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Milestones  作者: トーキ
3/4

3.きと影になりて


「ちょっと、待ちなさい!」


 巨大な鎌を持った少女が何かを追うように夜闇の中を全速力で駆け抜けていく。それから逃げるのは薄い"影"であった。

 手間暇かけてやっと見つけたターゲットをみすみす逃すわけにもいかない。そう考える彼女、ラミー・アルクインは軽く舗装された林道を行く。

 その身体には大量の懐中電灯がくくりつけられていてコミカルな感じがするが、その人間業とも思えぬ脚力は真面目に称賛に値する。

 しかし、彼女が追う"影"はさらに素早く、だんだんとラミーから遠ざかっていく。そのうえ近頃は新月のため、電灯もないこんな道では"影"を目視すること自体難しい。


「チッ」


 ラミーは舌打ちをすると、鎌を持つのとは反対の手にある懐中電灯を、やけになって投げつける。それは、心もとない光を暗闇の中に撒き散らしながら、空しい音をたてて草むらに転がる。

 ラミーは走る足を止めた。


「…………。」


 ラミーはなんの成果も得られなかったことに沈黙する。

 そして背を思い切り地面に叩きつけるようにして仰向けに倒れ込んだ。


「ああ、もう! 結局見つけたところで捕まらないんじゃ意味ないじゃないですか!」


 手足をバタバタさせて数多の星に向かって愚痴を叫ぶ。

 そして頭についた小枝や木の葉も気にすることなく、トランシーバーを取り出して連絡を取る。


「コーネリアスッ!早く車を寄越してください! …………ええ、うん……………………、はあ!? だったらアンタがやればいいでしょうが!さっさとして下さい!」


 ラミーはトランシーバー越しにコーネリアスに当たり散らし、乱雑にしまった。

 そして立ち上がって(きびす)を返し、悔しさに歯噛みする。



「次見たら絶対捕まえてやりますよ。萱沼(かやぬま) (あや)さん。」




◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「……………………寒い。」


 ここは公園の冷たいベンチ。

 もうすでに日も暮れて、周辺は電灯による光と、夕日によって山際にうっすらと見える紫色の光以外は闇で満ちている。今は春なので昼はあまり寒くはないのだが、この時間になるとさすがに身体に堪える。


 引きこもり門倉(かどくら)由月(ゆづき)は今宵を持ちましてホームレスに転職いたしました。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 月人(つきびと)と呼ばれる能力者、由月たちの会合では、また何か起こるまでは普通に生活を続けること、そして何かあれば互いに協力することが決まった。


 由月はその会合の後、1人破壊された扉の前に座っていた。

 あまりのショックに部屋の中に入ることが出来なかったのだ。

 それでも勇気を振り絞って生活用品を取りに行くことにした。

 まあ室内では目を細めていたため、少々擦り傷を負ってしまったのだったが。


 筆記用具、紙、食料、着替えなど、生活必需品をまとめてバックパックに詰める。あまり多くの物はないが致し方ないだろう。

 ちなみにこのバックパックは書籍やDVD、ゲームソフト等を一気買いしたとき用である。

 しかし、いくら部屋に居辛いからと言って、それほどの荷物を持ち出す必要はないはずである。

 なぜ由月は荷物をまとめていたのか。それは由月自身があることを悟っていたためであった。


「あのお、門倉さん。管理人です。何か騒がしかったので見に来まし……た!?」


 ふっ、来たか。


 割れた窓ガラスや、金具がとれて立て掛けてあるだけのドアの向こう側から30代くらいの女性の声が聞こえてきた。

 引きこもりの由月の数少ない顔見知り、このアパートの管理人である。

 彼女の声には驚きの色が見受けられた。それもそうだ。昨日までなんともなかった部屋が半壊しているのだから。

 由月は外に出るためにドアを()()


「……なっ!?」


 管理人は部屋の中を見てさらに驚愕する。

 そんな彼女を横目に見ながら由月はバックパックを片手に外に出ようとする。

 その際に空いている方の手で管理人の肩を叩く。

 そして無駄に格好をつけた話し方で言う。


「今まで……、有り難う御座いました。」


 由月はゆっくりと歩き出す。

 今までの自分は捨て、新しい自分になるんだ。

 妙に清々しい笑みを浮かべて廊下を行く。

 そんな由月を見て管理人は微笑しながら口を開く。


「……門倉さん。お元気で……。そしてこれからも、…………って、んなわけあるかぁぁぁぁぁぁあ!!!」


 突然鬼の形相となった管理人が、由月に向かって走り込む。


「ちょと待てやゴラァァア!! ちっと話聞かせてもらおうかテメェ!!」


「すみませんでしたぁ~!!!」


 由月は宇宙人(エイリアン)から逃げるのと同じくらいの勢いで階段を駆け下りた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 という訳で今に至る。

