2.ひた黒く墨つきたる
「だ~か~ら~、みなさんは未知の生命体、宇宙人、まあ生命体かどうかも謎なんですけど、それを討伐してくださ~い。あ、勿論拒否権はないけどね。」
モニターに映ったお姉さんが言った。
「宇宙人?」
由月は聞きなれない言葉に首をかしげた。
ちなみに由月は色々な出来事の連続に開き直っている。
「よくぞ聞いてくれました。それは~……。」
「ちょっと待て。」
突然青髪の青年が立ち上がった。
「……って、もうなんなのよ! 貴方さっきからぁ!」
青年は気にせず続ける。
「なぜそれを僕らがやらねばならない?」
その問いに答えたのは、今まで一言も話さなかった、お姉さんの右側に立つ女の子だった。
「そんなのキミみたいに察しが良い人なら分かるんじゃないの? ここにいる全員が……
"月人"、つまり能力者だってことに。」
その場にいた四人がそれぞれの反応を見せる。
茶髪の男性は素直に驚き、るるりは少し嬉しそうだ。青髪の青年は大きなため息をつき、由月は唖然としている。
まさか他にも能力を持つ人がいるとは……。
「えぇーーー!!! じゃあここにいる全員が何かしらの力を持ってるってこと!? うれしいなあ。」
るるりは興奮のあまりに、満面の笑みを浮かべて、腕を振り回して無駄に大きな動きをしている。
「みんなはどんな能力を持ってるの? じゃあそれも兼ねて自己紹介しようよ!」
皆動揺はしていたが、うるさいるるりに気が散ったようで、そちらの方向を向いていた。
るるりは靴を履いたまま椅子の上に立ち上がった。
「えぇ~、コホン。どうも~、はじめましてー!天ノ神 るるりでーす。能力はなんと! ……不老不死でーす!! すごいでしょう!」
それを聞いて茶髪の男性が問う。
「ふ、不老不死だって! …………でも不老なら今でも赤ん坊のままだろうし、不死なら何が起きても死なないどころか、怪我一つしないんじゃないのか?」
するとるるりは胸を張って言う。
「フッフーン。アタシの能力は特別なんだなあ。歳は今のこの姿まで成長してからず~っとこのままなんだよお! つまりず~っとピチピチのギャルのまま、いつまでも続く青春時代をかけ続ける少女なのだ! 羨ましいだろ! 世に蔓延るシワに悩む女性諸君よ!!」
誰もいない天井に向かって拳を突き上げながら叫ぶ。そして今度はそれと反対に、突然肩を落とした。
「でもね~。怪我しないって訳じゃないんだな~これが。これは後々説明するけど、怪我もするし、めっちゃ痛い……。」
そう言って人差し指を自分に向けて、腹を刺すよなジェスチャーをして痛そうな顔をする。
「……で、みんなはどんな能力を持ってるの?」
すると茶髪の男性が手をあげた。
「じゃあ次は俺が……。俺の名前は朝霧 嶺於。能力は有、つまり光の力だ。これからよろしく頼むぞ。」
るるりが興味津々な顔をする。
「ひ、光の力って何ができるの!?」
子供のように目を輝かせる るるりに嶺於は優しい表情で答える。
「まあそうだな……。光源を生み出せるから、暗闇を照らしたり……、ああ後は火もおこせる。」
「おぉぉぉ。」
るるりが歓声を上げる。
「で、もう一つ隠し玉があるんだが……。」
隠すこともなく思い切りモニターを指差す。
「アイツらに聞かれちゃ困るからなあ!」
三人組がこちらを見ている。
「あの、それ私たちに聞こえるように言っちゃったらダメなんじゃないの?」
「お前やっぱバカだわ。」
「それに関しては同意する。」
三人組の言葉に心を痛めたのか、始めの頃の元気はなくなっている。
「ま、まあ大声で言うのはちょっと……。」
さらにるるりが、冗談なのか本気なのか分からないが、哀れみの目で追い討ちをかけている。
あれほど大きな声をあげていた人と同一人物とは思えないほど、嶺於の背中が小さく感じられた。
「つ、次は誰が?」
「なら俺が……。」
青髪の青年が座ったまま話し出す。
「僕は氷山 史人だ。能力は変化……、いや、錬金。」
