吉野俊編
『ワァーワァーワァーワァー』
「来い、来い、来い、粘れ、粘れ、粘れ、粘れ、ねば、あ~チクショウ」
俺は吉野俊。今年で40歳になる。職業は○○大学の教授。未だ未婚。さすがに40歳なので早く相手を見つけたい。確かに、俺は顔はイマイチだが教授をやってる分、そこそこお金はあるし、実際彼女はそこそこ出来た。しかし、全員ゴールまでいかない。もう理由は分かっているのだが……。
「よし、そこで差せ、差せ、差せ、差せ、差せ、あ~もう最悪だ」
すべての原因はこれである。そう賭け事。昔から大好きで止められない。特に競馬は……。そのせいで、全くお金がない。いくら給料を貰っていても、お金がなければ意味がないだろう。だが、分かっていてもやっぱり止められないのだ。
「今日も……負けか」
そんなある日
(ある場所に集まってトランプゲームをするだけで報酬10万円。最大4名まで、参加応募者多数の場合は抽選によって決めさせていただきます。尚、当選した場合は応募していただいたパソコンに場所と日時を送らせていただきます。)
「え……、本当か?」
俺はもちろん怪しいとは思った。しかし、なんせ賭け事が好きな性分でもうこの高まった感情を抑えることなど到底無理だろう。
「10万円か」
また、お金がないのでそちらにも目がいってしまう。
「よし、一丁やってやるか」
俺はすぐに応募した。しかし、実は、まだこの時は外れると思っていた。
それから当選通知が届いたのは1週間後のことだった。
「な、……ウソだろ」
当然、俺は驚いた。それに、少し怖かった。正直、怪しいだろう、こんなバイト。しかし、それとは裏腹に俺の心の中にあるギャンブラーとしての自分はかなりワクワクしていた。結局、本能には逆らえず俺はこの一世一代の勝負に挑むことになったのだ。
そして当日。
「ここ…か」
俺は来てしまった。これから悪夢を見ることになるあの廃墟に……。
他には若い女性や妻子がいるらしい男性、口うるさいおばさんがいた。確かにあそこまでの勝負をやらされるとは思っていなかったが……。何か裏があることは容易に想像出来たはずなのにあそこまで周りの人がひどいとは思っていなかった。男性とおばさんはどうにもならないのは分かるだろうにグチグチと文句を言っていた。一方、若い女性は泣くだけだった。このメンバーで負けることはないだろうと人生をかけたゲームに挑んだ。
結果は2位。賞金1億円。俺は賞金と10万円の入った紙袋を受け取るとすぐに廃墟を飛び出した。
…………………………………………
………何故だろう?
俺は何も悪いことなどしていないはずなのに手に持った1億円が圧力をかけ、あたかも悪事でも働いて手に入れたかのような心境になってしまう。それに加え、周りの人々全員がこの紙袋を狙っている気がした。もちろんこの中に1億円が入っていることは知らないはずなのだが………。俺は、早足で家に向かった。
結局、家に着いたのはそれから1時間後だったが体感としては3時間歩いていた感覚だった。どうやら、頭よりも体のほうが1億円のすごさを認識しているようだった。
「は~~~~~」
はっきり言って今日は物凄く疲れた。時計を見ると夜の7時、寝るには早いとも思ったがそのまま眠った。次の日、もちろん仕事だ。あまり、仕事は好きではないが今週は少し違う。むしろ、仕事があるのがうれしく思う。それは1億円のことを考えなくても良いからだ。朝から大学に行き、授業と研究を行い、夜の7時ごろに帰宅みたいな感じで過ごしている。もちろん、日によって帰る時刻等は違ってくるが……。やはり、一様に1億円のことを考える時間は休日よりは少なかった。しかし、時が経てば誰にだって休みはやってくるのだ。
そして、次の休みの日が来た。
「1億か……」
もちろん、1億が嫌というわけではない。むしろ、お金が増えて、うれしい。
「親孝行に使うか、それとも、自分のために使うか……しかし、特に欲しい物があるわけでもないし、それとも貯金?いや、1億円を銀行口座に入れているところを見られでもしたらお金はおろか命までということも……。いやでも………」
結局、その日は何も決まらなかった。
