コンビニのキツネヤマさん
知らなかった。
この辺りでは、動物のお医者さんは1人しか居ない事を。
“えぇっ、今頃知ったのか?ってか、彼女って花野薫先生のことなのか?”
もしかすると、いや、これは確実に彼女なんじゃないかと、コヤマはバスの中で焦っていた。
何を話そう・・・。
なんて言えば・・・。
変な人だと思われたらどうしよう。
狐ってバレないかな・・・。
不安は一気に大きくなる。
“おい。病院に用があるのはオレだって忘れてないか?”
ゲージの中から上目使いで見られる。あぁ、そうだった。
“ったく、たかだか薬をもらうだけだっつーのにな。・・・・まぁ、健闘を祈るよ”
大きくため息をついて、セバスは目を閉じた。
そしてドアの前。
震える手でドアを開けた。
「こんにちは・・・」
“なに、小さな声出してんだよ。泥棒かと間違われるぜ”
セバスが鼻で笑う。
鼻に独特の薬の臭いがした。あぁ、この臭いは覚えがある。
オレはあの時、もっと奥の部屋の2段目のゲージにいたんだ。
「はーい」
返事の声にハッとする。
中からひょいと顔を出したのは、紛れもなく彼女、薫先生だった。
「あの・・・。」
「どうされました?--あっ!!テツじゃない!?」
薫はゲージの中のセバスを見るとニッコリと笑った。
「今は、あなたが飼ってるの?」
薫は、コヤマに振り向いた。
コヤマは、ゲージからセバスを出しながら言う。
「いえ。オレは一時的に預かってるだけで・・・」
「そっか。坂本さん、今、施設だものね。」
セバスはコヤマを見上げている。
“なんだ、結構会話が出来てるじゃないか?”
「今日は、フィラリアの薬を処方していただこうと思いまして。」
“いきなり本題か!?もっと会話のキャッチボールを楽しめよ!!”
「錠剤なんだけど、飲ませられる?」
「あ。はい。」
そう言って、コヤマは錠剤を受取り中を出すとセバスの口をいきなり開け、薬をポイッと飲ませた後、口を掴んで閉じた。
“ぐぉぐぅご・・・”
この方法は何度か薫からされていたので知っていた。
口を触るという事は、相手に心を許さなければ出来ない方法だ。
「あら。」
薫は驚いている。
「テツは、気難しいのに、もう手懐けちゃったの!?」
「手懐けたんじゃないです。彼は、オレの親友です。」
「そう・・・。そこまで心が通うのね。」
薫は、嬉しそうな顔をした。
その時、奥にいる犬や猫たちの鳴き声が部屋まで届く。
「不思議な人ね・・・。」
ぽつり呟いた言葉は、コヤマには聞こえなかった。
“フツーに何の展開もなかったな。”
帰りのバスに揺られて、セバスは拍子抜けしたツラをしている。
「これで、面識ができたし一歩前・・・・って、あああああーーー!!!」
バスの中で叫んだとこに気が付いて、慌てて小さくなる。
“どうしたんだよ”
「名前、言うの忘れてた。」
“ぷっ、間抜けだな”
はぁー、これで接点が出来たと思ったのに。
“なぁに、また会えるさ”
セバスはフッと笑うとゲージの中で丸くなった。