「「錬金?」」
るるりと嶺於が同時に聞き返す。
「…………………………………………。」
「「……無視かよ!」」
史人は特に気にする素振りも見せず、ただ無言を貫いている。
「じゃあ最後は君だね。」
「え、あ、ああ。」
そう言って、るるりたちが由月の方を向く。ぼうっと話を聞いていた由月は、突然話を振られて驚いている。
「俺は門倉 由月。能力は記憶消去能力です。よ、よろしく……。」
コミュ症が少し板についてきたようだ。一応言っておくが、由月の目標は立派な引きこもりになることである。
「記憶消去って……、それ何でもできるじゃん? まさかアタシもう何かされちゃってる!? いや~ん。初対面なのにやるじゃない、君。」
るるりが頬をおさえて恥ずかしそうなフリをする。
するとなぜか由月よりも早く嶺於が反応した。
「なっ!お前、一体何を?」
(一同)『お前安定してんな。』
「いやいや冗談だって。」
由月や史人、モニターに映った三人に、言い出した本人のるるりまで半眼を作っている。
「……お、おう。それで俺の能力は実際そこまで使えるものではなくて、消せる記憶は直前の数分、能力発動には相手に触れないといけないし。その上自分の記憶は消せない。」
「へえ、そうなんだ。じゃあ安心だね。いや待てよ。触れた相手をってことはやっぱり……。」
るるりはそう言って由月ではなく、何故か嶺於の方を見る。
「も、もう騙されないぞ。」
「さーて。自己紹介も終わったことですし、我々のプロジェクトへの参加を承諾していただけますかぁ。そろそろ飽き飽きしてきたんだよねえ。」
お姉さんがあくびをしながら言う。
「そ、そんなわけないだろ! 誰がお前たちなんかの言うことを……。俺たち無理矢理連れてこられたのに、聞くか!」
嶺於が先程の様子を取り戻したようでモニターに向かった大声を張り上げる。
「そうだねえ。さすがにその流れはちょびっとおかしいんじゃないですかい?」
るるりもあまり快くは思っていないようだ。
「「「………………………………。」」」
モニターの三人がお互いの顔を見る。そして頷くと、
「まあ今回の目標はみんなを会わせることだったし……、流れ的に宇宙人にも会うでしょうし…………。やっちゃっていいですよね、先生?」
そう言って画面外を見て、誰かに呼び掛けているようだ。
「よし、それじゃあまた会いましょう。それまでの間、しっかり生きててね。」
お姉さんがそう言うと、女の子がどこからか出してきたスイッチを取り出す。
そして、たくさんのコードがついたそれを勢いよく押す。
すると、部屋の中に異様な臭いのする空気が流れ出した。
「……な! こ、これは……。」
すると嶺於や史人、元気だったるるりまでバタバタと倒れていった。
由月も同じで足がおぼつかなくなった。強力な催眠ガスか何かのようだ。
「え、あの子が中に!? 早く止めて!」
混沌とした意識の中で、そんな声がしたと思うと、壁から現れた隠し扉から何者かが部屋の中に入ってきた。
その人物は由月の方に向かって歩いて来ている。
ほとんど何も見えなかったが、頬に触れた手の感触と、その声だけは分かった。
「ごめんね。由月君……。」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
由月はオタク感が満載の部屋で目を覚ました。
枕元のスマホからはアニメ『ある日の閲覧禁止書』のopが流れ出した。
今度は本当に自宅で目を覚ましたようだ。布団がフカフカであたたかい。
あのときは興奮していて気づかなかったが、おそらくあの場所はかなり寒かったようだ。
ぱっと見何か変わった様子はないようだ、が……いや、天井のライトが割れている。それに玄関の床にひびが入っている。扉は閉まっている。
アイツらがここで起きた出来事隠そうとしたのだろう。だとしたら恐らく外に何かしらがあることはない。
あれは夢じゃなかったのか……。と、いうことはつまりっ!