そして、また仕事が始まった。しかし、今週はさっさと終わってほしかった。1億円の使い道を考えるうちに楽しくなってきたからだ。というより、職場でも我慢できずに1億円のことを考えていた。
「世界1周なんていうのも悪くないなあ。それとも、最新の実験道具でも、いや、やはりやはり老後のために………」
周りにはぎりぎり聞こえない程度の声で呟いていた。その時、
「そうか!」
周りの視線がこっちに集まる。
「そうか、ここをこう変えれば式が成り立つはずだ………」
周りの視線が違う方を向くまで芝居をしていた。もちろん、そんなものを思いついたのではない。
俺は分かった。お金を増やせばしたいことがすべてできて、欲しいものがすべて手に入ることに。さらに、今週末自信のある競馬のレースがあることを思い出した。もう心は決まっていた。
そしてレース前日、俺は明日に備えてさっさと夕食を食べ、さっさと体を洗い、さっさと寝床に入った。しかし、なかなか眠れない。明日のことがとても気になっていた。
もし、明日当たれば、世界1周旅行に行き、お土産をたくさん買って、車も新車に買い替えて、それで、気づけばかわいい女の子が俺の隣に………。
「………朝か」
いつに間にか眠ってしまっていたようだ。俺はすぐに用意を済ませる。そして、家を出ようかという時、重大なことを忘れていたことに気づいた。その重大なこととはお金をいくら賭けるかだ。ふと、一瞬頭の中を当たらなかった時の絵が思い浮かんだ。
「よし、半分にしよう」
俺は、競馬場に行く通り道にある銀行によって、先に500万円を預けた。そして、残りの500万円を持って、競馬場に向かった。
着くと、すぐに馬券を買った。1レースで100万円すら使ったこともないのに、500万円を賭ける日が来るとは………。予想なんて全くしていなかった。
ちなみに、馬連で⑦-②⑧⑩⑭⑮を買った。要するに、1位か2位に7番が来て、1位か2位の7番じゃない方に2,8,10,14,15のどれかが来れば、あたりになる。
もし、当たれば500万円が何億円にもなるかもしれない。まさに、一世一代の大勝負。その開始を知らせるファンファーレが競馬場内に鳴り響き、観客が今から始まるレースに胸をざわめかせた。
そしてついに
『ガタン』
スタートした。
7番は前の方を走っている。
そのまま、中盤に差し掛かる。
7番はそのまま同じ位置をキープしている。とても良い位置だ。
そして、最終コーナーを周って最後の直線、7番は前から4番手あたり。
「来い、来い、伸びろ、伸びろ」
そして、
「よしっ」
残り200m付近で7番が急加速。そのまま、残り100m。
「そのまま、そのまま、頼むそのまま……」
ついに………
「ヨッシャーーーーーーーー」
7番が1位でゴール。俺は子供のようにはしゃいだ。これで俺も億万長者だ。
すぐに、電光掲示板に順位が発表される。
その瞬間、俺は寒気がした。完全に2位のことを忘れていた。
「ま、まあ……だ、だ、大丈夫だろう……」
掲示板には2位は16番と書いてあった。
そして、俺が当たりになるのは2,8,10,14,15の時……………………………え?
これにより、500万円が価値のない紙切れ1枚になってしまった。
「な、な、な、な、な、なんてことだ」
俺の夢物語は跡形もなく消え失せたのだった。
ゆっくり家に帰っている。
別にゆっくり帰りたいわけではない。足取りが重いだけだ。
そして気づいたら今朝寄った、銀行の前。もし当たっていたら2、3ヶ月の間休みの日を使って預けに行ったかな。一気に大金を預けると周りの目も怖いし。それに、……………
自分でとても悲しいことをしていることに気が付いた。もう、そのことは忘れよう。
俺は明日から再び元の生活に戻ることになった。
それから、約2ヶ月後の休みの日。俺は競馬に行く途中、例の銀行の前を通ると人だかりができていた。そのうちの1人に話を聞いてみると何だか銀行強盗があったらしい。その翌日、新聞にも載っていた。記事によると犯人は逃げられないと踏んで自殺したようだ。さらに、女性1人と子供1人が犯人に撃たれて死んだらしい。もし競馬が当たっていればあの時、お金を預けに行っていた可能性はあるだろう。そんなことを考えていた。
「これでよかったのかもしれないな………」
そんなことを呟いていた。