残り物には福がある
「つまり、なんなの」
「召喚された。俺達は殺しあう。勝った一人が偉い。以上!」
「なんなのそれ、ワケわかんない!」
俺だってわかりたくないが、ルールはシンプルなんだ。わかれよ。
目の前のブレザーを着崩した女子高生がキャンキャン喚き立てる光景から目をそらすと、隣のスーツきた穏やかそうなサラリーマンと目があう。
「しかし君、凄いね。よくこんな異常事態で冷静に状況を把握できるよ。召喚とかオカルト的な事態にくわしかったりするのかな?」
「いえ。こう言う題材の漫画とか小説をたまたま読んだ事があって……」
「素人相手のどっきりとか、そういう小説とかが映画化して広報でこんな事してるとか」
「ありえないと思いますよ。召喚されるのもありえないですけど、ここ、どう見ても日本じゃ無さそうですし」
周囲を見回すと、光を一切反射しない黒い石の上に刻まれた謎の文字と光る円。神殿の様な円柱が何本も立った広い空間と奇妙な生き物を模した大量の像。これらをテレビのセットとして作るだけでもいくらかかる事か。
サラリーマンが黙った。
召喚される。殺しあえと言われる。言われてすぐ納得できる方がおかしいんだろうな。ゲーム脳過ぎる俺の事だが。
俺はFラン大学生の渡辺志麻。変な名前だが男だ。中学二年生位の頃に『我の真の名は死真』とか設定してて、その設定ノートを遊びに来た友人に見られて殴り合いに発展したのが唯一の喧嘩という荒事に縁の無い平凡な学生だ。
ついさっき、車にひかれたわけでもオンラインゲームにログインしてたわけでもないのに、天丼屋で持ち帰りの大盛りを買って帰る途中でいきなり視界が暗転。気がつくと黒い石造りの丸い舞台の上にいた。他の11人と一緒に。中央には奇妙なピエロような服を着た顔の無い男。マネキンじみたその人物が俺達を召喚したらしい。
ちなみに手に持っていたはずの天丼大盛りは無くなっていた。見知らぬ天丼だ、ははっ。
残りの九人はまだ状況が把握できないのか逃避しているのか。ブツブツ言っていたりぼんやりしている。
どんなに逃避しても状況はかわらない。俺達12人は現代からこの異世界に召喚された。
そして一人が一つ、特殊な力をもった宝玉を核にして迷宮を作り上げ、最後の一人になるまで殺しあうのだ。勝利者が確定すれば、元の世界に返す事でもこの世界で更なる力を得る事も叶えて貰える。
召喚された俺達の前に現れた『司会者』を名乗る顔の無い男は、それだけ説明して12の宝玉を置くと姿を消した。目の前で跡形も無く。
「言って置くが、殺しあわなくても迷宮が生み出す財宝や魔物の為、この世界の人々から討伐される存在だよ。
迷宮には維持費として魂力を消耗するので、何もしなければせっかくの『特殊な力』を失う事になる。一般人として平和に生きて行きたいと言うのならそれも手だけど、他の11人から逃げ切れる手筈を付けてからじゃないと詰むから気を付けて。
とは言え迷宮で魂力を稼ぐと言うのは他の命を奪うと言う事。討伐される理由が産まれる。殺すか、殺されるかだ。さぁがんばって」
こんな説明だけで殺しあうとか無理だろ。意味わからないと叫ぶのもわかる。
でも、強力な力を持った悪魔だか神だかに、娯楽の為に呼ばれたとすると何もしないのはすぐ死ぬフラグ。そう考えるのが適切か。俺のラノベ脳がそれが正しいと叫んでいる。
目の前に並んだ12の宝玉を見比べる。
神聖、呪言、人形、炎熱、氷雪、樹木、操作、拳闘、白兵、飛具、百獣、死人
親切な事に、色分けされた札が本屋のポップみたいに付けられているので、どの宝玉が何なのか一目でわかる。
ただ、名前がわかっても能力は全然わからん。
一人が一個貰うとして、能力がわかりやすいやつが扱いやすいか。しかし他人から推測されやすいというのも困る。なぜなら、迷宮作りはただの拠点構築。この場にいる他の11人は敵になるからだ。
炎熱とか氷雪ってのはわかりやすい。しかし明確な弱点をさらしているような物だ。対策を取られると弱いタイプに見える。
操作というのもトリッキーっぽくて惹かれるが、ここで選ぶべきは飛具一択。ゲームだとバランスとる為に弱点があったり使いにくかったりするし、漫画でも飛び道具は懐に入られたら弱いと決まってる。
でも、実際の戦争の中で戦果をあげているのはほとんど飛び道具だ。接近戦になる前に決着を付けるのが実際の戦いでは最強に決まってる。
宝玉を睨みながら勝ち筋を考えていると、いつのまにか立ち直ったらしいサラリーマンがあたりを探索していたらしい。
「みなさん、あっちに内側からカンヌキの掛かる部屋が12部屋ありました。とりあえず混乱しているでしょうし、今日は一旦休むとしませんか。そして明日、誰がどの宝玉を持つか相談しましょう」
何ヌルイ事言ってんだ? なんで殺しあう対象と相談する気マンマンなの。
「そうですね。殺しあえとか言われてびっくりしましたけど、財宝とか魔物を生み出さなければこの世界の人に討伐されないって事ですし、時間はあるんですよね」
「いっそ、協力してさっきの司会者とかいうヤツを捕まえてっていうのもアリかもしれませんし」
「この世界の人と協力体制になって居場所を作るっていう行動もありなんですかねぇ?」
「そういうのを相談しましょう。いったん頭を冷やして冷静になってから」
皆が部屋のある方にぞろぞろと移動する。
石舞台のある広場から一本の通路がのびており、その両側にそれぞれ6つの部屋がある。中は全て同じだそうだ。広場を挟んで反対側には大きな門がある。おそらくこれを開けて外に出る事が出来るのだろう。
「食べ物とかは無いみたいなので、買い物帰りで食パンとお菓子持っていたから配りますね?」
主婦っぽいおばさんが6枚切りの食パンとチョコレートを配ってくれる。天丼があればとは思うが無い物は仕方ない。有難く頂くとしよう。
「しっかり六時間睡眠を取るとして……7時間後にまたここに集まると言う事でいいですか?」
「時計やスマホ無い方は、7時間後に一応ノックして起こさせて頂くので、気にせず眠って構いませんからね」
しかし、こいつら危機感ねぇな。まぁ、考える時間があるのは良いけど。飛び道具以上に使える宝玉の案が湧いてくるかもしれないし。
そう考えた俺は無言で一番奥の部屋の一つに入る。部屋の中は石造りで重厚感があるものの無駄な物が無いシンプルな作りはどこかビジネスホテルを思わせた。六時間半後にアラームを掛けて眠る。
『危機感の無い奴ら』そんな事を考えた自分をぶん殴りたくなるのは7時間後だった。
起きた俺が中央の広場に向かうと、宝玉は一つしか無かった。他の部屋は全て空いており、誰もいない。残された宝玉は『死人』明らかに弱点が見えているハズレ属性。
危機感の無い馬鹿は俺だった。