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
例の名作漫画『魔術師りっぷ♪』が見るも無惨な姿となって玄関前に放られていた。表紙には小さなメモが貼ってあり、一言「テヘペロ(・ω-) byラミー」と。
「テ・ヘ・ペ・ロじゃねえぇよぉぉぉお!!!」
由月の叫びは彼が住むアパート内では収まりきらず、周辺の他ビルにいる人々の耳にまで響き渡った。確実に今ので誰かから苦情が出るだろうが、そんなことはどうでもいい。
ある程度落ち着いてきた由月は整理を始める。
とりあえず破壊された漫画をネットで新しく注文しておく。とはいってもかなり昔の作品だったため、それなりに値が張ったが、仕方ないだろう。
ちなみに保存用や鑑賞用といったものは持ち合わせてはいない。これもまたオタク道未熟者ゆえに起こったトラブルだろう。反省しなければ……。
床のガラスを拾い集める。
外は朝にしては暗い。恐らく曇っているのだろう。その辺のランプをつけておく。
それにしても、床はもちろんライトもアパートの物なので簡単には直せない。どうしたものか…………。
コンコン
恐ろしい音が聞こえてきた。
この音は誰かがドアをノックする音だ。
もしこれが管理人さんなら、俺は多額の請求を迫られた挙げ句、すっからかんになってホームレス生活が大々的にスタートしてしまう。
せっかく引きこもりになったのに今度は年中青空教室。それだけは何としてでも避けなければならない。
うちにある宝物を人手に出すなんて、あっていいものか!
鍵がかかっているうちに何とか……。
カチャ
なんで無言で鍵開けるんだ!
俺が何したってんだよ!さっきの大声か!?
クソッ、後先考えて行動しろよ俺!
「すみませーん! 今取り込み中でえぇぇす!!」
由月はそう言いながら全力でドアに飛びつく。
しかしすでにドアは開かれ、盛大に外の柵に衝突する。
ああ、もう終わったな。
「うお! 大丈夫? こんな朝っぱらから元気だねえ。由月クン。」
そこには、倒れた由月を覗きこむようにして、白のパーカーとジーンズに身を包んだ、るるりが立っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「おー、これが君の家か~。ある意味予想通りって感じ? この部屋を意図的に暗くしてるあたりとか?。」
気づくとるるりは勝手に家の中に上がっていた。
「なんで俺の家の住所知ってんだよ?」
いかに素晴らしい能力があろうと、名前と顔を知っているだけの間柄の人物の住所まで特定できるのには、何かあるはずだ。
「いやあ、それがね。……ほれ。」
そう言ってるるりは携帯を取り出した。画面にはアドレス帳が映っていて……
「おい、なんで俺のアドレス勝手に入ってんだよ!?」
そこには"Yuzuki Kadokura"の文字と、電話番号や住所が書き込まれていた。
「さあね。それがアタシにもよく分かんなくてさ。たぶんあの組織の人が勝手に入れてたんだと思うよ。でもでも、このるるりちゃんにまた会えたんだから良いではないか!」
よく見れば、あの場にいた他の人物のものとおぼしきアドレスも見受けられた。
「ちょ、ちょっと待て。それなら俺の携帯にも……。」
由月はジャージのポケットから携帯を取り出す。
「うーんと……、ああ確かにアドレスがある。でも住所までは書かれてないなあ。なんで俺だけ……。」
「あ、もしかして、」
るるりがパンッと手を叩く。
「集まるときはここに集まれってことじゃないかな~?」
「なんで俺の家選んだんだよ。めっちゃ小さいのに……。」
そこでるるりが「あ」っと小さい声を上げる。
「そういえば由月クン。君って高校生だよね、たぶん。なのにこんな引きこもりみたいな部屋にいていいの? アタシみたいにずっと生きれるってぇ訳でもないんだからさあ。」
「うるさい! 俺は引きこもりの道を極めると決めた男だ! 男に二言はねえ!」
胸を張って堂々とそう答える。
「君、絶対根は真面目でしょ。」
そう言ってるるりは呆れた表情を作る。
だが、由月はその事を気にするどころか、気づいてすらないようだ。
「まあいいや、でもそんなんしてたらモテないよ。まず女性どころか、人と会う機会がないんだから。日光も浴びずに毎日夜更かしデイズしてるから背も伸びないんだよ。」
確かに由月は身長が高い方ではないが、そんなことで揺らぐようでは引きこもり失格である。
「もー、強情だなあ。」
るるりはそう言いながら、つま先を立てて背比べをして遊んでいる。
そんなことをしているうちに、由月はある違和感に気づいた。
「待てよ、どうやってお前部屋の中に入った!?」
「ああ、それアタシがずっと前に習得した能力なのよ。」
手をひらひらさせながら、何でもないことのように言う。
「な、なんだって! 能力って習得できるものなのか!?」
由月が聞いたこともない事実に驚愕する。
「そりゃあねえ。本とか読んで勉強して、そういう類いの人に教えてもらったりすれば……、」
「ああ、そういう意味か。」
と、そのとき、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
突然遠くから大きな音がする。地震かとも思うが違う。
「う、うわあ! なになに!?」
るるりがそんな声を上げる。特に何も知らないようだ。
すると唐突に窓の外が先程よりも暗くなる。
メキッ……メキメキッ、バキッ!