 由月は今後悔していた。

 あのとき正直に話せば説得できたかもしれない。

 それに何より由月は何もしていない。被害者は由月のほうだ。

 だが、もうすでに逃げ出してしまったからには戻ることはできない。きっと由月が何かしたと思われているだろう。


「あの人怒ると怖いからなー。」


 独り言というには少々大きい声を漏らす。もちろん聞いてくれる相手は誰もいない。

 この公園は昼にるるりと宇宙人(エイリアン)から逃げて来た場所だ。ここは街の中にあるというのに人があまり来ない。特に何か妖しい噂があるわけでもない。

 まあ何にせよ、また昼の様な騒動がなければいいが……。


「……………。」


 近くに置いていた携帯に目をやる。暇潰しには丁度良いゲームアプリ等々が沢山入っている。


「いやいや、今使っちまったら緊急の時に使えなくなるだろ。落ち着けよ俺、落ち着け……。」


 由月は、その言葉とは裏腹に、電源ボタンに指を置くところまでの動作が進んでいた。(りき)み過ぎて手がプルプルと震えている。


「落ち着け…………、落ち着……ウオオオオオオオ!!」


 限界だった。

 由月は電源を躊躇(ちゅうちょ)なく押すと速攻でゲームアプリを開く。無駄に格好いい曲を(とどろ)かせながら由月の顔を照らす。

 そのときの由月の表情は、狂気に満ちたネトゲ廃人のそれだった。


 そして数時間後…………。




 バッテリー不足のためシャットダウンします。


 シャットダウン中



「あ…………。」


 夜も更けて少なかった人通りがパッタリと止まった。

 それと同時に由月のFEVER TIMEが、携帯のバッテリー残高と共に幕を閉じる。

 携帯をポケットの中にゆっくりとしまった。


「……………………腹減った。」


 何事もなかったかのようにバックパックに手を伸ばす。あのときは急いでいたので、自分でも何を入れたか覚えていない。


 入っていたのは……、

 カップラーメン…お湯がないと食べれない。

 缶詰…手で開けられないヤツ。

 粉末上のだしの素…意味が分からない。

 以上。



「…………。」


 試しにカップラーメンを開けてみる。乾燥した麺の上にカピカピの肉や野菜がのっている。

 そのうちのひと欠片を手に取ってみる。そして匂いを嗅いでから口に放り込んでみる。

 味がしないでもないが、なんかサクサクしている。どうにか飲み込んでみたが、妙な感じがする。

 次に具材を落ちないよう器用に避けて、固い麺を取り出す。

 こういうお菓子あるもんね、と自分に言い聞かせ、端っこに歯を当てる。


「アガッ。」


 固い。



 今度はまだ開けれそうな方のだしの素を手に取る。

 袋を破いて中を除き込む。茶色い粉末が見てとれる。

 見るからに不味そ……、いやそういう先入観は捨てよう。そう思うから不味くなるんだ。

 由月は覚悟を決めて、普通ならそのまま口にしてはいけないものを流し込む。


「ん~…………んっ、グ、ゴホッ、ゴホッ。」


 粉っぽい。



 最後に缶詰に手をかけた。食べられる食べられない以前にまず開かない。

 とりあえず目の前まで持ってきてみる。何かができそうな気は毛頭ないが、とりあえず睨み付ける。



「………………。」

じーーーー。



「……………………………………。」

じーーーーーーーーー。



「…………………………………………………………。」

じーーーーーーーーーーーーーー。






「……って、食えるかぁ!!」


 由月は全力で缶詰を近くの茂みに投げつける。ちなみに由月の頭の中では、「この後スタッフがおいしくいただきました」というアナウンスが流れた気がした。

 そのとき、


「いたっ。」


 缶詰を投げつけた茂みから小さな声が聞こえた気がした。

 由月は首を(かし)げて茂みにそろそろと近づく。

 そこから茂みの奥の影に目を凝らしてみると、1人の少女が倒れていた。気絶しているようだ。

 彼女は、見た目は由月と同い年位に見える。ストレートの綺麗な長い黒髪だが、少し青っぽい色素を含んでいる。肌もキメ細やかで綺麗だ。


「…………う~ん。……ひっ!」


 目を覚ましたようだ。こちらを怯えた目で見ている。あまり第一印象は崩したくない。気を遣いながら声を発する。


「あ、あのぉ……。」


「……へっ、変態!」


 第一声がそれかよ!


