4.もの憂く思ほえて
「ラミーちゃんの報告、まだですかねぇ。待ちくたびれちゃったんですけどぉ。」
暗い部屋の中に妙におっとりとした女性の声が響く。
「あいつは格好ばかりつけて成果はイマイチときた。役立たずもいいとこだよ。」
また、その声こそ子供っぽくて可愛いのに、妙に口の悪い少年の声と、
「キミはいつも毒を吐かなきゃ気が済まないのかい?」
少し癖の強い話し方の素直そうな少女の声も聞こえてくる。
「エレ。分かってるでしょお。睦くんは……、」
「勿論分かっています。楓お姉様。」
暗がりに立つメンバーの年代層から幼稚園や小学校の朝の会のような感じがするが、話の内容からしてそうではなさそうだ。
「まだ下準備だってのに全然進まねぇじゃん。」
「まあ、愚痴言っててもしょぉがないよぉ。待つしかないんだからぁ。」
「そうだ。私たちはまだまだ待たなければならない。」
「あ、先生。」
三人が話していると、近くの暗闇から長身の男が歩いて来た。
「あの方の希望が復活するそのときまで。」
その声には吐き気がするほどの野望が満ちていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「また手合わせ願おう。あの頃のように。」
史人の凛とした声が放たれた。右手にはラミーの鎌ほどではないにしろ、巨大で幅広な剣が握られている。
その大剣を見たラミーは少しだけ驚きの表情を見せる。
「私が見ない間に成長しましたね。史人様。一体誰に教えを乞うたのですか。まさか独学で……。」
「感動の再会は後に取っておくのではなかったか?」
史人が少し悪い顔をする。
それに反応してラミーが強烈な視線で睨み付ける。
「口が達者なのは今でも顕在ですね。」
「お前直々に教わったからな。」
「では私が与えたその口振りを、私がもう一度、健全で従順なものに矯正してあげましょうっ!」
ラミーはそう言うと鎌を振り上げながら、史人の大剣を弾きにかかる。それを史人はしっかりと受け止める。
激しい攻防戦が始まった。
ラミーが連続で振り下ろす鎌を確実に防ぐ史人。
「はっ!」
特に力強く繰り出された一撃を振り払い、隙ができたラミーの横腹に大剣で殴り付けるように斬りつける。
そんな不可避に見える史人の攻撃を、鎌の柄を後ろについて跳躍し、後方に回避する。
「…………。」
俺あんなことできねえ。
由月は目の前で繰り広げられる戦いに唖然としていた。戦術どころか護身術すら知らない彼にとっては未知の領域である。しかも記憶消去という由月の力は戦えるような状況で使える代物ではない。
「あの……、逃げませんか? 私が言うのもあの……、アレ……です……けど……。」
少女が由月のジャージを引っ張る。
「お、おう……。そうだな。」
二人はラミーを史人に任せ、走ってその場所から退散した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
二人は暗い路地裏に逃げ込んだ。ここは通りからはかなり離れているので、そうそう見つかることはないだろう。
「はあ……。」
由月はひとまずの安心感と日頃の運動不足が災いして、小さなため息をつく。
「あの……、あの方は大丈夫でしょうか?」
「ああ……。どうだろう……。」
確かにあの場に史人1人を置いて行くのもどうかと思うが、あの状況では、由月たちは足手まといにしかならなかっただろう。
かなり心配だが、いい勝負をしていたようなので恐らく大丈夫だろう。
それより……。
「…………。」
隣で膝を抱えて座り込んでいる少女を見る。
やはりこの少女も
「あの……。」
「っ!…は、はい。」
「君は……、え、ええと……。」
由月は彼女を名前で呼ぼうと思ったが、そういえば名前を聞いたことがなかった。
「ああ、あの……萱沼。萱沼 綾、です。」
少女、萱沼 綾は小さな声で自己紹介をした。
「へえ。綾っていうんだ。ええっと、俺は由月、門倉 由月といいます……。よろしく。」
由月が会釈をすると、綾も目を合わせなくても済むように俯いて礼をした。
「それであの……綾さん。綾さんもやっぱり……、月人なのか?」
「……っ! なぜそんなことを……。」
綾はビクッと肩を震わせて由月から少し距離を取る。その表情はとても不安げで今にも泣き出しそうだった。
「い、いや、ちょっと待ってくれ! 俺たちも月人なんだ。見ただろ。史人、ああさっきの男が剣を出したのを。」
あまり勘違いされても困るので急いで弁解を試みた。
「…………あ。」
綾は由月の説明で今しがた自身を守ってくれた青年、史人のことを思い出す。
綾が落ち着いたのを見て由月はほっと胸を撫で下ろす。
しかしそんな安心も束の間、綾が静かになったと思うと、突然嗚咽し始めた。
「なっ! あ、あのええっと……。」
由月は動揺していた。目の前で女性が泣き出す、しかも理由も分からずになんてことはなかった。
この前やったギャルゲー『デジタルガールズハイスクール!』でも似たようなシチュエーションがあった。そのときもあまり理解できずに良くない選択肢を選んでしまい、結果好感度が駄々下がりになったという苦い思い出がある。
ごめんよコトミちゃん(そのときのヒロイン)!
