げる側の私も、今日一日が勝負になる。



 ジャジャ……ジャリジャリ……。


 耳が良く聞こえる私は、遠くの僅かな音を聞き逃さなかった。


 後ろを振り返ると、農道の砂利道を遠くから自転車で迫ってくる人影が薄っすら見え、慌てて農道横の草むらに転がり込む。


 ――しくじった。見られたかもしれない……。


 心臓の鼓動が次第に早まる……。


 蟻のように小さく見える人影は、近付いてくるにつれてハッキリと見えだした。私を捜索している人達とは無関係のようだ。大人でもない。

 黒い学生服と、黒色の帽子。田舎の中学生男子……たぶん、ピカピカの一年生だ!


 ――あの、彼が乗っている自転車……。入学と同時に買ったであろう真新しい通学用自転車……? あれさえあれば、少しでも遠くに逃げられるわ――。

 でも、どうやって自転車を奪おうか……。


 その行為が犯罪と私は知っている。でも、今、私は命懸けなのだ――。命懸けのサバイバルなのだ。

善悪を考えている場合ではない。


「ねえ、ちょっとそこの君! お願いだから自転車貸して~!」

「う、うわあー!」

 驚いて、中学生の可愛らしい男子が急ブレーキをかけ、よろよろと自転車ごと倒れる。


 サドルを上げ過ぎだ、中学生男子くん。


「ねえ、この自転車貸してよ。お願い~」

「は、は、はい。た、助けて下さい」

 中学生は尻もちをついたまま後ずさりし、慌てて自転車から離れる。

「ありがとう」

 私は大きく開けた白衣のボタンを留めると、自転車を起こして乗る。「変質者作戦」がこんなに上手くいくとは思わなかったわ。


「どこか適当に停めとくから。それと、学校や警察には内緒よ。わかった?」

 中学生男子は驚きの表情のまま、何度もカクカク頷いた。

 

 きゃっ、可愛いらしい。きっとチェリーボーイね。

 ……まあ、私も……この体も、サクランボか。


 自転車のペダルを裸足で踏み込む。砂利道を歩くのに比べれば痛くも痒くもない。

 まさか農道を自転車で立ちこぎして走っているのが、逃走中のクローンだとは誰も思わないだろう。



 真っ直ぐ行けば駅のような建物に辿り着きそう。こんな田舎だから、電車……汽車は一時間に一本くらいだろう。お金は一円も持っていない。通勤、通学時間帯にさしかかる電車になんて乗れるはずがないか……。

 駅から数キロ離れた所で自転車を放置し、別の農道を逃げることにした。汽車に乗って逃げたと勘違いしてくれたら少しは逃げるのが楽になるが、私がお金を持っていないのは、きっと気付かれている。


 小さな川の土手や、田んぼのあぜ道が私を隠してくれる。大きな道路から離れていれば、見つかることもないだろう。


 そういえば、お腹が空いた……。それと、喉が渇いてカラカラだわ。太陽が高いところへ上がっている。十時を過ぎたくらいだろうか……。


 木陰と草むらで目立たない場所を探すと、少し休憩することにした。逃げ出した直後ほどではないが、まだ心臓がドキドキしている。急にたくさん体を動かしたから、身体がビックリしているんだわ……。

 それに、食べ物や飲み物をなんとかしないといけない。


 ……本当にこのまま、逃げながら生きていけるのかしら……。

 乾いた唇を舐めると、ザラっと苦い泥の味がした。


 口の中も、肌もカサカサになってきている。保湿成分が足りないのかもしれないわ……。


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