部屋の壁に大きなひびが入る。
そしてそのひびがさらに大きくなり、そこから巨大な黒いものが入ってきた。ソレは物凄い勢いで二人の頭上をかすめた。背が低かったゆえに助かったのだろう。
「う、うわあぁぁあ!!!!!」
「な、なんじゃこりゃあぁぁあ!!!!!」
二人はそろって全力で外に飛び出す。
そのときにその黒い巨体に相応する何か巨大な黄色い、恐らく目であろう、巨大な目がこちらをじっと見ていた気がする。人間はそんな恐ろしいものを見たとき、どんなものより自分の命を優先するのだろう。部屋のことも宝物も忘れ、猛ダッシュで階段を駆け降りた。
外に出ると小雨が降っていたが、そんなことを気にしている暇はない。
とりあえず近くにある公園に向かう。その間にも後ろから何かが倒れたり壊される音や、人々の叫び声が聞こえてくる。
少しだけ後ろを見てみると、あの怪物が追いかけて来ている。
「あっれえ? まさかアタシたち手繋いだまま走ってる? まるでカップルみたいじゃなーい?嬉しいかい、由月クン?」
由月は反射的にるるりの手を繋いでいたようだ。
「そんなこと言ってる場合か!」
るるりはカラカラと笑っている。やはりあれが不老不死者の余裕というものなのだろうか。だが由月には命は一つしかない。絶対にアレに捕まるわけにはいかない。
「畜生っ!! どうすりゃいいんだよ。」
「大丈夫だよー。ほら、たすけ呼んどいたから。」
るるりは携帯を見せてくる。
嶺於と史人に向けたメッセージが書かれていた。あの怪物の写真付きで可愛いデコレーションまでされていた。
しかし、後ろからあの黒い怪物の足が伸びてきて、携帯の上部を粉砕する。
「のわあ!?」
「なっ!? ……なんで俺たちがこんな目に……。」
そうこうしている間に公園に着いたようだ。
「とりま、あの林の中に隠れようよ。」
そう言われて公園の中にある少し暗い雑木林の方へ走る。
木の後ろから覗いてみるとあの怪物がよく見えた。
身体の表面はヘドロのようにドロドロとしていて、また油のように光を虹色に反射させている。長い脚を持つ蜘蛛のような見た目だが、頭がやけに大きい。そこには目が三つ付いていて、角も生えている。
ギロッ
まずい!今奴と目が合った。このままでは……
そのとき由月は横から肩を叩かれた。るるりが小声で話しかけてくる。
「アレから逃げたいの?」
由月は全力で頷く。
「じゃあアタシがアイツを引き付けるから君は逃げて。」
その勢いでいきなり飛び出そうとするるるりを、彼女の腕を掴んですぐに止める。そして由月もまた小声で、しかし、少し怒気を込めて返す。
「おい待てるるり! お前を餌に俺が逃げろってのか!?」
「アタシの心配してくれるの~? うれしいなー。でも大丈夫だよ。」
そう言うと地面を蹴り、由月の腕を振り払って大声を上げる。
「何てったって不老不死だからね! あっでもこっちは向かないでね~。」
手を振りながら鬼ごっこでもするかのように遠くへ走っていく。それを追いかけるのはまるで本当の鬼のようだ。
「…………。」
いくら逃げろと言われたからって、そのまま放っておくのはさすがに腰抜けが過ぎるだろう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
結局追いかけてきてしまった。
あの怪物が通った場所はひびが入ったり、壁が一部破壊されたりしていて、まるで何年も使われていない廃墟のようになっていた。
だが人の気配は感じられる。皆何が起こったのか分からないといった表情をして破壊された街並みを見たり、家に逃げ込んだりしている。彼らには見えないのだろうか。いや、今はその方が都合がいい。周りに集られても邪魔なだけだ。
ただ通るだけで街を破壊する怪物と鬼ごっこをして彼女は、るるりは大丈夫だろうか。
ガアァァァァァァァァ
今まで発さなかった妙な咆哮が聞こえてきた。そして奴の歩みが止まる。
何か嫌な予感がする。
近くにかろうじて残っていた電柱に隠れつつ、怪物のもとへ向かう。するとそこには……
見るも無惨な姿になった、るるりだったものが……。
「え、ええ……何が、な、なにが、」
るるりの上半身は食い破られ、血があたり一面に噴き出している。怪物はその闇のように黒い身体をうねらせて、もうすでに動かないそれをさらにグチャグチャに引き裂き、踏み潰している。