それ以来、そういうときにはしっかりと考えてから選択肢を選ぶようにしているのだが、今回は選択肢無しのうえに時間制限付きである。
そんな由月の事情など知る由もない綾は涙を拭うこともなく、由月の手を両手で包み込んだ。
「えっ、あ、あの綾さん!?」
「…………なかったんだ。」
綾は掴んでいた由月の手を自身の顔に近づけて頬に擦り合わせる。柔らかな肌の感触と暖かな涙の感覚に、元引きこもりオタクの由月の脳は激しい興奮に溶け出しそうだった。
「ひぃ!」
由月も一人の青春を謳歌するものとしては、女子高生の柔肌に触れられることは決して悪い気はしない、むしろご褒美なのである。が、理解しがたいこの状況的にも、健全な日本男子としても、自分の中で何か間違いが起こることは極力避けたい。
ああ、興奮して息が……。
綾は横隔膜を痙攣させながらも小さな、しかし確かな声を発した。
「……一人じゃ、なかったんだっ。私っ、にも、仲間がいたんだ。」
その言葉を聞いた由月は察しを利かせ、気持ちを落ち着かせてされるがままになることにした。
綾も大変な思いをしてここまで生きて来たのだろう。
「お楽しみのところ申し訳ありませんが、もう時間ですよ。」
通りの方からそんな声が聞こえてくる。パンプスを履いた彼女の足音がビルに反響する。
「ラミー。」
由月が怨嗟を込めて彼女の名を呼ぶ。ラミー・アルクインの制服には所々に赤黒い液体がべっとりと付いていた。それはラミー本人のものではなくて……。
「……! 史人!!」
彼女は左手で傷だらけで血まみれの青年を引きずっていた。彼の血が固い地面に線を描いていた。
「ご安心ください。言ったでしょう。死なない程度に済ませると。」
ラミーは由月たちの前に青年を放り投げる。
「ぐはっ……。」
由月が駆け寄り史人の容態を確認する。様々な部分を斬られているものの、息も意識もあるようだ。
綾が二人をかばうように前へ出る。
【我は無の月人!我の持つ……、】
「コーネリアス!」
ラミーが綾の詠唱の途中で声をあげる。するとやけにうるさいバタバタという音と共に、綾たちの周りが一気に明るくなる。薄暗い路地裏にいたために目が痛い。
頭上を見ると、いつの間にかやってきたヘリコプターが照明でこちらを照らしている。それが特別な効果を持つようには見えないが、綾は絶望的な表情をしていた。
「フフッ、貴方の力なんて所詮そんなものなんですよ。」
ラミーがゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。光の下に表れた血濡れた彼女は、今まで見たことがない狂った様な笑顔を浮かべていた。
「さあ、共に参りましょう。」
「……!」
ラミーはヘリコプターから降りてきた縄梯子を握った。逃げようとする綾の胸ぐらを掴み、懐中電灯でさらに光を当てる。
「……っ! 待て! 待てよ、ラミー!」
由月は彼女を止めようと手を伸ばす。しかし、そんなものはラミーにとっては何の意味もなさない。近寄られる間もなく鎌で由月を殴り飛ばし、ビルの壁に叩きつける。
由月の口から血が出た。意識も朦朧とする。それでも遠退いて行くヘリコプターから目だけは放さないようにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「よおし。なんとな~く分かってきたぞう。」
大きく伸びをしながら通りを歩くるるり。
スマホの使い方も覚えて来たし、そろそろ由月を助けてやろうかと思い始めていた。
「……うん?」
懐かしい臭いが漂ってきて首を傾げる。
普段こんな街中で、血の臭いがすることなんてないのに……。
よく考えればさっきから何かがおかしい。今はもう戦争は終わったはずである。なのに街には人っ子一人いないし、地面に血が飛び散っている。近くで銃声音や斬撃音が聞こえる。
「ふ~ん。何かあったのかなあ。」
近くにあった誰かを引きずった後の様なものを辿ってみる。
「ありゃりゃ? どしたんだい、由月クン。それにこっちは……史人クンかな?」
