小さな町のふしぎな本屋さん
星屑による星屑のような童話です。お読みいただけるとうれしいです。
なろう「冬の童話祭2017」参加作品。
それは、朝から冷たい北風の吹きつける、ある冬の日のことでした。
小さな町にある小さな公園の、その奥の林をぬけたところ。
そんな場所で立ちどまったひとりの女の子が、ごくり、と息をのみました。
その女の子の名前は、ミコといいました。十歳の小学生です。
白いセーターに、チェックのスカート。首にまっ赤なマフラーを巻いたミコが、口をぽっかりと開けたまま、世界がななめになるくらいに首をかしげます。
でもそんなときも、冷たい冬の風は休みません。
たくさんの赤や黄色の葉っぱをひきつれながら、ミコのすぐ横をびょーいと吹きぬけていきました。
「こんなところに、本屋さんが?」
夏の緑をとうに失い、黄色くしなびた芝生でいっぱいの原っぱに、ぽつんと一軒、建物がたっています。
木でできていて倉庫のように窓もなく、今にもくずれそう。
入り口の古びたドアには、赤い文字で「本」とだけ書かれた木の板が、赤茶色にさびた釘で打ち付けられていました。
――ミコは、小さな町の小さな商店街の近くに、お父さんと二人で住んでいます。
でも、ついちょっと前までは、三人でした。
ずっと病気がちだったお母さんが、一か月前に亡くなってしまったからです。
体の弱かったお母さんはほとんど外に出られませんでしたので、なかのいい友達のいないミコがこの公園にいるときは、いつも一人ぼっち。
だからこの公園は、ミコにとってさびしい思い出ばかりでした。
今日もまた、さびしい気持ちになりました。
というのも、公園の砂場で楽しそうに遊ぶお母さんと小さな女の子の親子を見かけて、お母さんを思い出してしまったからです。
ミコは、こぼれ落ちそうになる涙をこらえるように、走り出しました。
どこに行く、というあてもなしに。
公園をかけぬけ、林の中へ。
お母さんが編んでくれた、世界でたったひとつの大切なマフラーが風に飛ばされないよう手でおさえながら、走って走って、走りました。
気がつけば、今まで一度も来たことがない場所にいた、ミコ。
――こうしてたどりついたのが、この本屋さんでした。
初めて見る、ちょっと変わった本屋さんに、ミコの心がおどります。
涙でぐしゃぐしゃになった顔も、もとどおり。その目は、小さな子どもがとつぜんのプレゼントをもらったときのように、かがやきだしました。
おそるおそるドアの取っ手をつかみ、押してみます。ぎいいと音がして、ドアは、いともかんたんに開きました。
そこは、ろうそくだけが明かりの、うす暗い部屋でした。本がぎっしりつまった、本だなだらけの世界。ミコのもともと円い瞳が、満月のときのお月さまのように、ますますまん丸になっていきます。
「まるで図書館みたいな本屋さんね……。暗くてちょっとこわいけど」
背の高い本だなを見上げながら、おそるおそる、中へと進むミコ。靴が床とぶつかってコツコツと鳴る音が、古ぼけた木の部屋の中でひびきます。
よく見ると、本だなの本はすべて白い表紙でできていて、その背中には、どれも人の名前が書いてありました。ミコが見たことのある名前もあれば、聞いたこともないような人の名前もあります。
「どうして、人の名前が?」
そうつぶやいたミコが、ある一冊の本に目をうばわれて、動けなくなりました。
それは、『橋田美子』と背中にかかれた、白い表紙の本。橋田美子は、ミコの本当の名前です。
「十」と書かれた白い札がついた本だなの中に、その本はありました。
「私の本……なの?」
そのときでした。
ミコの後ろのほうから、男とも女ともわからないような、しわがれた声がしたのです。
「おや? あんただれだい」
おどろいたミコが、ほほをひきつらせ、ふり返りました。
するとミコの目の前に、頭の毛が真っ白で背の低い、黒っぽい服を着たおばあさんが立っていました。
おばあさんが、顔じゅうにしわをよせて、ミコをにらみます。
「あのう、すみません。だまって入っちゃいました」
顔を真っ赤にしたミコが、あやまります。
「いや、それはいいんじゃ。けど、あんた人間だね?」
「はい……。えっ? 人間だと、いけないのですか?」
おばあさんが冗談を言ったのだと思ったミコは、半分笑いながら、そう聞き返しました。
「うん、そうさ。ここは、人間の来るところではないからね。しかし、それにしても……どうして人間の子にここが見えたのじゃろうな?」
けれどおばあさんは、おおまじめにそう答えました。
そして、ミコの頭のてっぺんから足の先まで、しげしげと見まわしたのです。
(このおばあさん、何を言っているの?)