「え、あ、ああ、あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
由月は混乱と恐怖と酷い吐き気を感じ、その場に膝をついてしまう。先程の怪物は由月の叫び声を聞きつけ、こちらに向かってきた。電柱を凪ぎ払い、由月を三つの瞳で舐めまわすように見ている。その表情こそないものの、奴の顔に付いているるるりの血が絶望と恐怖を演出している。目の下の部分が裂け、顔同様真っ赤に染まった口と牙が見える。
もう何も感じられない。友人のいない俺を助けに来る人なんてどこにもいない。俺が何をしたというのだろう……。
でもまあ高校生として生き疲れたから引きこもりになったんだ。人間として生きるのをやめるのもそんなに変わらないだろう。
ああ、この世界はなんて……、ムカつく世界だったのだろう。
【我は有の月人!我が力を糧に光の柱となれ!】
目の前にいた怪物が光の柱に置き換わる。あの怪物の叫びが聞こえてくる。一体何が……。
「ひゅー。危なかったなあ、由月。どうだった?俺の隠し玉。」
声がする方向には自転車にまたがり、赤いシャツに迷彩柄のズボンを着た男性がいた。少し日焼けした腕をこちらへ向けている。朝霧 嶺於だ。
「お、お前は……。」
「ちょっと待てよ。まだアイツはそこにいる。」
嶺於が指差す先には、先程の光線を浴びて横転している怪物の姿があった。
「おい蜘蛛野郎! これ以上俺たちに手を出そうものなら、この俺が相手になるぞ!あの光線をもう一発浴びたいか!」
そんなあからさまな嶺於の挑戦を知ってか知らずか、怪物は怯んだような様子を見せた後、ビルの間に消えていった。
「よし。もう大丈夫だぞ、ゆず……き?」
嶺於が振り返ると、由月は肩をがっくりと落として、その顔をとても暗くしていた。
「あの子は……、るるりは奴に……、殺された。目の前で人が殺された。なのに……、何もできなかった。」
ここまでの状況をある程度把握していた嶺於は由月の肩を叩く。
「彼女が死んだのはお前のせいなんかじゃない。いくら気にしたって、それは何も生み出さないんだ。気に病む必要はないさ。」
打ちひしがれる二人を包み込むように、雲の切れ間から空が顔を見せる。
「だって……、だって……。」
「そうだよ由月クン。いつまでも気にしてたってしょうがないんだよ。確かにあんなに可愛い子とイチャイチャ出来なかったのが悲しいってのは分かるけどさあ。」
「お前こんなときに何を言って………………、」
「「え!?」」
「へ?」
そこには傷を負っていないどころか、その白いパーカーに血痕の一つもなく平然と佇む少女、るるりがいた。
「る、るるり!?」
「お前今死んだんじゃないのか!ならそこで倒れてるあれは一体……?」
由月と嶺於が動揺する中、苦笑いしながらるるりは口を開いた。
「いやあ、なんか出てくるタイミングが悪かったのかなあ。やっぱ見ちゃったんだね。」
「ああ! どういうことなんだよ!」
嶺於が自分の頭をワシャワシャとかきむしる。由月はあまりの動揺に絶句している。
「まあまあ落ち着いてよ。今から説明するからさ。」
それを聞いて、二人は押し黙る。
「アタシの能力は昨日言った通り不老不死なんだけど、それはその肉体が死なないってことじゃなくて、あくまで私の意識、魂とも言えるものがこの世に残ってるだけなんだよ。」
ここまで聞いて二人は首を捻った。
「確かに意味分かんないよね。まあ要するに軽傷なら再生する。重傷なら新しい肉体が別で生成されるんだ。」
「なるほど。ならそこにあるのは古い身体で、今使っているそれが新しく生成された身体ってことだな?」
少し理解できた嶺於が確認する。るるりはそれを聞いてうんうんと頷いている。
「でここからが一番大事なことで、その肉体が再生したり、復活するのには条件があるわけよ。それは月が出てること。月が出るといつでも復活できるってわけよ。」
「いや、でも今は昼だ。一体どこに月が……。」
由月が不思議そうな顔をする。それにるるりは頭を押さえた。
「ちょっとちょっと高校生?月は夜しか出てないとでも思ってるのかい?新月に近い頃にはむしろ昼にしか出てないんだよ。」
るるりは雲の隙間から白っぽく見える月を指差す。