 まあ確かに、由月はさっきからその少女をジロジロと見ていた訳だからそう言われても仕方ないが……、かなりショックだった。


「へ、変態って……、まあいいか。何してたんだ?」


「…………ぁ……ぇえっ………………あ……のぉ……………………。」


 沈黙する。

 ある意味この状況が一番辛いかもしれない。少女は頬を赤くし、目を合わしては、またすぐに離すということを続けている。その目の色は灰色、いや、群青色といったところか。


「……………………ぇたんですか。」


「……え?」


 か弱そうな声が聞こえてきたが、あまりよく聞き取れなかった。


「今なんて?」


「…………なんで私が見えたんですか?」


 なぜ見えた。そう聞かれても困ってしまう。

 実際由月に彼女が見えた訳ではなく、偶然缶詰が脳天にクリーンヒットしただけだ。それにこの聞かれ方をされるとなんだか悲しい過去を想像をしてしまう。何か特別な事情があるのだろうか?


 ブゥウン


 近くで自動車のエンジン音がした。


「…………ぁ!」


 それに反応して少女は突然静かに立ち上がった。そして由月の手を掴み、駆け出す。


「お、おい。何して……。」


 そして由月を強制的に近くの公衆トイレに押し込むようにして入る。


「……って女子トイレじゃないか!」


「しっ、静かに……。」


 そう言われて由月は個室に連れ込まれる。その個室は意外と狭く、半自動的にとても密着することとなっている。

 ただならぬ空気がしているのは重々承知しているが、先程変態呼ばわりされたのもあって、凄くイケないことをしている気がした。

 そんなことを考える由月だったが、隣に立つ少女は大真面目な顔をしている。そして彼女は今までとは違う、はっきりとした声を出した。


【我は無の月人(つきびと)。我の持つ影よ。我が力を糧に漆黒の暗闇となりて、敵に盲目を与え、我らの傷の代替となれ。】


「……こ、この詠唱は!」

 

 由月はこれに似た詠唱を今日の昼に聞いた覚えがある。確か朝霧(あさぎり) 嶺於(れお)が光の柱を顕現する際に用いていたものだ。つまりはこの少女は……。


 彼女が詠唱を終えると、一瞬周りが暗くなった。だが少しすると様子が見えてくる。特に大きな変化は感じられないが、視界が明るくなったような気がする。それと身体が凄く軽い。

 そのとき、自動車に乗っていた人物が入って来た。ただ、尿意を(もよお)したって訳ではなさそうだ。恐ろしい殺気が漂っている。


「…………いるのなら出てきてくださいよ~。綾さん?」


 個室のドアが閉まっていて顔は見えないが、丁寧な口調の小鳥のような声には聞き覚えがあった。


「……いないんですか? …………ならここにある全て……粉砕して確かめてもいいですよねぇ!」


 粉砕……。そうだ。そんなことを言う知人は1人しかいない。

 ラミー・アルクインだ。


  バリンッ


 途端に左側から何かを破壊する音がした。部屋の仕切りの下から水が溢れ出てきている。


 便器を破壊したのか? ついに公共の施設まで破壊するのかよ。しかも音的にドアごとだな。


 由月はラミーが起こした損害の賠償金額はどのくらいかという切実な疑問を抱えたが、そんなことはどうでもいい。

 一度ちゃんと話がしてみたい。


 バリンッ


「あれ? ここでもないのですか。」


 そんな冗談染みたことを思う由月だったが、本当にこの状況はまずい。由月は前回誘拐したばかりだから問題ないとしても、この少女は今まさに追われているんだ。少女はとても不安そうな顔をしている。


