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極道エルフ ~墨田抗争録~  作者: 英 慈尊


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9/16

拡散

 極道エルフこと矢車リュウカが愛用する自転車は、その名もシルエットセリーヌ。

 ドラマ『古畑任三郎』における主人公の愛車であり、同番組に影響された当時のリュウカが、『龍門会』のコネクションに物を言わせて入手した逸品である。


 その特徴は、なんと言っても優美なフレームライン。

 産業革命時代に作られていた自転車の雰囲気を受け継ぎつつ、現代風のアレンジが加えられており、レトロさと格調高さが絶妙に合わさったシティサイクルとして完成しているのだ。


 まさに、街を行く洒落っ気の化身。


「わしは、『龍門会』の矢車リュウカじゃあああああっ!

 誰ぞっ! うちのお嬢を見た者はおらんかあああああっ!」


 ……間違っても、今のリュウカがしているように、大声で叫びながら立ち漕ぎするようなマシンではない。

 それにしても、リュウカの激走ぶりときたら……。

 鉄壁のブルマで下着が守られているのをいいことに、ジャンパースカートを振り乱しながら全力で漕ぎ続けているのだ。


 京葉道路と四ツ目通りが交差する錦糸町駅近辺であるから、交通量は非常に多く、しかも、路駐している車の数々が自転車にとっては絶妙な障害物となる。

 にも関わらず、華麗なハンドル捌きによって一切スピードを落とさず駆け巡っているのだから、これは自動二輪に乗り換え、極道からレディースへ鞍替えしたとしても、十分にやっていけるのではないかと思えた。

 今のリュウカはまさに、錦糸町駅周辺を駆け抜ける風であるのだ。


「お嬢を見た者はおらんかっ!

 あるいは、カテキョの先生でもいい!

 情報のあるもんは、出し惜しみせず前に出ろやあっ!」


 情報を請うというよりは、明らかに脅し取ろうという言葉遣い。

 それで怯える者が出ず、むしろ一種の生温かい空気が流れるのは、極道エルフの人徳ならぬエルフ徳がなせる業だろう。


「リュウカちゃん、カテキョの先生ってだけ言われても分からんて」


「写真とかあったら、とりま見せてみ?」


 地元墨田区に根付くこと十数年というJKたちが、物怖じすることなくリュウカに尋ねる。


「おう、これじゃ!」


「サンキュ。

 てか、これってホイホイ見せちゃって大丈夫なん?」


「それな。

 個人ジョーホーとか、色々ありそうな感じ?」


 差し出したスマートフォンを覗き込んだ少女たちの言葉に、リュウカは軽く(かぶり)を振った。


「おそらく、この先生がお嬢を連れ出しておる。

 そうとなった以上、遠慮は無用じゃ。

 もし、何かの勘違いだったなら、この矢車リュウカがその名に誓って責を取る」


「おー、リュウカちゃん男前」


「よっしゃ、クラスのグループで聞いてみるべ」


 リュウカのスマートフォン画面を写真に収めた女子高生たちが、それぞれ自分のスマートフォンで高速打鍵を行い始める。


「どれ、拡散だけなら協力するよ」


「ハッシュタグは何を付ければいいんだ?」


 やがて、その動きは連鎖し、駅前を行き交う人々が、次々とリュウカのスマートフォン画面を写真に収めた。

 そこからは、拡散だ。

 広大かつ無限に思えるネットの海……その中で、東京都墨田区錦糸町界隈に属する者たちへ、急速に浦井ヤスカの顔写真が出回ったのである。

 その情報伝達速度たるや、まさしく風のごとし。


「極道エルフが困ってるってよ」


 曳舟できびだんごの串を食べていた男子高校生が……。


「家庭教師の先生が、『龍門会』のお姫様をさらっただあ!?」


 ソラマチのマクドナルドでハンバーガーを頬張っていたサラリーマンが……。


「キャリーケースに子供を詰め込んで運んだ?

 怖いわねえ……」


 北斎美術館前の公園で子供を遊ばせていた専業主婦が、それぞれスマートフォン片手につぶやく。


「おや、これは……」


 そして、錦糸堀公園で愛犬の散歩をしていたお婆さんもまた、SNSの画面に目を見開いていたのだ。

 お読み頂きありがとうございます。

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