なんだか気味が悪くなったミコは、そそくさと店から出ようとしました。けれど、自分の名前の書かれた本のことが気になって気になって、どうにも仕方がありません。
ミコは、思いきっておばあさんに聞いてみることにしました。
「おばあさん、この本に私の名前が書いてある。どうして?」
大きな目玉をギロギロと動かしながらしばらくなにか考えていたおばあさんでしたが、やがて、ぽつり、と言いました。
「……あんた、名前は? 何才じゃ?」
「橋田美子、十才」
「ふうん……。それならこれは、確かにあんたの本だね。もっと言うと、あんたの人生が書かれた本。ここは、このあたりに住む人たちの人生のできごとが書かれた本がおいてあるところなのさ」
「人生の、本?」
おばあさんは小さくうなずくと、ちょうど頭の高さにあるミコの本を、大事そうに本だなから取り出しました。
「ここに来たのも、何かの縁じゃろ。まったく、神さまってやつはときどきわからんことをするもんじゃ……。まあ、今日は特別。本を見てもいいぞ」
おばあさんが、ミコにそっと本を手わたしました。
大きくて立派な本なのに、なぜかふしぎとあまり重くありません。
おそるおそる、ページをめくるミコ。ろうそくの黄色い明かりをたよりに、中をのぞきこみます。
そこには、ミコがこの町で生まれてからのことが、たくさん書いてありました。
最初の方には、生まれて間もないミコとまだ元気だったころのお母さんが、二人で楽しげに公園のブランコにのっているようすが、白黒の写真のような絵とともに書かれています。
「私、お母さんと公園に来たことがあったんだ。初めて知った……」
ミコの瞳に、小さな涙のつぶが浮かびました。
また、ページをめくる、ミコ。
公園のブランコのところから、十ページくらいめくったところでした。そのページをあけたとき、ミコの目が、大きく開いたのです。
「あっ、これは……」
それは、ベッドの上でせっせと編み物をするお母さんに、七才のミコが「はやく、はやく」とせがんで、まとわりついている場面でした。
ゆっくりと次のページをめくると、できあがった赤いマフラーをミコの首に巻いたお母さんが、「大事にするのよ」と笑っていました。
「お母さん……」
ミコの目から、堰の切れた川のように、涙があふれ出していきました。
さらにページをめくると、つい最近起きた学校のできごとが、そこには書かれていました。愉快に笑う同級生から少し離れるようにして、教室にたたずむミコ。
次のページは、何も書かれていない、白い紙でした。
そのあとも、ただただ、真っ白なページばかりが続きます。
「うしろは、何も書いてない……」
「当たり前じゃ。あんたの人生は、これから。未来なんぞ、何にも決まっていないのさ」
ミコの肩に、やさしく手を伸ばす、おばあさん。
おばあさんの手の温もりが体にしみこむのと引きかえに、ミコの涙が、少しづつ少しづつ、ひいていきました。
「わしの仕事はなあ、このあたりの人たちの本を管理することなんじゃよ。亡くなった人の本には黒いカバーをかけて、奥の大きな部屋にしまっておくんじゃ」
「ふうん……」
ミコは、わかったようなわからないような顔をして、うっすらと笑いました。
と、おばあさんが、ふと何かを想い出したように手をたたきました。
「そういえば、つい一月前くらいじゃったか、あんたのお母さんの本にカバーをかけたっけ……。あんたもしかして、あの世のお母さんに会いたいと思ったのかい? そうか、それでここが見えたんじゃな……」
おばあさんは、自分の言葉になっとくして、何度もうなずきました。
「さあ、もういいじゃろ。その本を返しておくれ。そして、もう二度とここに来てはいけないよ。何しろここは、死神の本を置いてある場所。死神は、ここの本を読んで、亡くなった人を天国と地獄、どちらにつれて行くか決めるんじゃからな」
死神と聞いてこわくなったミコは、ふるえる手でおばあさんに本を返しました。
「さあ、もう帰りなさい。お父さんに心配かけたくはないじゃろ?」
「うん」