 バリンッ


 バリンッ


 徐々に近づいて来ている。破壊音が聞こえる度に彼女の肩が震えるのが分かる。


 なぜ彼女がこんな目にあわなければならないんだ。恐らく彼女は俺たちと同じだ。この子には俺が躊躇なく感じた恐怖を味わわせたくない。


 由月は妙な正義感から、彼女とドアの間に立ち、(かば)うような体勢を取る。


 バリンッ


 バリンッ


「さて。最後はここですね。フッ」


 ラミーがこのドアのすぐ向こう側で不敵な笑みを浮かべているが分かる。

 恐らくこのままの位置ではあの鎌で身体を貫かれてしまうだろう。しかし、どうせ死ぬなら格好よく死にたい。


 でも、超怖えぇな。


 覚悟を決めて目を(つむ)る。その瞬間に肩を軽く叩かれた気がしたが、よく分からなかった。


 バリンッ


「……ん?」


 ラミーは首を傾げる。

 そんなラミーの様子を見に来たのは、サバサバした黒髪に赤い前髪で片目を隠した男性、コーネリアスだ。


「何をしておるのだ。やはりお主らのような神が産み出しし出来損ない、人間には休息というものが必要なのであろう。」


 思い切り水がそこかしこから吹き出ているが、彼も気にしていない。いつものこととでも言うように呆れた目をしている。


「…………ハイハイ、すぐ戻りますよ。……というか、なぜ平然と女子トイレに……。」


 それに気づいたラミーは、顔も見ずに手をヒラヒラさせて適当にあしらっている。


「な! い、いや違うぞ! われは……せ、性別などという粗末なものは既に超越しておるのだ!」


「ソウデスネ。まったく……。私も疲れているのでしょうか。」


 ラミーは眉間にしわを寄せ、こめかみに手をやった。




「本当に、誰もいない……のですか?」




「われとただの人間風情とでは扱う常識(モノサシ)が違うのだ。我が力は魔の奔流より()でくる闇色の(ほむら)であるが(ゆえ)……」


 二人はそんなたわいもない会話をしながら、というかコーネリアスの一方的な自画自賛をラミーが聞き流しながら外に出ていく。自動車のエンジン音が無人の公園にこだまする。



「大丈夫……ですか。」



「あ、ああ。」



 由月と少女が破壊された個室トイレから出てきた。


「いやそれより、今のって君の能力なのか!?」


 由月が興奮気味に聞く。


「い、いやあのえぇと……。」


 それに対して少女は、嬉々として尋ねてくる由月に(おび)えている。

 しかし由月はそれに気づかない。


「その能力はどんなものなんだ? あの鎌に斬られたはずなのになんともないとは……。」


「あ、あの……。」


「なんだか視界が開けた気もするし……。」


「……えぇ……っと……。」


「それにラミー、アイツ俺たちに気づいてなかったことないか? アイツほどの恐ろしい人間の目まで欺けるなんて……。凄い能力だな!」


 由月は少女の肩をポンポンと叩く。


「……ひぃ!?」


 それに驚いた少女は肩を大きく震わせた。

 すると由月の手からさっきまであった人肌の感触が消える。そして由月は、誰もいないボロボロの女子トイレで1人喜ぶ変質者となった。


 彼女は消えたのだ。まるで"影"のように。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ぐぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「もう、無理だ……。」