るるりはその奥でよく知る二人の怪我人を発見した。怪我の大小差はあれど、二人とも大きな打撃を受けている。特に史人は大怪我で、このまま行けば数時間後には息絶えるだろう。
「……るるりっ! 史人、それに綾さんも……。」
るるりの存在に気づいたのか、由月が妙なことを言い出す。身体を起こそうと手をつくもバランスを崩して倒れる。恐らくどこかの骨が折れているのだろう。
「おっとっと。あんまり動かない方がいいよ。怪我が悪化しちゃうからねえ。」
そう言って由月の肩を持つ。そのとき……。
「月人、門倉 由月、氷山 史人、天ノ神 るるりを発見しました。救援をよろしくお願いします。」
るるりの背後から聞いたことのない若々しい声がした。それに気づいたるるりは、振り返ってその姿を確認する。丈が合ってない白衣を纏った二十代くらいの薄い髪色の痩せた男性だ。目を閉じていて落ち着いた雰囲気を醸し出している。後ろに何人か武装した兵隊を連れている。
「かなり大変な状況ですね。」
「そうなのよ。見たらこんな感じになっててねえ……、ってアンタ誰?」
るるりは特に警戒するわけでもなく、謎の男性に尋ねる。
「まあそれは後程説明します。それより今はお二人を助けねばなりません。あなたの力を貸してくれませんか?」
「はて。何のことやら。」
「とぼけても無駄ですよ。あなたの能力が、あなた自身以外にも効果があることは既に確認済ですから。」
それを聞いたるるりは笑ったまま目を細めてその男たちを睨み付ける。
「へえ、キミたちそんなことまで知ってるんだ。よくそんな大昔のこと知ってるねえ。それともあのときに覗いてたのかい? それならかなり悪趣味だよ。ストーカーで訴えるよ。ボkっ、アタシとあの子の逢瀬を邪魔したのはキミたちかい?」
るるりは声こそいつものような明るい感じだが、感情が高ぶっているのが分かる。だがその男性はまったく気にしている様子はない。
「キミたちは一体、ダレだい?」
それを聞いた男は両手を開き、元々の笑みよりも大きく笑う。
「聞かれるのを待っていたんですよ。我々は日本の秘密機関《月の都調査会》。あなたたちの味方さ。」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「お疲れ様ですぅ。ラミーちゃん。コーネリアスさん。」
ここはある組織の一室。今回任務を任せた二人の報告を聞こうと用意されたものだ。
室内は白い壁と床を明るい白色蛍光灯が照らしていてこの部屋の白さが際立っている。大きめのデスクと回転椅子がいくつも並んでいる。三人だけで話すには異常に大きい部屋だが、特に部屋自体にこだわりはない。
「いえいえ。お役に立てたのなら何よりですよ。楓さん。」
「我らの活躍、その目に焼き付いたか?」
「そりゃあもう。目が痛いくらいですよ。ゴシゴシ。」
ラミーとコーネリアスの前に腰かける女性、楓は目を擦るジェスチャーをする。
楓はこの組織におけるラミーたちの上司に当たる人物だ。髪は茶色のボブで目は紫色。背が高く、物腰柔らかなお姉さんの様な女性だ。
いつもこの黒に金色の装飾が付いたロングコートを羽織っているが、身体のラインがはっきりと分かる。ラミーのように貧弱な者にとって、アレは宇宙人よりも未知の存在である。あんなの所詮脂肪の塊だというのはラミーの意見だが、それは置いておく。
「ところであの娘はどうするのですか? やはり他の月人同様……。」
「そおですね。今あの子は先生が引き取っていますよ。でも今回は採血だけじゃなくて記憶操作もするって言ってましたねぇ。」
「記憶操作?」
ラミーは今まで捕らえた人物達とは異なる彼女の扱いに首を傾げる。
「はい。先生曰く、あの子は今のまま放すとこっちとのペースが合わない、とのことでしたねえ。」
「成程。まあ私が聞いたところで、大先生様のお考えに反対するつもりはありませんがね。」
いつもとは違う弱気なラミーを見たコーネリアスは鼻で笑った。
