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ここはなにかが欠けている

男は不死を求めた

作者: 浮月重月
掲載日:2026/08/25

ああ、死にたくない。まだ死にたくない。

いや、死んでもいい。だがこれからもずっと永遠の時を過ごしたい。


臨終の言葉がそれだった。

とある裕福な貴族の男。子供達、孫達、曾孫達に看取られながら。



遺体は地下の霊廟、その一角にある小部屋に運び込まれる。

そこでは複雑極まる幾何学模様が一枚岩の床、壁面に描き込まれ、

中央の祭壇のような場所へ、遺体は丁重に寝かされる。


一連の作業を行うのは、遺体となった男が雇った複数人の魔術師。

神殿では忌避される禁忌の魔術、世間でも得体が知れないと言われ、

学ぼうとする者は嫌悪感と恐怖を孕んだ視線に晒される特異な魔術。

俗に言われる「死霊魔術」を収めている者達であった。


もう先は長くない、そう自覚した老いた男は極秘裏に人材を集め、

命尽きた時は不死体として蘇ろうと必要になるあれこれを用意した。

幸いこの程度の散財は、子供達や孫達の将来を脅かすものではない。


残した遺言書にも「他言無用。手出し無用。彼らに全て任せよ」と、

自らの遺体の処理を魔術師達へ任せるよう指示を出している。


これから始まるのは《亡者の入定》という不死変誕の術である。

術の行使により、この朽ち行く肉体に瘴気が満ちて変貌を遂げ、

未だ未練を残し留まっていた魂魄を核として不死体となる。


死霊魔術師達の準備が整い、長い長い儀式と詠唱が開始された。



夕方に遺体が運び込まれ、日没より始まった詠唱が漸く終わった。

既に地下霊廟の外は深夜である。日付も跨いでしまった。


現存する魔術は本来、ほぼ全てが無詠唱で発動出来る。

だが《亡者の入定》はその複雑さと必要な魔素の膨大さに加え、

補完する為の儀式が万に一つも違わない様、詠唱も必要なのだ。


術が発動する。


寝かされていた遺体へと、周囲から異常な程濃密な瘴気が集い始め、

死霊魔術師達も脂汗か冷汗か判別出来ぬものを滴らせている。

儀式の一つとして焚いていた香炉が、異様な香りを漂わせる中、

遺体の肉が全て削ぎ落ちていき、代わりに黒い靄が包み込んでいく。


ゆっくり、ゆっくりと、遺体だった黒い靄が起き上がる。

先程失われた眼窩には、吸い込まれるような黒い光が宿っていた。


「せいこお、したのだろうか」


たどたどしくも言葉を紡ぐ。《亡者の入定》は完了、成功した。


おお、と各々声をあげる死霊魔術師達。

知識としては持っていたものの、術の行使は初めてである。

何せ費用も人員も準備も、自分達の財力では揃えられないのだ。

ここまで条件が揃ったからこその成功と言える。


「無事成功したようです。生誕おめでとうございます、お館様」


死霊魔術師達の一人が、祝いの言葉を述べる。

黒い靄は頷き、なじんできたのか先程より明瞭に返事を返す。


「ああ、みなのおかげだ。こころよりれいをいう。

 ほうしゅうはゆいごんしょにかいておいた。

 こどもたちからうけとってくれたまえ」


死霊魔術師達は口々に黒い靄へ祝いと礼を言い、一人二人と去る。



さて。生まれ変わった、いや死に変わったこの男。


気持ちも落ち着き、変貌を遂げてからやりたかった事に手を付ける。

小部屋から出て霊廟も後にし、誰も入らせなかった離れへ向かう。

扉を開けて自室へ入ると、愛飲する高級酒とチーズが置いてあった。

自らグラスへ注ぎ、ゆっくりと口へ注ぐ。


生前食道楽だったこの男。

死に瀕してどうしてもあきらめられないのは、食事だった。


もう旨いものを口に出来ない。旨い酒も飲めなくなる。

死にたくない。いや、死んでもいいが食事出来ないのは我慢出来ん。


何とか死なないで済む方法はないものか。

いや、死んでも食べられる方法はないものか。

食事が出来るのなら死んでもいい。

その為だったらいくらでも金など払ってやる。方法を探そう。


そうしてこの男は死霊魔術へ辿り着いた。

協力を経て成し遂げた。


のだが。


酒の味がしない。慣れ親しんでいた味がしない。

体内を液体が通り過ぎる感覚だけはある。

傍らにあるチーズを齧る。これも味がしない。

腹の下から、酒とチーズの欠片が落ちていく。


口へ指を突っ込む。舌がない。声は出せるのに舌はない。

なんなんだこれは。なんなんだこれは!



「という訳でね、味を感じる方法を探しているのだよ」


と、朽ち果てた館に棲んでいた謎のアンデッドは言った。


館の持ち主から不死体の討伐を任された冒険者達は、

当の討伐相手に相談されて困惑していた。


「あー、ごめんなさい、わたしらじゃ解決出来ません」


冒険者達の代表はそう答える。

敵意や悪意はないんだよ、このアンデッド。

そんな相手を無理矢理どうこうするのも気が引ける。


結局この討伐は有耶無耶となり、館からは離れる事で合意。

このアンデッドは味を求めて、この後数年彷徨う事になる。

彼は生命力を奪ったりしなくても、環境魔素で存在可能。

よって食事の必要もないが、いたくご不満ではある。


のちのち憑依可能なホムンクルスの肉体を贈られて、

日々の食事を対価にある人物のアドバイザーに就任する予定。

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