走れ! リュウカ!
錦糸町の最新若者向けスポットとして、マルイ7階にオープンした『楊國福マーラータン』を挙げない者がいたとするならば、これはもうモグリという他にないだろう。
店内は学校帰りの女子高生など、若く活力に溢れた者たちで常に賑わっており、それぞれ他愛ない会話を交わしながら、自ら選んだ具材で作ったオリジナルマーラータンを楽しんでいるのだ。
「さあ、お嬢!
好きな具材を選ぶんじゃ。
……おお、この姫竹はええのう。
食感がよいじゃろうし、何より面白い」
隣のヒカリに告げながら、リュウカは眼前にズラリと並んだ食材の中から姫竹を選び、手にしたボウルへ入れていく。
「本当にいいの?
おごってもらっちゃって」
ちょっとしたボウリング玉ほどもある半透明なボウルを抱えたヒカリが、おずおずとリュウカを見上げてきた。
だが、視線はそわそわと店内に向けられており、この状況へ興奮していることは明らかだ。
「子供がそんな心配をするもんじゃないのう。
安心せい。
これでもわしは、極道エルフ。
寛永17年に生まれ、亀戸天神で産湯をつかった侠客じゃ。
子供にラーメンを奢るくらいの甲斐性は持ち合わせておる。
支払いなら、任せとけい」
言いながら、愛用のマジックテープ式財布を見せびらかす。
無論、本皮のきちんとした財布も所有しているのだが、いかんせん私立聖黒百合学園初等部のジャンパースカート姿であるため、このような財布でないとしまえないのだ。
「それに、これは詫びも兼ねとるわけじゃから、遠慮されたら困るのう。
悪気あってのことではないとはいえ、お嬢に退屈な生活をさせてしまい、浦井のような奴が付け入る隙を作り出してしもうた。
これからは、こういうガス抜きもしていこうか」
「リュウカちゃん……」
こういう時の素直さは、年相応ということだろう。
ヒカリが、大きな瞳を名前のごとく輝かせる。
同時に、つまらぬ遠慮も消えたようで、食材にトングを伸ばし始めた。
「うん……それじゃあ、遠慮なく選ぶね。
えっと、海老と豚肉と……わ、湯葉もある」
「彩りを考えて、青物も欲しいのう。
チンゲン菜、小松菜、豆苗、色々とある……。
お、もやしは少し入れとこうか。
ふふ、もやしが普及したのは、戦後のことでのう。
物珍しさと安さで、たちまち定番となった。
昔は黒豆のが主体で頭とヒゲもついとったが、これは緑豆でヒゲとかはもいどるのう」
思い思いに、二人で具材を選んでボウルへ入れていく。
これこそが、『楊國福マーラータン』最大の特徴。
無数の食材や麺から好きなものをチョイスし、手にしたボウルへ入れていく。
そして、それを好みのスープでマーラータンに仕上げてもらうのだ。
味、栄養価、エンタメ要素……全てが合一せし一杯であると言って、一切過言ではあるまい。
「麺も色々と種類があるんだ……。
袋の麺もあるんだね! 面白ーい!」
「飲食の店で普通にインスタント麺を使うのは、文化の違いを感じるのう。
じゃが、ここの注意書きによると一定以上の具材を盛っておれば、好きな麺をサービスしてもらえるようじゃぞ?」
「じゃあじゃあ、このイカとかも入れていいかな?」
「おう、どんどん入れい。
わしは、椎茸も追加しとくかのう。
ふふふ……わしがガキだった江戸の昔は、松茸よりも珍重されたもんじゃ」
女二人、やいのやいのと言いながら手元のボウルに食材を入れていく。
この楽しさは、他に見られぬもの。
カスタマイズの面白さというものが、濃縮された時間であった。
が、このように欲望のまま具材を選んでいくと、当然ながら一つの問題が立ち上がってくる。
「ところで、さっきから遠慮なく入れちゃってるけど、本当に大丈夫」
「安心せい、お嬢。
さっきも言ったが、大丈夫じゃ。問題ない。
ちょうどこれで、お互い300グラムくらいじゃないかのう。
100グラム400円じゃし、量的にもこんなもんじゃろう」
自分のボウルを感触で確かめ、同等くらいの分量が収まっているだろうヒカリのボウルも目分量で確認しうなずく。
そう……『楊國福マーラータン』の料金は、ボウルに収められた食材の総重量で決まる。
食材が収まった冷蔵棚の先にはカウンターとレジが存在し、そこの重量計へ乗せることで金額が算出されるのだ。
(ふ……極道エルフに隙はない。
財布の中には3000円も入っとる。
いくらインフレが進んだ世と言えど、女二人のラーメンならば余裕じゃのう)
かつて、リュウカが生まれ育った江戸の時代では、量り売りが一般的に行われていた。
言ってしまえば、リュウカは量り売りガチ勢!
食材を取り過ぎて予算が足りなくなってしまうなどという初歩的なミス、あるはずがないのだ!
「お二人で、合計3965円になります」
「……は?」
しかし、実際にレジで告げられた無情な言葉へ、寛永17年生まれのエルフは硬直することとなった。
嘘じゃろ? と言いたい。
あるいは、なんらかのトリックであると思いたい。
しかし、欲望のまま食材を入れたリュウカとヒカリのボウルは、無情な数値を重量計に表示させていたのだ。
「……お嬢、店員さん。
しばし、待っといてもらってもいいかのう?」
「え?」
「お客様、どうされましたか?」
リュウカの言葉に、ヒカリと店員の双方が不審そうな顔となる。
だが、それに構っている場合ではない。
今のリュウカには、最優先でやらねばならないことがあるのだから。
「ちょっとお金おろしてくるううううううううううっ!」
「ちょ、リュウカちゃ――」
ヒカリの言葉に構わず、矢車リュウカはマルイ錦糸町店を駆ける風となる。
走れ! リュウカ!
ATMは同店内の1階にあるぞ!
そして、こんな時のためにクレジットカードを作るのがオススメだ!
エポスカードなら、マルイでお得に使えるぞ!
お読み頂き、ありがとうございました!




