用語解説21.宗教 キルクルス教☆
「野茨の環」シリーズの世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
「すべて ひとしい ひとつの花」の本文で小出しにした設定のまとめ。
最後の三界の魔物が封印された後にアルトン・ガザ大陸で生まれた宗教。
主に魔力を持たない人々に信仰されている一神教で、信者数は世界最大。
▼キルクルス教の聖印
象徴は聖なる星の通り道で、星をちりばめた楕円。信者は、虚空に「星の道」を表す楕円の聖印を描いて祈りを捧げる。
聖地は、聖者キルクルスが生まれたとされるアルトン・ガザ大陸北部の都市。現在のバンクシア共和国に大聖堂がある。
三界の魔物を造り出した反省から生まれた。
同じ過ちを繰り返さない為に人々を断罪した上で、厳格に律する。その教えが、三界の魔物によって魔力を殆ど失ったアルトン・ガザ大陸で発祥し、世界中に広まったのは皮肉としか言いようがない。
アルトン・ガザ大陸で生まれ、二千年以上の歴史があるとは言え、フラクシヌス教に比べれば新興宗教。
<聖者>
三界の魔物が滅びた後の世界を智で導く「力なき聖者」キルクルス・ラクテウスが教祖。
聖者の「キルクルス」は、本人の真名ではなく、「星の道」を意味する古語に由来する呼称だ。
聖者の名は、他に二つ。「オルビス・ラクテウス」「ラクテウス・オルビス」とも伝えられ、実は一人ではなかったのではないかと言う説もある。
キルクルス・ラクテウス、オルビス・ラクテウス、ラクテウス・オルビスの三人一身を信じる宗派もある。
三界の魔物が滅びた後に始まる「魔力のない世界」を智で導く聖者。
教義は、科学文明を奨励している。魔法を危険な力と看做し、魔術を「旧時代の悪しき業」と定め、「魔力に依らず、智恵と知識の光で道を照らすべし」と説く。
聖者キルクルスは、星々は必ず、天の決まった道を通り、その道を逸れることはない、と説く。
聖なる星の道から太陽と月と星が、地上の生きとし生ける物を遍く照らし、その者が道を踏み外さなければ、守ってくれると言う。
<印暦>
長い戦いの末、三界の魔物の最後の一体がラキュス湖北地方に封印された。
その年を封印暦の紀元元年と定めた。封印歴は略して印歴と呼ばれる。
<聖典>
聖典は大きく三つの部分に分かれる。
◆精光記
聖者キルクルス・ラクテウス自ら著したとされる文章の断片を集めた古文書。
真跡の記された古文書はバンクシア共和国の大聖堂で保存されているが、古い時代から、異なる筆跡の混入が知られている。
少なくとも三人の筆跡があるらしく、複数の指導者が残したメモを後の時代にまとめ、信仰の象徴として「キルクルス・ラクテウス」と言う人物に集約したとする三人一身説を唱える宗派があるが、主流ではない。
三人一身派は、数百年前には異端として弾圧を受けたが、現在も細々と伝えられていると言う。
そもそも、聖者の真跡とされる古文書も断片しか残っておらず、その意図を正しく読み取るのは非常に困難だ。
誤魔化しようのない「複数人が残した記録」の断片を繋ぎ合せて作ったのが、聖典の第一の部分「精光記」だった。
聖典が今の形になった段階で、重要な部分の欠落や、順番の並べ間違いや、筆跡ごとに分けるべきところに異なる筆跡の混在があっただろう。
――三界の魔物による惨禍を繰り返してはならない。
――悪しき業に依らず、智恵と努力で新しい世界を拓くべし。
――智恵と知識の光で道を照らすべし。
――自身と身辺を清め、心穏やかに過ごせば、穢れを退け、守られる。
――星々は必ず、天の決まった道を通り、その道を逸れることはない。聖なる星の道から太陽と月と星が、地上の生きとし生ける物を遍く照らし、その者が道を踏み外さぬ限り守るだろう。
◆光跡記
聖者の存命中、直弟子や親しくしていた者たちが書き残し、死後にまとめられた。
これも、聖者が一人だと言うには多くの矛盾を抱えた言行録で、聖者の名も「キルクルス・ラクテウス」「オルビス・ラクテウス」「ラクテウス・オルビス」の三種登場することから、別人を信仰の象徴として統合したとする三人一身説派の主張の根拠になっている。
――魔術は悪しき業で、それを用いる魔法使いは悪しき者である。
――かくて、魔術に依る国々は滅び、新たなる光の国興る。
――魔力を持たぬ者は幸いなり。魂に穢れを持たぬ無原罪だからである。
――魔力を持つ者は、魂に穢れを抱く悪しき者なり。
◆星道記