「お主と言えどもあの者には逆らえぬのか。お主がそう言うようならば、もとより無きに等しい人間風情への尊敬が一切の無へと帰すぞ。」
「ではアンタはあの方と面と向かって反抗できますか。」
「当然だ!」
コーネリアスは胸を張って答える。
「では私が先生に連絡を取っておきましょうか? 社員の意見は会社を良くするには大切なことですしぃ……。」
楓がいたずらっぽい優しい笑みを浮かべる。
「はっ! いや決してそういうわけではないのだ! 今は然したる不服も有りはせぬぞ!」
「アハハ、是非ともそうしていただきたいです。」
ラミーはノリのいい楓の発言に思わず腹を抱えて笑う。
「冗談じゃないぞ、ラミー!」
「あのすみませ~ん。誰か先生に伝言をお願いできますか?」
「楓殿っ!?」
「フ、アハハハハ! 自業自得とはまさにこの事ね!」
しばらくの間ラミーの笑い声とコーネリアスの苦悶の叫びがその広い空間でこだましたのだった。
一通りからかい終えたラミーは涙目になりながらも、姿勢を整える。コーネリアスは先程の威勢はどこへやら、小さくなって部屋の角にいた。
「ごめんなさいね。ちょっとふざけちゃったぁ。」
「いいんですよ。ああいう奴ですから。」
まだ堪えきれないものもあるが、ひとまずは落ち着いて話すことに専念するラミー。
「ところで、これから私たちは何をすればよいのでしょうか? 邪魔者の討伐、誘拐、潜入等何でも行いますが……。」
「随分気合いが入っていますね。」
「そりゃあやっとのことで彼女、萱沼 綾を捕らえることに成功したのです。次の任務も頑張ります!」
「そう、ですか…………。」
コーネリアスをからかえたのもあってハイテンションなラミーに対し、楓は頬に汗を垂らしている。
「……? どうかなさいました?」
「ああ、いえあの…………。非常に申し上げにくいんだけどぉ…………。ラミーちゃんにはしばらく雑務に回っていただこうかと……。」
「えっ! 何で、何故ですか!? 私この頃かなり頑張りましたよ! なのに何故……。…………は! まさかコーネリアスが何かやらかしましたか!?」
「いえ、あの……コーネリアスさんにはこのまま捜査を続けてもらいます。」
もしコーネリアスがまだ再起可能なら、この発言を元に色々な角度からラミーをいじめただろうが、今は完全にダウンしている。
「えっ! コーネリアスには任せれて私には…………。う、うわああああああ!!!」
「お、落ち着いてぇ!!」
力ないコーネリアスに当たり散らす様に掴みかかろうとするラミーを全力で止める楓。
「なんでアンタがよくて私は駄目なのよ!!」
ラミーがなんとか届いた手でコーネリアスの背中をポカポカと叩いた。
「……貴方はアイツに目を付けられたんですよぉ!八十禍津日神にっ!」
「このっ、このっ、って、え?」
その名前、八十禍津日神と聞いた途端にラミーの動きが止まった。それを聞いたコーネリアスも少し顔を上げて反応した。
「だから貴方のことを思って言ってるんですよぉ!」
「……………………。」
「……? お、やっと落ち着いてくれましたか。」
「……分かりました。しかしアレに気づかれたというのに何故私や萱沼 綾は死んでいないのですか? アレはいつも対象が単独行動をとった際に攻撃してくるでしょう?」
今まで感情豊かだったラミーが全くの無表情になり、淡々と尋ねる。
「はい。それは私たちが防衛に回りましたので何とか……。やはり月人の結束力は素晴らしいものですねぇ。…………まあ、そういうわけですぅ。今回の移行については納得していただけましたか?」
「ええ。」
今の私ではまだ、アイツに勝てない。
「八十禍津日神。」
ラミーは白い天井に向かって、暗いトーンでその名を復唱した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
由月はふかふかなベットの上で目を覚ました。ゆっくりと身体を起こす。
なんだかとても美味しそうな香りがする。この香辛料の匂いはカレーだろうか?
