知らぬが仏
獣道も無い密集した森の中を10m程も藪をかき分けると、以外にも木々はまばらで風通しの良い空間が広がっていた。
ザワザワという枝が擦れる音と木漏れ日の中、香ばしい様な土の香りとやや冷たいヒンヤリとした空気を頬に感じながら歩く。ダンジョンマスターになって殺しあいとか言う、こんなわけわからん状態で無ければのんびり森林浴したい居心地の良い空間かもしれない。
1時間ほどキョロキョロとしながら歩き回るが、芋のツルとかは見当たらない。単一の樹しか生えていないわけでも無い雑木林なのだが、実がなっている樹も無い。
弓があっても鳥とか兎なんて捕れないだろうから元々木の実や芋類を狙っているわけだが、獣の姿も見かけない。それらを捕食する獣がいると困るので助かると言えば助かるのだけれど……虫の声すらしないのは少し怖い。いや、蛭とか蚊とかがいないのは助かるが。
歩きやすい真っ平な森の地面なので疲れにくいからまだまだ散策は出来るが成果が無いのは辛い。
いや、森ってそういうものか? まるで整備された杉林みたいじゃないか。なんか不自然だ。食べモノ目当てだったが、疑惑の目で見てみると地面に葉っぱとかは落ちていないし、不自然だろ。ここ、森じゃ無いんじゃないか?
そんな疑惑はあっという間に肯定された。目の前に宝箱が現れたのだ。
こんな人工物が自然の森の中に置いてあるはずも無く、ここが宝玉所有者のダンジョンの中だと突きつけられてしまった。おそらくだが、『樹木』の宝玉だろう。
樹の生えていない開けた場所にポツンと置かれている、磨いた十円玉みたいな色の箱。怪し過ぎる。絶対まわりに罠とか配置するだろ。具体的にはトラバサミ。
しかし、土の地面だと俺が使ったみたいな掘削能力での落とし穴は使い難い。普通の落とし穴は掘れるが薄い岩の板で塞いだら場所がバレバレになるからな。
森の中だから天井が無いので岩を落とすヤツは使えないし、クロスボウを仕掛ける壁も無い。もしかして宝玉の種類かダンジョンの場所によって罠の種類は違うのだろうか。いや、罠どころか能力が全然違う可能性もあるのか。呪言のヤツは「名前を知っている相手を呪い殺す」能力を持っていたような行動をしていたわけだし。
立ち止まって、宝箱の周辺に目を凝らす。掘り返した跡なんかは見当たらないし、違和感のある物はなにもない。しかし、宝箱自体に爆発する罠を仕掛けていたり、踏んだらガスが出る装置とか……最悪なのはテレポーターなんかがあったら即死だ。テレポーターの転送先が指定できるような仕組みだったら石の中に直行なんて事もできる。
俺の罠はあまり使い勝手が良くなかったが、だからと言って他の宝玉所有者も同じだとは思わない方が良いだろう。
ダンジョンマスターの視点から、宝箱の配置は初期のポイントからはコストが高い事とランクがある事がわかっている。ランダムで素材や宝物がでるような物なのだとしたら是非開けたい。でも危険度が高すぎる。
危険を推して開けるべきか無視するべきか迷っていると、遠くから爆発音が聞こえてきた。すぐ後に熱風が吹き抜ける。
なんだか知らんがヤバい。爆発音の方向では無く、逃げる為に後ろを振り向くと樹が幹ごと動く現場を目撃してしまった。
俺の眷属はなんかよくわからないサムライだが、本来は死体が素材だしゾンビだったのだと思う。ならこの森のような場所のダンジョンマスターの眷属は?
おそらくだが、トレントのような物なのではないだろうか。樹木に擬態出来る様な魔物だ。それが、今の熱風で危険を感じたのか、動いてしまった。そういえばたいした風でもないのにザワザワという音が止む事は無かった。こいつらの移動音だったのか。
もう悩んでいる場合じゃない。樹木の動いた隙をついて全力で来た方向へ逃げる。わき目もふらず、一目散に。藪をかき分けるのは怖ろしかったが、大声をあげながら何度も転びながら必死で走りまわり、運よく森をぬけだした。
何処でひっかいたのか、トレントに追われていたのか、ズボンはカギ裂きになって破れ、肩や脛や太腿からは血が出ていた。
無事に自分の迷宮に逃げ帰った俺は、入口に作った落とし穴を全力で飛び越えて、そのままの勢いで自分の部屋に駆け込み、再び穴を飛び越えて涎と涙で顔をベタベタにしながらベッドに隠れてしばらくの間泣き叫び続けた。
ただ怖かったのだ。自分を殺す事で利益を受ける人間の目の前で、無防備でウロウロしていた事も。動く樹という化け物も。爆発音がしたと言う事はあの場所で戦闘が起きていたと言う事で、少なくとも俺以外に複数の宝玉所有者があの場にいたのだろう。今生きているのが不思議な位だ。
泣いて、怯えて震えて。足の痛みがズキンズキンと脈を打ちながらも血が止まりかけた頃、気がつく。
十郎太は、どこにいる?
今だってベッドに隠れているが安全なはずも無い。俺を守ってくれる眷属は。唯一の戦力は何処に居るのだ?