目覚め
口に強制的に空気が送り込まれ、初めて呼吸をした――。
――ゴボ、ゴボゴボ!
「ゲッホ、ゲッホ!」
むせ返り吐き出した息が、ポコポコポコ……と静かに音を立てながら上の方へと上がっていく。
――この世に生を受け、初めて自分の意識に気付く――。
まるで今、生まれたかのような錯覚――。
「ゲホ、ゲッホ!」
肺を満たす液をすべて口から吐き出すと、――息苦しさを感じ、吸い込まずにはいられない――。
――ここは? 私はいったい……。
ゆっくりと目を開けようとするが、初めて目に差し込む光に激痛を覚え、目を細める。
「スー、ハー」
ポコポコポコ……。
呼吸の仕方を……知っているわ……。
息を吸い込むと、吸い込んだ分だけシューっと音を立て肺に空気が満たされて、吐き出すと口元に取り付けられたマスクの横からポコポコポコと出ていく。
円筒形の大きなガラスの水槽。その中央に私はいた。
水族館のクラゲにでもなったのかしら? いや、クラゲは暗い水槽の中で照明を当てられてプカプカ浮かんでいるはず。小さい頃、水族館で見た記憶がある。
こんな明るい水槽のはずがない。
この部屋は、天井からの照明が強すぎるわ。……まだ目が開けられない。
ポコポコポコと、泡の音が聞こえる……。
耳を澄ますと遠くの方から、連続する電子音が、ピッピッピっと僅かに鳴っている……。
目を閉じたり、少し開いたりを繰り返すうちに、ようやく周りの明るさに慣れてきた。
ぼんやりとだが、水槽の外にあるものが見える。
水槽の前に置かれた白い机には……散乱した書類やファイル。
飲み残した紙コップのコーヒー。散らばった水槽の写真。
ホワイトボードに乱雑に書かれた文字。そこにも写真が貼りつけてある。
パソコン用の薄型モニターの前に……二人の輪郭がぼんやりと見えた――。
――目をカっと見開いた。ゴボ、ポコポコポコ――。
一人は男性で、もう一人は女性。真っ白な白衣を着た男と女が……イチャイチャしている~!
――ドキドキしてしまうじゃないの。私だって……やだ、そんなことしたことないのに。
『こっちを……見てるわよ』
『構わないさ。目が開いただけだ』
慌てて目を閉じる。そして気付かれないくらいに目を細めて……薄目を開けて見続けながら考えていた。
……私は何だろう。
丸い水槽内には沢山の繋がれたホースやコード。人の髪の毛のような黒色の細い糸が水槽内を水草のように漂っている。大量に……。
身体はまだ動かない。口から空気が入って、ボコボコと音を水槽内に響かせて出ていくだけ。
実験用の巨大な水槽の中で育てられる生物って……。
――! クローンなんだわ。培養液の中で育てられている、クローン!
でも、水槽で育つクローンって……いったいなんの?
牛? モー。
豚? ブー。
まさか――にわとり? コケー!
……だいたい、なんでそんなことが分かるの? 自分がクローンだってことを考える豚や鶏なんて、いるハズがないわ。はっ! まさか、天才の鶏――。鶏天?
クローンを知っている生物……。クローンを作れる生物……。地球上には一種類しかいない。目の前で淫らな繁殖行動を続けている生き物と、私は同じなんだわ……。
なんだわ……って……。私って――女じゃん! しかも記憶もそこそこある~!
ボコ、ポコオポコポコ~……。
恥ずかしい! 身体がまだ思うように動かせないけれど、目をギョロギョロさせると、自分の胸の先端が僅かに見える。
――真っ裸なんだわ。だから……男だけが私の方をジロジロ見やがる~――!
『ちょっと、またそっちばっかり見てる』
『ああゴメン、ゴメン』
『あんっ』
……。
ここは研究所だ。大きな研究所の一つの研究室。そして私は、
培養液の水槽で作られている――クローン人間。
でも待ってよ! 日本でクローン人間なんて勝手に作って良かったかしら。確かダメなはずよ。同じ人間を造るだなんて、許されるハズがないわ。
倫理的に、許されるハズないわ――!
『見られていると興奮するわ』
……。
『ハハ、でもこれはタダのクローンだ。目が開いて見ているように思えるが、なにも覚えていないし、考えてもいない。脳みそは空っぽだ』
――考えてるし~! しっかり見たことも覚えてるし~!
あんた達二人の破廉恥で淫らな行為を……いつかきっと暴露してやるわ。目の前でイチャイチャしやがってコンチクショウ!
だいたい、さっきから声が水槽の中にいても、響いて聞こえてくるっつーの!
『しかし……。コレ、どうするかだなあ』
『……そうね』
え? コレってなによ、私のこと?
どうするかって、どうするのよ……。
思い出せ。思い出せ――。