ぼんやりとした視界の中、手探りでスプーンを探す。カチャリ。よし、これだ。
「いただきます。」
ご飯とルーを一緒に大きくすくう。
パクッ
「こ、これは!!」
今の一口で完全に意識が覚醒した。世界が段々と色づいてゆく。久しぶりに口に運ばれた食べ物は頬っぺたが落ちるなどという陳腐な表現では形容し難いほど、最高に美味しい。柔らかな具材の食感は適度な固さの後で溶けてゆくようなもので、痺れすら感じる。
暫しの間咀嚼していると、腹の底からもっと寄越せというようにうなり声が聞こえてきた。
別にもう我慢する必要なんてない。どんどんと口の中に掻き込んで頬張る。
あっという間にたいらげ、誰かに聞こえているか分からないのにも関わらず、おかわりを要求する。
「おー! 元気になったんだね~。おかわりいる?」
そこには、パーカーの下に着ていた黒のインナーシャツの上にエプロンをしたるるりがいた。ベットの回りに付いた白いカーテンの隙間から表れたようだ。由月が持っている空っぽの皿を受け取る。
「おお、るるり……ってその格好。まさかこれお前が作ったのか?」
「うん。そだよ。どうだった? 美味しかった?」
由月はるるりに手渡された大盛カレーの皿を貰って、カレーをスプーンですくいながら大きく頷く。
「はいこうにうまはひ。(最高に旨い)」
「か、感想は食べ終わってからでいいよ。」
幸せなひとときを満喫した由月であった。
「ふう。ご馳走さま。本当に旨かった。マジありがとう。」
由月はいっぱいになって膨れたお腹を摩る。
「いやいやそれほどだよ~。」
「認めるのかよ。でもホントに感謝してる。」
由月はしばらくるるりを尊敬の眼差しで見ていたが、若干気まずくなって周りを見渡す。由月は白いベットに寝かされていて、四方の内三方向をカーテン、残り一方は薄い色の壁で囲われている。由月自身は病衣服を着させられている。そして由月はあることに気づく。
「ここはどこなんだ?それに、それに……! 史人はどうなった! あいつは無事なのか? ちゃんと生きてるんだよな? それに綾、綾さんはどこに連れて行かれたんだ? もう戻ってたりしないのか?」
「まま、落ちつきんさいな。」
支離滅裂に質問をぶつける由月に対して、るるりはいつもの如く落ち着いて笑っている。
「まずここなんだけど、このイラつく場所は《月の都調査会》とかいう日本の秘密機関の本部にある医務室だよ。んで、史人クンだけど、あん時は死にかけてたけど、今はちゃんと治療と処置がされてさっきも話して来たよ。」
先程から概要を分かりやすく説明してくれてはいるのだが、いくつか気になる点がある。
「最後にええっとなんだっけ……綾って子? 綾チャンは未だに見つかってないんだって。早く見つけろって話だけどね。」
「…………おう。分かった。ええっと《月の都調査会》?って何なんだ?」
「ああ。それはなんかこれから説明するとか言ってたよ。アタシは若干聞いてるんだけどね。って訳でちょっと立てる? 今から向かわなきゃなんだけどね。」
「ああ立てる。今すぐ行こう。」
そう言って由月はるるりの手を借りてベットから立ち上がる。そのとき、
「うっ……。」
激しい頭痛と立ち眩みが同時に由月を襲った。頭を押さえてその場にへたり込む。
様子のおかしい由月にるるりは少し不思議そうな顔をした後、何かを理解した様に手をポンと叩く。
