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魔術師の心得  作者: ちよ
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序章

とりあえず自分は不器用何だと思う。仕事にしても、何にしても。

悪党になろうにも何だかちくりと良心が痛んで結局は半端な善人にならざるを得ない。詰まるところ甘いのである。人情味に弱いと言うなんと言うか。

色々と自分の短所を挙げてみるが、だからといって今の状況がどうにかなる訳でもない。


秋の冷たい風が焦げ茶の前髪をさらって、通りすぎていった。

ソウはすっかり冷たくなった麦パンをかじるとはぁと深い溜め息をついた。



「あ、君明日から来なくていいよ」


帰りがけに煤まみれの作業服を脱いでいたソウに工場長が唐突に言った言葉がこれである。

「…はい?」

「いや、だからね。人手は足りてるから大丈夫ってことだよ」

工場長は愛想と言う名の安っぽい笑顔を脂ぎった顔に浮かべて言った。

要するに解雇通告、クビである。

何が大丈夫だコンチクショーと内心腸の煮えくり返る思いだ。

だが悲しいかな。やっぱり不器用で律儀な青年はわかりました、とそれだけ言って一年間勤めた工場を後にしたのである。


「あーもうあのハゲ工場長の顔に一発ぶちかましてくれば良かった…」

長年の癖か従順に頭を下げてしまった我が身を悔やむが、所詮後の祭りだ。麦パンの残りを無理矢理口に詰め込んでゴホゴホとむせる。

と、後ろから名を呼ばれた。

「ソウ?」

一瞬ビクリとしたのを隠して振り向くとそこには見慣れた顔があった。


「何だお前か」

「お前か、じゃないでしょ。リアよ」

彼女、リアはソウの幼馴染みにあたる。別に特別可愛いという訳ではないが、性格はいい奴だとソウは思っている。

だがあくまでも友人として、だ。要するにお互いのお漏らしの回数を覚えているような家族ぐるみの付き合いなのである。

彼女はムッとしながらも小走りでソウの隣に並んだ。


「買い物?」

両手に抱えたクシャクシャの紙袋から覗く野菜や肉を見て訪ねるとリアはそう、と頷いた。

「今日は大市だったから。お母さんがさ、粉屋の ジョンさんとこ行ってるから代わりにね」

ふーん、と適当に受け流す。

「なーんかノリ悪いわね。何かあったわけ?」

「いや、まぁ何かってか…。うん、あれだよアレ」

今一番聞かれたくないことを名刀の如く突かれて口ごもる。

「わかった、アレでしょ。仕事クビにされたんでしょ?」

「……」

どうしてこいつは普段バカな癖にこういうときだけは無駄に勘がいいのだろう。俗に言う女の勘という奴か。

「あれ!?当たってんの?うそ!?」

リアは目に見えてあたふたし、オッホンとかエッヘンとか咳払いをして紙袋を抱え直した。

何だか申し訳ないような、とてつもない強力な地雷を踏んでしまったような。というかここは謝るべきだろうか。いやでもそんなことしたら余計に悪いような…。

考えあぐねた末リアは正直な感想を述べた。

「なんかあんたって本当に仕事運にないよね。この間も印刷工場だっけ?一年持たなかったもたなかったじゃない」

「ふん悪かったな、飽き性で」

だいたい自分としてはもの凄くという訳ではないがそれなりに真面目に働いているつもりなのだ。

「開きなおんないでよ」

ここまで来ると開き直るぐらいしかできないじゃないか。今年で18歳。の癖に何故か仕事は四件目だ。

「まっ、あんたの長所はポディブシンキングぐらいなんだから根性でどうにかなるって」

これは誉められているのだろうか、貶されているのだろうか。というか仕事ばかりは根性でどうにかなるものではないと思う。

「もういっそのことあたしに婿入りして一緒にパン屋継ぐ?」

「はぁ?」

自分が白いエプロンに三角巾でパンをこねている姿を頭に思い浮かべてみる。

無理だ、絶対に向いてない。

まだ空飛ぶクジラの方が現実的ってもんだ。

あり得ない想像に一人噴き出してしまう。

「何想像してんのよ。ただの冗談よ。あたしはね、年収1000万セル以下の男とは結婚しないって決めてんだから」

「1000万セルって…」

優に家一つ買える値段ではないか。一体どこにそんだけ稼ぐ男がいるってんだ。

「おいおい…。ハードル高すぎだろ。そんなん棺桶に片足突っ込んだどっかの名門当主様だぜ」

「そんなことないわよ。軍将校か国家魔術師になれば余裕じゃない。まぁあんたには無理だろうけど。馬鹿だから」

「馬鹿いうな」

魔術師。不可能を可能にする者。

ソウには魔術とやらがどんなカラクリで動いているのかも分からないし、知りたいともあまり思えない。つまりそれだけ遠い世界の話なのである。

ドバイルの人口の一割の一割のさらに一割、1000人に一人が魔術師だと言われている。

その中でも1%に届くか届かないかのほんの一握り、それが国家魔術師である。より優秀な魔術師様という訳だ。

彼らの大半は軍属、王属、あとは名門に雇われてい

たり、ギルド所属だったりと色々だ。

何にせよ、ソウには国家魔術師が自分と同じ人間だとはとてもじゃないが思えなかった。

いや、実際同じものを見て、同じ事をしても全く違うことを感じて考えるのだろう。


「それは大袈裟よ」

…どうやら考え事が声に出ていたらしい。

それに、とリアが言った。

「最年少の国家魔術師、確かあたし達よりずっと年下よ」

「それは凄いと思うけどよ」

何だか遠い世界過ぎて肌に感じられない、というのが本音である。

「あとハズバルト=ジスカールさん!あたし達と同年配なのに超天才魔術師、格好良くて頭も良いって評判よ!」

「はぁ…」

何だか目をキラキラさせてる隣の幼馴染みを見ていると溜め息をつきたくなる。もしかして子供の頃から何一つ進歩してないのでは、とまで思ってしまう。恋に恋するお年頃とやらもいい加減卒業してほしいものだ。

「何よ、その汚物を見るような目は。あたしだって恋心の一つや二つぐらいあるのよ」

「へいへい」

「絶対馬鹿にしてるでしょ」

「さぁな」


立腹しているリアを適当にあしらって、ソウはオレンジと闇の黒が混じり会う夕空を見上げた。

「とりあえず何でもいいから仕事見つけねーとな」






――確かに、この時「何でもいい」とは言った。

そこは認めよう、確かに言ったのである。

でも物事には限度ってやつがあると思う。

そう、彼はこれから暫くこの発言を悔やむこと になるのである。





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