ミコは、店のドアを開けて、外に出ました。
ふり返ると、おばあさんがドアのところに立って、見送りをしてくれています。
「わかったね? もう二度と来るんじゃないよ」
「わかった……。今日はありがとう、おばあさん」
そう言って手をふったミコに、ゆっくりとうなずいたあばあさんは、きゅうう、ときしむような音をたてながら、木のドアを閉めました。
それを見とどけたミコは、ふっと小さな息をはいて、もと来た道を歩き出しました。
と、ふと何かが気になったミコ。
ふり返ると、そこにさっきまであったはずのお店は見あたらなく、ただ、しなびた芝生だけが広がっているだけでした。
おどろいたミコが、何度も何度も、両目をぱちくりさせます。
「ふしぎな本屋さんだったわ……。それとも、夢でも見ていたのかな?」
そのとき、また思い出したように冷たい風が吹き、ミコの背中を押しました。
ぶるる、体をふるわせたミコは、家に向かって、とぼとぼと歩き出したのでした。
☆彡
それから、何日もたった日のことです。
いつものとおり、古い建物の一番奥の部屋でのんびりと時間を過ごしていたおばあさんでしたが、ふと心に妙なざわつきのようなもの感じて、本だなの部屋にやって来ました。
――おばあさんの感じたとおりでした。
「十」と書かれた本だなの前で、女の子がひとり、たたずんでいたのです。
(あれは、この前ここに来てしまった人間の子……)
おばあさんが、ふきげんな目をします。
「あんた、ミコとかいう子だね? もう、二度と来るなと言ったはずじゃが――」
ところが、おばさんは気づいたのでした。
この前とは、何だか様子がちがっていることを。
見覚えのある手編みのマフラーをしっかりと首に巻いてはいましたが、なぜかミコの体が、半分すきとおったような感じなのです。
白く弱々しい光を放っているようにも、見えました。
「あんた、まさか……」
とそのとき、ふいにおばあさんの方へミコがふり向きました。
おばあさんがやって来たのが、わかったようです。
にこやかに笑いながら、おばあさんに向かってていねいにおじぎした、ミコ。するとすぐに、ミコの体がまぶしくかがやき、白いけむりへと変わりました。
けむりとなったミコが、今まで手にしていた本へと、ぐんぐん、すいこまれていきます。
けむりが消えたのと、同時でした。
今まで空中に浮いていた一冊の本が、古ぼけた木の床に、ばさっと落ちたのです。
本の落ちた場所にかけより、おばあさんがその表紙を見つめると、ろうそくの明かりの中に、『橋田美子』という文字が見えました。
大きなため息をついたおばあさんが、本を床から取り上げます。
手に取った本のページを、ぱらぱらとめくっていきます。
文字の書かれた最後の部分を見て、はっとなったおばあさん。
そこには、昨日の日付のできごとが書かれていました。
『ミコは学校帰りの道で自動車にぶつかり、病院で生死をさまよいました』
「あんた……さては魂だけが来てしまったんじゃね」
そのときでした。
おばあさんの手の中で、本の真っ白なページがばたばたとおどり出し、まるであぶり出しのように、絵がうきでてきたのです。
それは、お母さんと小学生の娘の親子が公園のブランコに乗って楽しそうに遊んでいる白黒の絵でした。
と、その絵にそえられるようにして、黒い文字が並べられていきました。
その文字は、こうでした。
『天国に行った美子は、いつまでもなかよく楽しく、大好きなお母さんとくらしました』
もう一つ大きなため息をついたおばあさんが、ひどく悲しそうな顔をして、がっくりと肩を落としました。
それでも――
やがて上を見上げたときのおばあさんの顔は、ほほえみでいっぱいでした。
「あんた、お母さんのいる天国に行けたんじゃな……。それなら、わしがむかえに行く必要もない。幸せにくらすんじゃぞ」
そうつぶやいた、おばあさん。
ミコの本にそっと黒いカバーをかけて脇にかかえると、ゆっくりとした足どりで、奥の部屋へと戻っていきました。
―おわり―
お読みいただき、ありがとうございました。