「そういうことか。大丈夫だよ、由月クン。それただの副作用だから。すぐに治まるよ。」
そう言われて数秒、確かにるるりの言うとおり、すぐに痛みは無くなった。なぜそんなことが分かったのかなど、気になることもあったが、今は他に聞きたいことがあり過ぎた。
どうやらるるりはこの施設の構造を既に知っているらしく、彼女について行く形で移動をした。
移動中にも気になることが色々あった。医務室にいた薄い色の髪を持つ医者風の男性を、るるりが笑顔で睨み付けていたり、るるりが早足で歩くうえで、大きな会議室や鉄扉で封じられた部屋などが見えたりした。
ところでるるりはこの機関のことをひどく嫌っているようである。表情からは読み取れないのだが、早くここから出たがっていることが言動や行動の節々から伝わってくる。
「あ……。由月にるるり。生きていたのか。」
「ん? あ、史人! 良かった。無事だったんだな。」
由月たちが歩いていた道に交わる脇道から史人が黒い制服を纏った姿勢の良い老人と一緒に出てきた。
彼は少なくとも骨折くらいはしていたはずなのだが、包帯が少し多く巻かれているだけで普通に歩いている。それだけで済むはずはないのだが、まあ怪我がないのは良いことだ。
そういえば由月も何事もなかったかのように立てている。一体どんな治療をしたというのだろうか。
「おお、史人クン。しばらくアタシに放っておかれて寂しかったかい。まあともかく、由月クンとは何も事に至ってないから心配要らないよ。」
「…………。」
史人はるるりの冗談に無言で返す。
「もう。ノリが悪いんだから~。」
「誰がそんな事心配すんだよ。」
「おお、由月クン! ナイスツッコミ。」
そう言ってるるりは親指を立てる。それに由月は「はいはい」と適当に流す。そろそろこのテンションと付き合うのに慣れてきたかもしれない。
その後、由月たちは会社の一室の様な部屋にたどり着いた。
沢山のデスクとパソコンが並んでいて、そこで沢山の人たちが作業に励んでいた。見た目は会社そのものだが、服装に関しての規定は甘いのか多くの人が自由な服を着ていた。
そんな雰囲気の中、ここにいる誰よりも頭の固そ……真面目そうな中年の男性が、他よりも豪華な木製の机に座ったままこちらを見ている。
さらに机の前にある椅子には、紫色の眼鏡をかけた高校生……、いや中学生くらいの制服姿の少女が背を向けて座っている。
この空気もなんだか気まずいので、恐る恐るその男性の方に近づいた。こういう時こそるるりに先頭を行ってもらいたいものだが、彼女はあちこちを見回しているばかりで進み出ようとしない。
机の前まで来ると男性が口を開いた。
「座ってくれたまえ。」
面接のテンプレ的第一声を発されて思わず返事をしてしまいそうになる。由月、るるり、史人の順に腰掛けてゆく。拳はしっかり握り締めて背中は背もたれに着けないようにまっすぐと……。
断っておくが由月は立派な元引きこもりなのである。高校入試のときに中学校の先生に言われて覚えただけで、決して真面目に言うことを聞いて、家で面接練習を繰り返したりなんかしていなかった、らしい。
由月が頭の中でそんな誰に対してでもない言い訳をしていると、ふと隣に座る例の眼鏡っ子に目がいった。何も言わずに悠然とそこに座っている。目を瞑っていて大人しい感じがすr
「ぐぅぅzzZ」
寝てんのかよ!!