主に祈りの言葉――聖句がまとめられているが、祭の歌と踊り、その際に纏う衣裳のデザイン、教会の主要部分の設計図と装飾など、技術書めいた記録も含む。
一般の信者が持つ聖典は「聖句」の部分までに留まり、司祭が礼拝で使用する祈祷書も、祭の歌と踊りまでだ。
高位の聖職者やその道の技術者でなければ、聖典の五分の四を占める技術書部分を目にする機会はない。
その技術者も、特に信仰心の篤い者に限られ、星道記の後半を修めた者は「星道の職人」と呼ばれる。
<主な祈りの詞>
何かわからないことがある時、虚空に「星の道」を表す楕円の聖印を描きながら唱える。
「聖者キルクルス・ラクテウス様。
闇に呑まれ塞がれた目に知の灯点し、一条の光により闇を拓き、我らと彼らを聖き星の道へお導き下さい」
何か困ったことがある時、虚空に「星の道」を表す楕円の聖印を描きながら唱える。
「日月星、蒼穹巡り、虚ろなる闇の澱みも遍く照らす。
日月星、生けるもの皆、天仰ぎ、現世の理、汝を守る」
祈りの詞は【魔除け】の呪文の共通語訳だが、キルクルス教徒はそれを知らない。魔法は、魔力を持つ者が力ある言葉で唱えなければ発効しない為、これを唱えても本人の気持ちを落ち着ける以上の効果はない。
幸せの祈り。
「幸いへ至る道は遠くとも、日輪が明るく照らし、道を外れぬ者を厄より守る。
道がひととき闇にあろうとも、月と星々の導きを見失わずば、夜明けに至る」
食前の祈り。
「天と地の恵みを遍く照らす日月星のご加護に感謝します」
食後の祈り
「この糧を与え、我を満たし給うた天地の恵みと、叡智の光に感謝します」
<教団>
官僚的な上意下達型の組織。
位階は学力と実績、政治力、資金力、人柄などから複合的に判断して与えられる。
最高位の司祭は、枢機卿らの選挙で決める。
不完全な記録から聖者の意図を読み取るのが神学者の仕事。
アルトン・ガザ大陸北部の国々では、解釈の違いで幾つもの学派が乱立し、時にはそれが戦争や内紛の原因にもなった。
<矛盾と問題点>
楕円には中心がふたつあるので、聖者キルクルスには、最初から二重規範であるとの認識があったかもしれない。
教義に基づき、魔力の有無に依る差別が厳然と存在する。
人の移動で、キルクルス教国や力なき民には査証を要求しないが、魔法文明国や両輪の国の出身者には高額な手数料を設定した査証を要求し、力ある民の入国を拒否する国もある。
光跡記の記述「魔力を持つ者は、魂に穢れを抱く悪しき者なり」を根拠に、力なき民は「穢れなき無原罪の魂」、力ある民は「穢れた邪悪な魂」と看做す。
犯罪者が力なき民なら、世俗の刑罰は加えられても比較的軽く、被害者に「迷える無原罪の魂」への許しを強要し、力ある民の犯罪者には量刑を重くすることが多い。
◆矛盾
魔術を悪しき業と断罪しながら、聖典には、身を守る為の魔術が「技術」や「信仰装飾」として掲載されている。
伝統的な教会建築には【巣懸ける懸巣】学派の様々な守りの術の呪文や呪印が残り、祭衣裳は【編む葦切】学派の【魔除け】などの呪印と呪文が刺繍され、祭の踊りは【踊る雀】学派の魔踊だ。
元の教えは魔術の悪用を厳しく戒めただけで、魔物などから身を守る術は禁じていなかったが、時代が下るにつれて教えが変質した。
一般の信者にはひた隠しにされているが、星道記の後半を開示された「星道の職人」は、聖典に記された呪文をそれと知らずに建物や衣服、踊りに取り入れている。
無自覚に魔力を持つ力ある民の魔力を利用して、教会の【結界】などを維持している。
インターネットの発達と、魔道士の国際機関のひとつ「蒼い薔薇の森」による情報発信で、若い世代を中心に、聖典に魔術が掲載されていることと教団の教えの矛盾が知れ渡るようになってきた。
厳格なキルクルス教社会の中で、抑圧への不満と矛盾への不信が渦巻き、若者の教会離れが進んでいる。
◆魔術による治療の拒絶
教義は、魔術を「旧時代の悪しき業」と説く。
科学的な治療では救命できない重症例でも、魔術による治療ならば、即死でない限り助けられるが、癒しの術を拒絶し、「自然のままに」死を選ぶ信者も多い。
キルクルス教徒の親が、我が子への癒しの術を拒絶し、死亡させることが、魔法と科学を折衷する両輪の国を中心に、社会問題となっている。
また、キルクルス教徒の親が、子に魔術による治療を受けさせたことで、原理主義者に襲撃され、一家が皆殺しにされる事件も発生していた。
信仰か、生命か。
この問題は、封印歴紀元後にキルクルス教が成立して以来、二千年以上に亘って続いている。解決の糸口さえ見えない。
◆魔法使いへの弾圧
