脱出経路
「なるほど、お嬢の姿はどこにもないのう……」
シュンに連れられて踏み入った勉強部屋を眺めながら、リュウカが冷静につぶやく。
ジャンパースカートの制服を着用した全身には殺気がみなぎっており、すでに極道として完全なる臨戦態勢に入っている。
その姿は、この事態がそれほどに深刻であることを、ありありと物語っていた。
「リラクゼーションルームにもいらっしゃいませんし、お手洗いも使用している様子はありません。
一体、どこへ消えちまったのか……。
これじゃ、まるでマジックっすよ」
シュンの大仰な身振りは普段ならたしなめるところだが、今のリュウカにそのような余裕はない。
「――監視カメラを!」
それよりも、素早く一階の警備室に向かったのだ。
「――リュウカ!」
「――姐さん!」
「――リュウカの姐御!」
組長を始め、同じ考えに至っていた者たちが一斉に振り向く。
先んじた彼らが再生していたもの……。
それは、監視カメラの映像であった。
「ビル入口の映像か」
リュウカが言った通り、いくつかの小型モニターに映し出されているのは、それぞれ別角度から捉えた正面自動ドアの光景である。
ドアは華奢なガラス製であるが、これを挟み込むように若い衆が二人で立哨しており、不審者が入り込む余地など皆無となっていた。
それはつまり、内から外に出た者も把握されているということ……。
「この一時間でビルから出たのは、先生だけだな……」
唯一の肉親である孫娘が姿を消したのは、明らかな非常事態。
しかし、そのような状況にも関わらず、落ち着き払った口調で組長――龍門カズキがつぶやく。
彼が口にした通り、早回しで再生されている映像内でビルから出ていくのは、やや大きなキャリーケースを転がす家庭教師――浦井ヤスカだけであった。
「逆に、ビルへ入った人間もおらんのう。
普通に考えれば、ビルのどこかでお嬢がかくれんぼでもしていることになりますが……」
「あの子が、そんなことをして遊ぶ娘か?
それに、今も組のもんがビル内をくまなく探しておる。
いくら小さな子供とはいえ、極道のガサ入れから隠れおおせられるものではあるまいよ」
同じく冷静なリュウカの言葉を、組長が軽く否定する。
「なら、わしの知らん秘密の裏口でもありますかのう?」
「おいおい、このビルを設計させた時は、リュウカも一緒だっただろうが。
そんなもんはねえ。
普通の裏口はもちろんあるが、ガッチリと施錠されとる。
この自動ドア以外で、出入りに使える場所はねえよ」
次の質問は、苦笑いしながらの否定。
それで、リュウカは思い出す。
そういえば、当時まだ若頭だったカズキ相手に、隠し部屋や隠し通路がぜひ欲しいとダダをこねてみたのだったか……。
そう、まだまだ童子だった江戸時代当時、実際に見た忍者屋敷を再現してみたかったのだ。
そこまで思い出し、リュウカの中で繋がるものがあった。
映像の中で浦井が引いているキャリーケース。
小さな子供という、組長の言葉。
かつての昔、実物の忍者が見せた曲芸のごとき技……。
これら発想の糸口が繋がり、結論を導き出したのである。
「この、キャリーケース……。
お嬢くらいの娘がその気になれば、入り込めるんじゃないかのう?」
リュウカの言葉に……。
組長やシュンだけでなく、集まっていた他の者たちも一斉に画面を注視した。
幸い、浦井という比較対象も共に撮影されているので、大きさをイメージするのに支障はない。
その上で、出した結論は……。
「……できないことは、ないかもしれん」
「いや、絶対に姐さんの推理通りっすよ!
カテキョの先生が、お嬢を連れ去ったに違いないっす!」
あごを撫でながら思案する組長へ、シュンが興奮気味にまくし立てる。
「出しゃばりすぎじゃ、バカタレ。
分からんのは、信頼厚い浦井先生が、どうしてそんなことをしたのか?
そもそも、お嬢本人の協力がなければ、こんなことは難しかろう。
浦井先生が当身で他人を気絶させるほどの使い手か、あるいは人を瞬時に眠らせる薬を調達できる手段でも持っていれば、話は別じゃがな」
そんな若造の頭へチョップをくれてやりながら、思慮深き者たちの考えを代弁するリュウカだ。
「……どうであろうと、計画的な行動に間違いはなかろう。
考えてもみれば、最近こんなキャリーケースなんぞ持って出入りしていたのも、不自然ではあった。
きっと、よそで使う教材でも入れているものと、勝手に考えていたが……」
渋面を深めながら、組長がつぶやく。
ともあれ、こうなったならやることは一つ。
「――浦井先生を探し出せ!
草の根を分けてでものう!」
リュウカの言葉を受けて、シュンたち下っ端はただちに動き始めるのであった。
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