コンビニのキツネヤマさん
その場所は、少し小高い丘の上にあった。
花壇には色とりどりの花が植えてある。
バラのアーチをくぐると中庭に出た。
車椅子に、年配の女性が座っていた。
その姿を見つけたセバスは、嬉しくてコヤマの綱を引っ張るようにして駆け寄った。
「おや・・・・これはこれは。」
年配の女性がセバスに手を伸ばす。
「テツや。テツ、あなたが来てくれたの?」
セバスは嬉しくて嬉しくて尾を千切れんばかりに振った。
“おいおい、婆さん、おれの事覚えていてくれたのかよ”
セバスは感無量だ。
「元気にしてる?ちゃんとご飯食べて、散歩に行ってるかしら?散歩といえば、お前とノリオさんと一緒に、麓の滝をよく見に行ったわねぇ。」
“あぁ、ノリオと一緒だったな。・・・楽しかったな。”
「覚えてらっしゃる?ノリオさん」
とコヤマに声を掛けてきた。
えっ?オレ、ノリオ?
どうやら、コヤマの事を若い頃のノリオと勘違いしているようだ。
セバスだけに聞こえる声で聞く。
「ノリオさんは、坂本さんの事、どんな風に呼んでたんだ?」
“スミちゃん”
「あぁ、覚えてるよ、スミちゃん。あの滝は美しかったな。」
「そうそう、テツが帰りに川の中に入ったのはいいけど、流されそうになって、あの時は大変だったわね。」
「そんな事もあったねぇ。」
コヤマは適当に話を合わせて、坂本さんから会話を引き出していく。
坂本さんも釣られるように、思い出話を紡いでいく。
話からも仲のよい夫婦だったのがよく分る。コヤマは心地よく話に耳を傾けた。
きっと、何よりも忘れたくない大事な思い出なんだろうな・・・と思いながら。
施設を離れる時、坂本さんは、セバスをぎゅっと抱きしめた。
「テツ、寂しい想いをさせてごめんね。あなたと一緒に居れないのが何より辛いわ。」
クゥーン、クゥーン・・・・
セバスは坂本さんの手を優しく舐めた。
大丈夫だよと伝えたくて。
がんばってくれよと、伝えたくて。
そして、たくさんの愛情をありがとうと、伝えたくて。
坂本さんは、セバスとコヤマが見えなくなるまで施設の入り口でずっと見送ってくれた。