立っていた首がガクッと曲がって、口を開けていびきをかき始める。
「おい、鐙君。もうそろったぞ。」
男性が眼鏡っ子に声をかける。すると彼女はハッとして起き上がった。
「ああ、ハイハイ起きるって。起き……る…………zzZ」
「おい。」
「……ぁあ、はい。ゴメンゴメン。昨日あった事がヤバ過ぎて研究意欲が湧きまくって、オールナイトだったの。だからさ今めっちゃ眠くて。」
彼女の方が明らかに年下に見えるが一切敬語を使わない。やはり最近の若いもんは……、と考える由月だが、彼も今を生きる16歳である。
「ふわぁぁあ。」
「まったく……。」
少女はあくびをしていて未だ少し眠そうに見えたが、由月たちを見ると、ちゃんと表情筋を動かしてニカッ笑いかけた。男性はそんな彼女を尻目に、こちらを向く。
「さて本題に入ろうか。色々あった後で申し訳ないが、今から大事なことを話そうと思う。君たち月人のことや、あの組織のことを教えよう。」
「キミたちを信用できる根拠が何かあるのかい?」
るるりが噛みつくように彼の発言に突っかかっていく。それに対して男性は少し詫びるように目を細めた。
「すまないが決定的な根拠はどこにもない。だが君たちをあの組織や宇宙人から守りたいというのは嘘ではない。今まで君たちの情報を集め、皆が幸せでいられる道を模索してきた。」
「そういうところが信用ならないんだよ。分かってないなあ。……でも、アタシたちも聞きたいことは山のようにあるんだなあ、これが。ちゃんと説明してくれない?」
「そうだな。俺もこのような状況に至るまでの事実が知りたい。」
妙に口角を上げたるるりと違い、真剣な眼差しで問うのは一番端の席に座る史人だ。
「分かった。しかしこれを話せば君たちはもう今までの生活には戻れない。私が言うのもなんだが……、覚悟はできているか?」
史人とるるりがそれぞれのタイミングでうなずく。そして皆の視線は由月の方へと集まる。
由月はしばしの間考えを巡らせた。
確かに今の状況に不安しかない上、この話を聞かなければ今後も面倒事に出会さないとも限らない。だが、それを聞いた結果、由月の命に関わるものかもしれない。それなら尚更聞くべきなのだろうが、その勇気は今の由月にはない。
そんな困惑した由月に愛想を尽かしたのか、右隣の席でゆったりしていた眼鏡っ子が声を発した。
「あなたは知りたくないんですか? あなたの幼馴染のこと。」
幼馴染。
その言葉に由月はさらに戸惑う。幼馴染と言えるような間柄の人なんて覚えがない。しかし、戸惑いながらも由月はこの話を聞くべきだと思った。何かを思ったわけではないが、なぜだか気になったのだ。
特になんの覚悟もなく、由月はただの興味で首を縦に振っていた。
それを見た眼鏡っ子は少し微笑んだ後で、男性に向かって胸を張ってドヤ顔をする。
「どうよ。これが説得ですよ。ホントここの人はいつも人を不安にさせるようなことを言うんだから、この説明下手オヤジめ。」
「う、うるさい。というかオヤジはやめろって言っているだろうが! この研究バカ!」
「研究バカとはなによ! ただ私はこの世界の秘密を全部解明したいだけよ!」
「ほどほどにしておけ! そのせいでこの間だって死にかけたんだぞ! 第一いつもお前は……。」
眼鏡っ子の発言を皮切りに、二人は子供のような言い争いを始めた。二人とも小さい子じゃないんだから情けない。大人になりなさい、と考える由月だが、彼も今を(ry
「あの……。」
「「なに!?」」
「さっきの話の続きを……。」
「「……ああ。」」
息ぴったりだな。
「俺も気になります。俺たちは何で今何が起こっているのか。」
男性はそれを聞いて一度咳払いをしてから真面目な顔をする。眼鏡っ子も乗り出していた身を一旦落ち着かせる。
「では話そう。
君たち月人たちとあの組織"Milestones"との関係を。」
ええっと今日は確か……何日だっけな。7月……、7月15日か。
あれ。でもそう言えば最悪二週間くらいに一本出すとか言ってた気がする。前回投稿したのいつだっけ……。う~ん、ちょっと見てみよう。
ああ、6月25日かぁ。あれ? 6月25日から7月15日…………。
あ。
※ゴメンなさい。都合上投稿も遅くなったし、キャラ紹介もできませんでした。完全に繋ぎ回にしか見えないのでさっさと次のやつ書きますハイ。