発覚
墨田区一帯を支配下に置く『龍門会』本部である龍門ビルディングの内部には、組を構成する幹部たちの個人的な部屋が用意されている。
これらの部屋は、当然ながら使用する幹部の格によって厳密な待遇差を施されており、より上層のより広い部屋を与えられるべくまい進するのが、同組織内における幹部のあり方であった。
そんな組織の中にあって、最上階へ広々とした執務室を与えられている極道エルフこと矢車リュウカの扱いは、やはり別格であると言うしかない。
何しろ、組の創設時から現在に至るまで、歴代組長の懐刀であり続けているのが彼女。
その上、組織内最強の武闘派幹部でもあるのだから、この待遇に文句を付けようなどという三下は皆無なのである。
では、組内でのステータスたる部屋をリュウカがどのように整えているかといえば、それは和の一言であった。
それも、尋常ならざる渋さ。
何しろ、調度品といえば、現代人には読むことすら難しい掛け軸と、使い古された書見台のみなのだ。
主であるリュウカが、どれほど潔い生き様をしているエルフであるか……端的に物語っている部屋であると言えよう。
もっとも、今は隅にランドセルと通学帽を置いてあるので、現在、部屋の主が聖黒百合学園初等部に通う小学生の身分であることをも、雄弁に物語っているが。
「ふうむ……」
ともかく、そんな室内において、書見台の前へ正座しながら腕組みしていたリュウカが、低く唸った。
彼女が、昼間返り討ちにした鉄砲玉へ向けた眼差しよりも、鋭い目で睨んでいるもの……。
それは、一枚の紙片である。
とはいえ、無論、ただの紙切れではない。
その正体は――学校の宿題。
三時限目、算数の授業で配布されたこのプリントには、先生が精魂込めて考え抜いた本日学習分の応用問題がビッシリと記されていた。
内容の充実ぶりは、教育者を志した者ならば誰もが舌を巻くほどのもので、聖黒百合学園のハイレベルさがうかがい知れる代物である。
それはつまり、寛永17年に亀戸天神で産湯をつかい、令和の世へ至るまで正当な教育を一切受けずにきたリュウカからすれば、全身全霊を込めてかからねばならぬ難敵ということであった。
「……こうか!」
長き思慮の果て、ついに鉛筆を取ってプリントに挑みかかる。
猛烈な勢いで書き記されていくのは、答えを出すに至るまでの計算過程。
プリントの隅に至るまで書き込まれたそれには、よしんば答えを間違っていたとしても努力点だけはせしめようという、侠客と思えぬ浅ましい思考が滲み出ていた。
「ふぅー……。
本日の宿題も、難敵じゃったわ」
どこにもかく要素のなかった汗でべっしょりと濡れた額を撫でながら、充実した笑みになる。
「そろそろ、お嬢も個人授業の終わる時間じゃな……。
ようし! ここは一つ、二人でマリカでもしましょうと誘ってみるか!」
左手首に巻いたイタリア製の腕時計を確かめながら、意気込む。
リュウカがマリオカートで遊びたいだけであろうことは、ピコピコとご機嫌に動くエルフ耳を見れば明らかだ。
「――いざ!」
――ビー!
――ビー! ビー! ビー!
部屋の呼び鈴が鳴らされたのは、リュウカが決然と立ち上がったその時だったのである。
「シュン坊か。
――入れ」
インターホンの操作で、せわしなく呼び鈴を鳴らす若造を迎え入れた。
ドタドタとやかましい足音を響かせて畳の間へ上がってきたのは、みんな大好きドン・キホーテ製派手ジャージに身を包んだグラサン姿の若い衆……。
「リュウカ姐さん! 大変です!」
組長との親子盃は交わしていないものの、清掃などをするため最上階への出入りが許されている部屋住まい――シュンが、逆立てた金髪を振り乱しながら叫んだ。
「おうおう、いつも言っとるじゃろうが。
世の中、本当に大変なことなど、そうそうないとのう……」
うっかり八兵衛を迎える弥七や黄門様の心情とは、このようなものか。
少々粗忽に過ぎる若造を、そう言ってなだめる。
だが……。
「ヒカリお嬢様が、姿を消しました!」
「……そいつは、大事じゃのう!」
この八兵衛が持ち込んだのは、本当に大変なことであったのだ。
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