コンビニのキツネヤマさん
若主の予測通り、コヤマは狐の姿で、町の近くの山に戻されていた。
こんな形で戻ってくるとは、まったく不本意だ。
コヤマは、夜になると山を降り、町へと向かった。
いつも通っていた道は、目の高さが違うとまったく違う景色に見えた。
国道沿いのコンビニまで来ると、その裏へ周り、ひげ店長のお爺さんが経営する広い牧場へ向かった。
そこにテツは居なかった。そこで今度は大きな庭へ向かうと、庭の隅でセバスが寝ていた。
「セバス」
コヤマは出て行かず、物陰からそっと声をかけた。
セバスは、耳を少しだけピクピクさせたがまだ寝ているようだ。
「セ・バ・ス」
少しだけ、声を大きくして呼びかけると、セバスはようやく目を覚ました。
“あぁー。もう食えねぇ。”
いい夢をみていたのだろうか、ヨダレがだらりと垂れている。
「油断しきりじゃないか。そんなので番犬が勤まるのかな。」
“!!!”
セバスは、びっくりした顔でコヤマを見ている。
“なんだよ、オマエ、狐の姿になっちまって!!あぁ、そうか。もう行くんだな。オマエが居なくなると寂しくなるぜ”
クゥーンとセバスは鼻を鳴らした。
実は、セバスの飼い主を探す為にあちこちと奔走し、最後には時間が無くなって、セバスにも店長にも清晴にもお別れが言えてなかった。
ー・・・というのは建前で、本当は、みんなにさよならと言いたくなかっただけかもしれない。
「いやー。それが戻ってきたんですけどー・・・」
セバスはコヤマの話を聞いてびっくりしていた。
“そういやぁ、TVでそんな話してたなぁ。あれって、オマエさんとこの山のことだったのか”
「うん。でもこの町に戻れたのはいいが、パスが切れて、これからどうしようかと迷っているんだ。」
“そうだなぁ”
セバスは、ちらちらとコヤマを見ている。
「どうしたんだ?」
“いや、オマエ、薫先生のこと、どうなったんだろうかと思ってな”
「そのことか。結局、会えずじまいだよ。今となっちゃそれで良かったのかもしれない。」
若主との会話が蘇る。これで良かったはずだ。
でも、まだ心がモヤモヤする。
何度目の失恋だろう。
わかってる。ちゃんとわかってる。でも、まだ恋心が消えずに燻ぶっている。
「オレ、こんな姿になっちまったけど、もう少し薫先生を見つめていたい。」
“・・・”
会話が途切れ、沈黙が流れる。
「今日は流れ星、見えないかな」
“どうだろうな。見えるといいな。・・・・・見えたら、もう一度オマエが人間に戻れるように願掛けとくよ”
「ありがとう、セバス」
2匹はお互いをみて、フフと笑った。
それからしばらく2匹は黙って空を見上げていた。
薫は、近頃、庭先に狐が来ているのを何度も目撃していた。
今日も、庭に植えた花々の間から顔を出している。
「また、来てるのね。」
狐は警戒心が強いと言われていたが、その狐はそうでもないようだ。
薫が庭に出てもちっとも逃げようとしない。
伺うようにじっとこちらを見ている。
薫は狐に名前を付けた。
「キューちゃん」
狐はキューちゃんと呼ばれて、内心、がっかりした。
先生。もっと、カッコイイ名前でお願いします・・・。
狐はひとしきり庭で遊んだ後、またどこかへ消えて行った。
ある月夜の晩だった。
山で眠るコヤマの元に青白い炎が近づいてきた。
狐火だ。コヤマは気配を察知し、目を開けた。
「明主様?」
だが、そこには立っていたのは若主だった。
「シン。元気にしていたか?」
優しげな目がシンに向けられている。
「若様!はい!元気です。若様も御変わりなく元気そうでなによりです。」
「あぁ、ありがとう。ところで、はやり、お前は狐の姿に戻ったのだな。」
爽やかな好青年の姿をした若主は、コヤマの前に座ると視線の高さを合わせた。
「はい。パスの更新をしようにも、今4管へに入管が規制されていて自分達も入ることが出来ないのです。」
コヤマはしょんぼりしている。その様子を見て、若主が問いかけた。
「シンは、人の姿に戻りたいのか?」
「!」
コヤマは、じっと若主を見つめて答えた。
「戻りたいです。」
真剣な眼差しだった。
若主も暫くの間、じっとコヤマを見ていた。
「解った。」
若主は、スッと立ち上がる。
「お前のパスは、第7管轄区の長、この若主の名において、責任を持って出してやろう。ついて来るがいい。」
管轄区の長が他の管轄区の狐のパスを発行するなど異例中の異例だ。
「若様!!!」
「なんだ?」
「あ、あ、あ、ありがとうございます!!」
コヤマは深々と頭を下げた。
「なに、礼には及ばない。だが、人の戻れると決まった訳じゃない。ちょっとした試練が待ってる。それをクリアしなくてはならないんだ。」
「必ず、やり遂げてみせます!」
その意気込みを見て、若主は苦笑いをした。
「お前は、見ているだけの試練だよ。」
若主はコヤマを連れて山を降りた。