 あの妙な出来事があった日の翌日、ホームレス門倉 由月は街を彷徨(さまよ)っていた。あの後睡眠は取ったものの、由月の腹の虫は悲鳴をあげている。


 財布は部屋に置きっぱなしだし、いい加減あの食べれそうにないものを食べるしかないのか……。

 頼む。俺に誰か何か恵んでくれ。





 そこに見覚えのある少女が通りかかった。


「ふんふふんふふーん。やっぱり新しい携帯はいいな~。ついこの間まで肩から下げてたっていうのに……。」


「るるりぃぃぃ~!」


「……うぉ!」


 由月はその少女、るるりのもとに滑り込むようにして向かった。


「おー由月クンじゃん。げんきげんき~?」


 るるりは笑顔で手を振ってきた。それに対して由月は物乞いをするようにるるりにすがり付く。


「頼む。何か恵んでくれ!」


 それを聞いたるるりは表情も変えずに続ける。


「ねえねえ由月クン。見てよこれ。新しい携帯(スマホ)。いいでしょ。」


「なっ!」


 るるりがパーカーのポケットから携帯(スマホ)を取り出す。

 恐らく面倒そうな由月の話を聞かなくて済むようにこのような行動をとったのだろうが、それは携帯の充電の切れた今の由月にとっては大きな精神的ダメージとなった。


「これさあ、もうパカパカしないでいいんだよ! スゴくない?」


「あぁ……。」


「それに超絶スタイリッシュじゃない?ポチポチする必要もない。」


「あ、あぁ……。」


「それにこの薄さ。凄いよね~。人間の技術力って。」


「あぁぁぁ…………。」


 由月は表情をゲリラ豪雨よろしく一気に曇らせてゆく。


「じゃあ。アタシはこれの使い方を覚えなきゃいけないからね~。失礼させてもらうよーん。」


「…………。」


 るるりは小走りでどこかへ去っていった。それを由月は恨めしそうにじっと見つめていた。





 太陽が頭上にまで上り詰め、陽光が照りつける頃。由月のもとに新たな知人がやって来た。


「おお! 由月じゃないか。かなりボロボロだけど大丈夫か?」


「れえぇぇ~おぉぉ~、おぅ……。」


 由月はるるりのときのように嶺於(れお)にすがり付こうとするも、極限状態なうえに炎天直下で疲れ果て、地面にへばりつく。


「だ、大丈夫か?」


 そう言って嶺於は持っていた荷物を片手に集め、由月に手を伸ばす。由月はそれを取りながら懇願する。


「何か、何か恵んでくれ。……頼む。」


「あぁ……、すまん。今バイトに行く途中でさ。特に持ち合わせがなくてな。」


「バイ……ト?」


 今日は日曜だ。いつもの由月なら、今の時間はアニメ三昧(ざんまい)している頃だ。聞き慣れない言葉に首を傾げる。


「そうなんだよ。俺小さい弟がいてな。そいつが誕生日に何か有名野球選手のサイン入り帽子が欲しいって言い出したんだ。」


「ああ。」


「今それを兄貴のコネでどうにかおさえてもらってるんだが、うちは大家族でね。妹の高校受験もあったからあまり一人にお金がかけられないんだよ。」


「あ、ああ。」


「それで母さんに頼み込んだら、俺の大学の勉強とバイトをどちらも両立させるって条件でバイトのシフト数増やしていいって言われたんだ。」


「…………。」


「そのバイト代と親が出してくれる分でギリギリ買えそうなんだ。だから、すまないがあまり今金のかかるものは極力避けてるから……、あ! 家に泊まるのならいつでも」


「いやもういいよ。なんかホントごめん。」


 由月はあまりの自分の不甲斐無さに情けなくなって、嶺於を直視することができなかった。




「……うぐっ、不味い。」


 日も傾き始めた。街の賑わいもピークを過ぎ、不思議な穏やかさが空気に満ちている。

 その最中(さなか)、由月は空腹を少しでも紛らわすために、だしの素を水に溶かして飲むことを試みた。

 結果は最悪だった。粉っぽさは残っているし、微妙に出た薄味が気持ち悪い。薬を飲んでいるような気分になる。


 そろそろ何かを恵んでくれる&罪悪感を感じなくて済む、都合のいい知り合いはいないだろうか。

 まあ、頼りになる人に会うイベントなんて1日にそう何度も続くわけはないと知っているが、由月は「2度あることは3度ある」説を信じている。


「何してるんだ、由月?」


「フッ、やっぱりな。」


 痩せ細った ー実際はたかが1日の出来事であるため、言うほど痩せてはいないのだがー 顔で、現れた青髪の青年、氷山(ひやま) 史人(ふみひと)を悟ったような表情で見る。


「なぜここが分かった?」


 由月の問いに史人は悠然と答える。


「るるりがメールしてきた。『今new携帯テスト中なう。由月クンが面白すぎる! 見にくべきだぜ!』とのことだ。それにしても何なんだ、その話し方は……。」


「チッ、るるりめ!あの野郎分かってたくせに助けなかったのかよ!」


「あ、話し方戻った。」


 史人は特に表情を変えることもなく、リアクションを取る。

 それにしてもこの青年、他の人物に比べてよく分からない。歳は由月よりは年上のようだが、嶺於(恐らく大学生)よりは年下のようだ。ということは19歳くらいか。それにしては大人っぽい、または落ち着き過ぎている気もする。


