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極道エルフ ~墨田抗争録~  作者: 英 慈尊


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獄蝗

 ヒカリが幼い頃、リュウカに聞いたことがある。


「いつも調和(ハーモニー)って言ってるけど、他にも種類があるの?」


 ……と。

 その問いに対する答えは明朗快活。

 「ある」というものであった。

 そして実際、その場で見せてくれたのがこの構え――獄蝗(ホッパー)


 そもそも、調和(ハーモニー)という構えは、異世界においてゴブリンなどを相手取るため生み出された格闘術が基となっている。

 通常の格闘技では考えられないほど、低く低く構えるのがその証左。

 そういった種類の怪物は、おおよその場合、人間よりも遥かに背丈が低いからだ。


 では、調和(ハーモニー)におけるもう一つの特徴……円を描くような動きは、なぜ生み出されたのか?

 それは、骨子となっている格闘術の想定している怪物が、群れを成す性質だからであった。

 つまりは、多対一を想定しているということ。


 言うまでもないが、対集団戦において足を止めるということは、そのまま敗北することを意味する。

 単独でより大勢を相手にする場合、常に動き続け、複数からの攻撃を受けないよう立ち回ることこそが肝要となるのだ。

 ゆえに、低い位置で小刻みに動き回り、連撃を叩き込んでいく格闘術が生み出されたのであった。


 ならば、足を止めても問題のない場合……つまりは、一対一の決闘においては、より適した闘法が存在するということ。

 その解こそが、獄蝗(ホッパー)である。

 戦闘スタイルとしての特性は、語るまでもない。

 今この時、一対一の“敵”として不足なしとみなした相手――リー・シンユー相手に披露されるのだから。


「ハハッ。

 ハッタリなんかしてみたって、ダメダメ」


 だが、当のリーは余裕しゃくしゃくといったところ。

 それもまた、当然のことだ。

 なぜなら……。


「そんな極端な片足立ち、とてもじゃないけど戦える恰好じゃないヨ。

 それとも、ボクにスカートの中身を見せつけたいのカ?」


 水場に立つフラミンゴじみたリュウカの構えは、とてもではないが格闘技のそれに見えない。

 そもそもが、あらゆる格闘技において追及されているのが、立っている際の安定性。

 それがゆえに、多くの格闘技におけるファイティングポーズは、低く腰を落としたものが採用されているのだ。

 この獄蝗(ホッパー)というバトルスタイルは、そういった常識に真っ向から歯向かっているといえる。


 だが、忘れてはならない。

 鍛え抜いた武術家というものは、時に常識というものを覆すのだ。


「――シッ!」


 リーの軽口には、付き合うことなく……。

 リュウカが、ただ一本の軸足となっている左足を爆発させた。

 そう、これは爆発という表現こそがふさわしい。


 ――ダアンッ!


 という、徹甲弾じみた衝撃音で廃工場のモルタル床が叩かれ、リュウカの姿が瞬時に消失したのだ。

 では、どこへ消えたのか?

 語るまでもない……。

 対峙するリーの眼前に!


「――ムッ!?」


 即座に反応できたのは、さすが魔界衆の末裔という他にない。

 ドテッ腹めがけて放たれた砲弾のごとき蹴りは、嘴のごとくすぼめた両手で挟み込まれようとしていた。

 この独特な手形による突きが尋常ならざる鋭さを誇ることは、すでに先の攻防で証明されている。

 ゆえに、両側から足首を突いてしまえば、右足首の関節を破壊することすら可能と思えたが……。


「――おおらあっ!」


 それを上回ったのが、リュウカの――技。

 彼女は左足で強くモルタルの床を蹴り、その振動を伝播させることによりリーの両手突きを弾いたのだ。

 中国拳法における発勁と同種の技術。

 大陸の技を習得しているのは、リーだけではない。

 むしろ、寛永17年に生を受け、齢385歳を重ねる今に至るまで研鑽を怠らなかった極道エルフの方こそが、より深く様々な格闘術を習得しているのだ。


「――ゴッホオッ!」


 カウンターを弾いたリュウカの蹴りが、リーの腹に深々と突き刺さった!

 お読み頂きありがとうございます。

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