「と、言うわけで"もっとるるりちゃんを知ろうの会"を終えさせていただきまーす。ご清聴ありがとうございましたっと、パチパチパチ。」
由月は一応納得したものの、やはり先程まで死んでいた人物が目の前で話していると違和感を感じる。
「そんなわけでこれからどうする?」
るるりは由月がそんなことを考えているとは露知らず、話を進める。
「そうだな。一旦由月の家に集まらせてもらって、今後について話し合おうぜ。」
「そうしようそうしよう。良いですかね? 由月クン?」
「ああ、それは構わないが…………。あ、」
由月はそこで大事なことを思い出す。
「あぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!」
由月の家であるアパートの一室は、あの怪物の襲撃によって破壊されたままだったのだ。
「お、俺の家ぇぇぇえ!!」
叫びながら家に全力で走る由月。それを見ながらゆっくりと歩みを進める二人。
ちなみにるるりの前の身体は放置していた。かなり壮絶で強烈な絵面だが、まあどうにかなるだろうという、常人離れした二人の感覚がそう思わせたのだった。どちらもその能力ゆえ、今までたくさんの修羅場をくぐり抜けてきたのだ。
「アハハハハ。可哀想だなー。そういえば嶺於クン。君、随分と来るの速かったけど、家近いの?」
「ある程度はな。由月の家の住所を見たら意外と近かったから行ってみようと思ったんだ。それで自転車で……。」
そのとき、たわいもない会話で盛り上がる二人の近くに、やけに高価そうな車が止まった。助手席側から一人の青年が顔を見せる。
「…………助けに来たぞ。」
「「もう遅いわ!」」
この緊急事態に盛大に遅刻して現れたのは、錬金の月人、氷山 史人だった。彼の感覚も恐らくどこかおかしいのだろう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「なるほど。それが例の宇宙人なのか?」
「ああ、恐らくはそうだ。まったく……。あの組織の奴らは俺たちにアレを倒せと言っているのか……。元々ろくでもない話だと思ってはいたが、ここまでとは……。」
「そだね。めっちゃ怖かったし痛かったよ。アイツの牙とか特にね。何より携帯壊されたし……。」
「あああああああああああああ……。」
四人は今半壊した部屋、つまり由月の部屋、そこに接する廊下に集まっていた。
室内は座れないほどメチャクチャになったというわけではない。ただ約一名、その光景を見るだけでこの世の終わりのような顔をする者がいたため、湿った風の吹き抜けるこの廊下で会合を行うこととなった。
これからどうするかはまだ分からない。宝物のほとんどは蹴散らされたうえ、部屋に巨大な穴まで空いている。ここで寝れば寝冷えするし、心を暖めてくれるものもない。心身共に凍てつくだけだ。そのうえ、宇宙人とか言う危険生物に命を狙われている。
ただただ途方に暮れる由月であった。
どうも。トーキです。
今回は、前回足りなかったアクション部分を補おうと思って書かせていただきました。(あんま動いてない気がするけど……。)
さて、今回から少しづつキャラ紹介をしていこうと思います。始めは主人公と一番目立っていたであろうキャラから。
名前:門倉 由月
性別:男
能力:記憶消去
解説:引きこもりになりたい真面目な少年。
黒髪で少しだけ背が低い。
一人称こそ『俺』だが少し子供っぽい。
ある出来事以来引きこもりに憧れている。
そのため無意識のうちに性格が変化たり、
無意味にフラグを回収してしまう、
オタク化及び二次元化したい症候群が発病
することがある。
名前:天ノ神 るるり
性別:女
能力:不老不死
解説:サバサバした変人少女。
黄緑の髪と黄色い瞳を持つ。
一人称は「アタシ」。常にふざけていて、
人々の困った表情を見ることを好んでいる。
その能力ゆえかなり長生きしているようだが
実年齢は誰も知らない。
今更ながら"るるり"という名前がかなり使いにくいことに気づきました。「~する」とかに続けることができないんですよ。読みづらいんですよ。まあこのまま続けますけどね……。
それはともかく、次回は主人公たちに新しい女性キャラが加わる予定です。また読んでいただけるとありがたいです。