その9
輝之はコンテナの間と間を走り抜けながら、目標の姿を探す。コンテナの上に登った方が見つかりにくいかもしれないと思ったが、さすがに高すぎて登れなかった。
辺りはすっかり暗くなっているので、もし取引を行うなら明るい場所がいいに違いない。となると、電灯が照らす場所を積極的に探していけば見つけられるはずだ。
数分の探索の後、輝之は足を止めた。
オレンジ色のコンテナの影に身を隠し、そっとオレンジ色の電灯に照らし出された埠頭の一角に、怪しげな黒いワゴン車とスーツ姿の男数人を見つけた。男達は左右に分かれ向かい合っていて、どちらも代表と思われる男がスーツケースを持っている。片方はヒナゲシ、片方はバイヤーの組織だろう。
わざわざこんな目立つ格好をする必要もないのに、と思ったが、輝之はふと思い出す。
『あの港を所掌してる港湾局の監理企業はヒナゲシの傘下なのよね』
ということは、好きにこの場所を使っていいという訳だ。敵ながら、その顔の広さが羨ましくもある。
ざっと数えたところで、男の数は十人。車の中にもおそらくいるだろう。
(まずは視界から潰そうかね)
輝之は数メートル先にある電灯に向かい、相手がこちらから視線を外した瞬間を狙って電灯の元まで走った。
そして電灯へたどり着くと、柱に触れ軽く強力な電流を流しショートさせる。
ボンッと電灯が軽い爆発を起こし、周囲から明かりが失われる。
そこにいた男達は当然、何が起きたのか分からず動揺を見せる。輝之も同じくまだ視界が慣れずにいた。だが、彼は一応これまでにも仕事をこなしている。
気配で人を察知する事などもはや容易だった。
手始めに近くにいた男に背後から忍び寄り、鉄棒で足を払う。男が倒れたところで先端で男の胸部を突く。男は口から空気と唾を吐き出すと、ぐったりしてしまった。
「誰だ!」
さすがに音で何者かがいるのに他の連中が気づいたらしく、敵対心むき出しの声を向けてくる。それでも輝之は答える事なく、彼の後ろにいた男を鉄棒で突き、振り返りざまに頭部に一撃を喰らわした。
頭から血を流して男が倒れると同時に、ジャキッという不穏な音が輝之の耳に届いた。
銃を構える音だ。
(十一時の方向か)
銃弾が放たれる前に、輝之は上半身を勢いよく捻り、槍投げのように鉄棒を投げつけた。暗闇から打撃音とともに「うっ」という短い悲鳴が上がったので、恐らく当っただろう。
残り七人。
敵の襲来を確信した残りの男達もまた銃を構えているだろう。
あるいは素手で向かってくる輩もいるかも。
輝之は掌を暗闇にかざす。あちらから輝之が見えているかは分からないが、しかし何かが蠢いているのは男達にも伝わっているだろう。
だが、輝之は男達に応戦する間も与えない。
彼の掌から、青い閃光が前方一帯へと蜘蛛の糸のように八方に向けて放たれたと思うと、バチバチッという音がして男達を襲った。
輝之の手から放たれたのは、体内で生成された電気を形を整えた物で、電気の槍といったところだろうか。威力は一撃で人を殺せるまでには至っていないが、気絶させる事は出来る。
(当った、が、まだいる)
何人かは地面に敢え無く伏せていったが、あと三人ほど気配を感じる。
直後、パァン!と銃声が響き、輝之の頬を掠めて消えた。
それに続いて、一発、また一発と銃弾が輝之目がけて放たれる。運良く一つも当らなかったから良かったものの、銃器というのは未だに慣れない。
輝之は銃声のした方向から敵を判断し、まずは斜め前にいた男に近づき、彼の太い首を掴んだ。
「!! っ、がぁ…!」
男は必死に足掻こうとするが、輝之の腕力に勝てず地面に叩き付けられ、体内に電流を流し込まれた。
気絶した男をそのままにし、輝之は残りの男たちが近づいて来ていたので、電気の槍を放つ。
バタバタと倒れる男たち。
これにて仕事は完了かと思ったが、振り返るとワゴン車が今にもその場を去ろうと出発の準備をしている。やはり車の中にもいたらしい。フロントガラスからは気弱そうな男の顔が見えた。
輝之は車に向かって駆け出し、地面に落ちていた鉄棒を拾い上げる。
そしてフロントガラスを貫いて鉄棒を男の口につっこむと、有無を言わさず電流を流した。男は全身がマッサージ機になったかのように小刻みに振るえ、輝之が鉄棒を放すと、力なく横に倒れた。
「やりすぎたかな…」
死んだかと思われたが、ただ気絶しているだけのようだ。
とりあえず敵を一掃する事には成功したので、輝之はボンネットから降り、例の薬品の回収へ向かった。
「ん」
彩が車内で待ち惚けしていると、一昔前に流行った曲が携帯から流れ、何やらメールが送られて来たことを知らせる。送り主は輝之で、どうやら例のスーツケースを回収したとのことだった。今からそれをもって戻ってくるらしい。
彩は何も送り返さず、携帯をポケットに仕舞った。どうやら今回も大したアクシデントも無しに終わったらしい。
安心しきってシートにもたれかかっていると、携帯が再び鳴った。