キルクルス教発祥の地バンクシア共和国のある辺りには、力ある民どころか、霊視力を持つ見鬼すら滅多に生まれない。
そんな土地柄だからこそ、魔力がなくても身を守って繁栄できるように学問を奨励し、科学を発展させる必要があった。
原理主義を標榜する者は、聖典の第二の部分「光跡記」にまとめられた言葉――聖者の直弟子で、後に聖人に列された人々の「かくて、魔術に依る国々は滅び、新たなる光の国興る」を根拠にしている。
これも、ラキュス湖地方の人々は、「アルトン・ガザ大陸の史実を指す」と解釈するが、原理主義者たちは、「これからの未来についての記述だ」と解釈しているらしい。
直弟子がどんなつもりで書いたのか、二千年以上経つ今となっては不明だが、聖典の「光跡記」の一節が、多くの命を奪ってきたことだけは確かだ。
あの一文がなければ、アルトン・ガザ大陸南部の植民地支配や、たくさんの戦争、数えきれないテロと殺人はなかったかもしれない。
ある程度科学を発展させた時代には、アルトン・ガザ大陸南部地域を制圧し、植民地として支配した。
アルトン・ガザ大陸北部から外の世界へ出た人々は、力ある民……魔法が使える故に科学を発展させる必要がなかった人々と接した。
アルトン・ガザ大陸北部の住人は、長い断絶の間に「力」を科学技術力だけで測るようになっていた。
科学を発展させる必要のなかった人々を「劣った存在」と看做し、三界の魔物を作り出した者の末裔として罪人の烙印を捺して貶めた。
ラキュス湖南地方の多民族国家ラキュス・ラクリマリス共和国の紛争「半世紀の内乱」では、【魔道士の涙】を資源として回収する為、無差別な空襲で街を焼き払い、多数の力ある民を焼き殺した。
◆テロ組織
信仰に基づき、力ある民や魔法使いへの暴力を是とする集団が複数ある。
キルクルス教社会でも問題視されており、国際テロ組織に指定されている組織もあるが、根絶は難しい。
★星の標
キルクルス教原理主義組織。
本拠地はラニスタ共和国にあり、近隣のネモラリス共和国、アーテル共和国、アルトン・ガザ大陸のバルバツム連邦など世界各地に支部を置く。
世界中に団員が存在し、構成員には裕福な信者が多い。
サイトでテロの戦果を誇る。テロ資金の寄付と団員は随時募集。
多数の国から国際テロ組織に指定されるが、ラニスタ共和国と、隣国のアーテル共和国では未指定。大聖堂は破門せず、野放しだと一部の聖職者や信者らから批難される。
元はアーテル党から派生した政治団体。
ラキュス・ラクリマリス王国の共和制移行後、百年近く掛けて民族自決の思想が尖鋭化。信者団体を支持母体とする政党が乱立した。
そのひとつ、アーテル党の支持者にはキルクルス教徒が多い。
星の標は、党内の一派閥に過ぎなかったが、あまりに過激で排他的な主張を繰り返す為、半世紀の内乱前に党籍を剥奪された。
一時期、隣のラニスタ共和国に身を寄せたが、内乱が始まると「自分たちの主張こそが正しかったのだ」と勢いを得て戻った。
原理主義を掲げ、魔術の使用を一切認めない過激派。
魔法使いに対する爆弾テロなどを頻繁に仕掛け、魔術に頼った力なき民も攻撃対象に含める。自爆テロも厭わない。異端者を殲滅する為、リストヴァー自治区に放火した。
「聖なる星の道」を示す道標「天球儀」を描いた意匠。
一見立派でも、矛盾があって立体化できない辺りに組織の体質を示すが、団員たちに自覚はない。
★星の道義勇軍
リストヴァー自治区の教団組織。
元は自治区内での信仰の維持と信者の生活向上の為の自助組織だった。
魔法を無効化する呪符や呪具だけは使う。
信仰については割とぬるく、星の標には異端者と目されている。
貧しい信者が多く、自治区の生活が困窮するにつれて先鋭化。
数年前に星の標と通じる者の手引きで武装し、テロ組織化した。
夜空の「聖なる星の道」を描いた意匠。
◆歴史の歪曲
自分たちこそが三界の魔物を生み、その結果、魔力を失ったと言う不名誉な記録はアルトン・ガザ大陸北部には残っていない。
三界の魔物の最後の一体との戦場となったこのラキュス湖地方では、破滅の発端となったアルトン・ガザ大陸北部で起きた戦争と、誰が三界の魔物を作り出して世界に広めてしまったか、歴史の戒めとして記録が残っている。
ラキュス湖北地方には、三界の魔物と戦い封印した人々が、姿を変えて今もなお、封印の守護者として存在し続けていた。
2018/12/23 イラストを二件(キルクルス教の聖印と星の道義勇軍の紋章)追加。
2019/06/02 イラストを一件(星の標の紋章)追加、同項目に本文追記。