「それより、何か恵んでくれないか。」


「恵む? 一体何があったんだ。」


「あの部屋見ただろ? つまりそういうことだ。」


「……? どういうことだ?」


「つ、つまりだなあ……。あれを修理しなけりゃ住めないだろ。」


「なら直せばいいじゃないか。」


「高校生に出せる修理代かよ!」


「……?」


 どうも史人とは噛み合わない。彼にはなぜだか一般論というものが通じないようだ。だんだんとイライラしてくる。

 そのとき、そんな道の往来で騒ぐ二人に近寄る影が現れた。



「ぁ……、あのぅ……。」



「「ん?」」


「ひっ!」


 二人の話をしている横から、何だか弱々しい、大人しげな声が聞こえてきた。しかし、その黒い髪に群青色の瞳には見覚えが……。


「……あ。昨日公園にいた……。」


「は、はい、そう……です。」


 彼女はやはり目を合わせずに肯定する。


「あ、あの……、昨日のお礼が言い……たく……て……。」


「お礼?」


「庇って……くれたから……。」


 もともと赤らんでいた顔がさらに赤くなって、トマトのようになる。

 そこに史人が会話に割り込んでくる。


「どういうことだ? その少女と何があった?」


「いやあ、それが……、」




「見つけましたよ、影の月人(つきびと)! 萱沼 綾さんっ!」




 突然、今まで会話になかった声が響く。

 そこには金髪のツインテールを風に(なび)かせて立つ、スーツ姿の若い女性がいた。その右手には大鎌が握られていて、エメラルドとサファイアの目でこちらを捉えている。


「…………! ラミー!?」


 その女性、ラミー・アルクインの登場に一番動揺したのは、意外にも史人だった。


「……あら、史人()。お久し振りですね。」


 ラミーはそう言って綺麗にお辞儀をする。その間も抜け目なく由月たちから目を逸らさない。

 一方の史人は、すぐに動揺を押さえ込んで今まで通りの真顔に戻る。


「どうしてこんな所にいるんだ。僕はあの時、お前が死んだと聞いていたんだが……。」


「感動の再会は又の機会にしましょう。それより今は、その娘を私に譲って頂けないでしょうか。そうすればことが穏便に進みますが……。」


 ラミーは史人の質問を無視して由月のそばに立つ少女に目を向ける。それを見た由月と史人はその視線を(さえぎ)るように立ち塞がる。


「お前たちにこの子を渡してたまるか!」


「次回など待っていられない。ここでけりをつけて話を聞かせてもらう。」


「貴方方が関係を持つのは構いませんが、まずは段階を踏んで頂かないといけないのです。そこにいる綾さんは、貴方方と違ってそれらを終えられていません(ゆえ)、一度こちらに来てもらう必要があるのです。(かえで)さんの言葉を借りるなら、勿論拒否権はありません。」


 そんなことを言いながら、鎌を回転させてどんどんにじり寄ってくる。

 その様子を見た由月は、やはり勝てる気を1ミリも感じてはいなかった。しかし彼女だけは救わなければならない。なぜかそんな気がしてならなかった。

 とにかくこれ以上、俺たちと関わらせてはならない。

 拳に込めていた力をさらに強める。史人も同じような反応を見せる。

 それを見たラミーは、口元こそ笑っているものの、睨み付けるように目を細める。


「ほう。そういうことですか。ならばっ!」


 振り回していた鎌を握り直し、構える。


「死なない程度で済ませてあげます。」


 そのとき史人が一度目を閉じて深呼吸をする。呼吸を終えると目を見開き、叫んだ。


【我は変化の月人(つきびと)!我が力を糧に無情なる鋼鉄の大剣となれ!】


 そういうと史人は、どこからか水入りのペットボトルを出して、中身を撒き散らした。普通ならそれがコンクリートの地面に紋様を残すだけだが、そうではなかった。飛び散った水は粘土のようにグニャグニャと史人の手に収まり、一瞬の輝きを放つ。

 由月は突然網膜を襲った明るさに驚き、思わず目を瞑る。

 目を開けたときには、史人の手に一本の鋼鉄の大剣が握られていた。



「また手合わせ願おう。あの頃のように。」



 トーキです。

 新しい仲間キャラはどうだったでしょうか、……って言ってもあんまり描写がないから分からないですよね。次回紹介文つけときます。

 今回は1話から出ている嶺於の紹介です。


名前:朝霧(あさぎり) 嶺於(れお)

性別:男

能力:光を操る能力

解説:明るく真面目で前向きな青年。

  爽やかな性格で誰に対しても優しい。

  一人称は『俺』。ちょっと天然。

  大家族の次男であり、両親、祖父母、

  兄1人と姉2人、弟と妹が1人ずつ、

  計12人で同居している。


 物語の始めなので仕方ないことですが、にしても新キャラが多い。じゃあ減らせよ、って話ですが、そうもいかないのです。これからも暖かい目で読んでいただけると幸いです。

 次回は組織のメンバーの名前を出そうと思ってます。一応出ているので新キャラじゃないよね……。次回もまたよろしくお願いします。

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