「今度は何よ…」
彩は面倒そうに携帯を取り出し、画面を見る。
数秒して、彩の顔が途端に怪訝なものに変わった。
・・・
「これでよし、と」
彩にメールを送り終えると、輝之は伸びをして、足元に置かれたスーツケースに目をやる。
「にしても、薬品って一体なんなんだ?」
重さはそこまでないが、しかし丁重にロックがかけられている事から察するに、そうとう重要な物なのだろう。彩の組織はこれを何に使うのかも気になるところだ。
輝之は少し考えて、
「まさか…、エクセリキシィ?」
最悪の予想に至る。
輝之は息をのんだ。
そう考えた途端、自分が今手に持ってるスーツケースを、即座に破壊して海に投げ込みたい気分になった。
「まぁ、これについては後で彩さんに聞くか…」
とりあえずこの薬品の正体は後回しにし、車に戻ろうとしたその時、
「!」
輝之の携帯が震えた。彩からの返信かと思ったが、その考えは半分正解で半分不正解だった。
来たのは彩からの着信だ。
「もしもし」
悠長な口調で電話に応答すると、何やら危機感を孕んだ声色で彩が告げた。
『輝之君、そこに何者かが近づいているわ。それも、超能力者よ』
「はい!?」
『あなた達が能力を使用する際にエネルギー空間が発生するって言ったわよね。それと同じ物を近くで感知したわ。しかも、あなたのいる方向へ接近してる』
「そんな…、誰なんですか!?」
『それは分からない、けど――』
彩の言葉の続きを聞く前に、輝之は携帯を耳から遠ざけた。
彼は電話の途中で、視界の端に何者かの影を捉えたのだ。辺りは暗闇に包まれているが、しかし、相手が放つ圧倒的存在感が輝之を感づかせた。
(誰だ…?)
もしかすると、輝之の弟妹の誰かかもしれない。そう思って近づこうとしたが、果たしてそれは叶わなかった。
ブンッ、と空気を裂く音。何かが空中に投げ出された音だ。
「は?」
ふと視線を上げると、月明かりを切り抜くように空中に浮かぶ長方形のシルエットがあった。それは宙で静止していたかと思うと、次の瞬間には速度を上げてこちらへの落下を始めていた。
「なっ!!」
輝之の脳が遅れて危険信号を出し、輝之は生存本能のまま横へと跳んだ。
勢い余って地面に横転すると同時に、輝之が立っていた場所に何かがズドン!と大きな物音を立てて着地した。
「嘘だろ…?」
そこにあったのは40フィート型のコンテナだった。分かりやすく言うと四階建ての建物を横倒しにしたくらいの幅がある。
大きさはもちろん、重さも相当のものだ。だが、それがいとも容易く放り投げられた。
間違いない。
超能力者の仕業だろう。
輝之は再び視線を人影がいた方向に向ける。
まだ、彼はそこにいた。
先ほどいた一より少し前に出て来ていて、割とハッキリその姿は見えた。
白いパーカーにすっぽりと頭部を隠し、念入りに夏祭りの屋台で売っている様なヒーローのお面を着けている。
(あのお面、どこかで…?)
輝之には確かな違和感があったが、しかしそれについて更なる思考を重ねる事は出来なかった。
なぜなら、超能力者がコンテナに手をかけていたのが見えたからだ。
「ヤベッ!」
輝之はスーツケースを抱え、一目散に走り出す。だが、その行く手を阻むようにコンテナが目の先に落下して来た。
「なんっ、なんだよっ!」
踵を返して反対の方向へ逃げようとしたが、すぐそこまで敵は近づいて来ていた。
ふらふらと安定しない足取りでこちらへ向かってきている。お面で表情が隠れていて、何を考えているのかがわからないのが恐怖を誘う。
超能力者は腕をのばせば届く距離まで輝之に詰め寄り、彼の全身を見つめた。
「まるでヒーローの格好だな」
くぐもった声がパーカーの中から聞こえて来た。
男か女かは判断できないが、しかし相手は若いようだ。
「それはお前もだろ…」
「…」
下手に喋らずヒントを与えないようにしているのだろうが、答えが返ってこないと不安になるばかりだ。
やがて見知らぬ超能力者は右手の人差し指をまっすぐ伸ばし輝之に向け、
「そんな事は今すぐやめろ」
「は?」
「貴様のやっていることは『間違い』だ…。いずれ後悔する事になる」
それだけを言い残し、超能力者は輝之に背を向け、その場を去ろうとした。しかし、輝之は相手の背中に吐き捨てるように言った。
「後悔なんてしねぇよ」
その言葉に、超能力者はぴたりと足を止める。
「これは妹達のために――愛する弟妹のためにやってんだ。後悔はしない」
決然とした輝之の言葉が、深夜の港に響く。
「…そう」
超能力者は輝之を一瞥して、寂しそうに呟いた。
超能力者はその後すぐに去り、輝之はコンクリートにめり込んでいるコンテナにもたれかかって、妙に困憊した体を休めた。
突然の襲来に取り乱してしまったが、結局は何もなくて良かった、というところだろう。
(とりあえず、彩さんの元へ戻ろう…)
コンテナから離れる前に、もう一度超能力者の付けていたお面を思い出す。
やはり、どこかで見た事がある気がした。