#極道エルフ の力
割れるというよりは、砕け散る派手な音と共に外からガラス片が降り注ぐ中……。
その人物は、花吹雪を受ける役者のごとき膝立ち姿勢で、廃工場内への着地を決めていた。
清楚なジャンパースカート制服は、どう見てもガラスへの跳び蹴りという危険行為に向いた格好ではないが、本人の技量かあるいは天運か、剥き出しとなっている柔肌には一片の切り傷も存在しない。
さらりと流れる黄金の髪は、着地の勢いで上に流れており、襲撃者が抱えているだろう怒りを思えば、怒髪天を衝くかのごとしである。
同性かつ子供のヒカリから見ても人間離れして整った顔は殺気で引き締められており、今の彼女が聖黒百合学園初等部の生徒ではなく、『龍門会』所属の侠客として行動していることを眼差しの鋭さで表していた。
研ぎ澄まされたドスのように長く鋭い耳がピンと立った様は、彼女を端的に表す異名そのもの。
すなわち――極道エルフ。
矢車リュウカが、ヒカリを救い出すべく参上したのだ。
「――リュウカちゃん!」
「お嬢、無事か。
色々とお説教したいこともあるが、それは後回しじゃのう。
まずは、このクソ共を叩き潰さねばならんのでな」
着地の衝撃など存在しないかのように素早く立ち上がったリュウカが、腰まで届く金の髪をはらう。
300年以上も極道として生きてきた侠客の眼差しは、誘拐犯二人を油断なく見据えていた。
「その様子を見ると、浦井の先生は脅されているとかそういうわけじゃなく、普通に裏切者だったようじゃのう?
いや、表返っただけと言うべきか。
標的の家に仕え、よく働いて覚えもめでたくなったもんが、夜中に裏口を開けて仲間の盗賊を誘い入れる。
江戸の昔から使われとる常套手段じゃ」
これまで見たことがないほどに怒り狂っているだろうリュウカだが、浦井に向けられた言葉は存外に冷静なもの。
「あら、意外。
もっと口汚い言葉でののしってくるかと思ったわ」
それに対し、浦井は悪びれた様子もなく肩をすくめてみせる。
一方、中国男の方は腕組みしながら前に進み出ており、リュウカを迎え撃つつもりであることが見て取れた。
だが、すぐに戦闘が始まらなかったのは、浦井が続く言葉を放ったからである。
「でも、もっと意外なのは、こんなにアッサリとこの場所を特定してきたこと。
自分で言うのもなんだけど、かなり鮮やかにさらったつもりだったんだけど?」
「ふん……これを見るがいい」
当然といえば当然の疑問に対し、リュウカがポケットからスマートフォンを取り出す。
そこに映し出されていたもの。
それは……これは……。
「……犬の写真に見えるヨ。
ダックス? 雑種?」
サングラスをカチャリと鳴らした中国男が、気の抜けた声で聞き返す。
彼が言う通り、そこには白い縮れ毛をした胴長短足の犬がキメ顔で映し出されていたのだ。
ただ、ヒカリはこの犬に見覚えがあった。
「佐藤のおばあちゃんが飼ってる、あんこちゃん?」
「いかにも。
ポメラニアンの母とダックスフンドの父を持つ、その名もあんこちゃんじゃ。
娘夫婦が仕事で地方に転勤して少し落ち込んどった佐藤ちゃんじゃが、このあんこちゃんを飼うようになってからは、すっかり元気になってのう。
毎日、決まった時間に錦糸堀公園で運動させとる。
その姿をスマホで写真に収め、SNSに投稿するのが毎日の楽しみだそうじゃ」
「それは大変結構なことだと思うけど、その写真が……あ」
浦井が間抜けな声をあげたのは、リュウカが画像の隅を拡大したから。
そこには、確かにキャリーケースを大型車の後部座席に放り込む浦井の後ろ姿が映し出されていたのである。
「意図して自分にレンズが向けられたわけでもないと、なかなか気づけまい?
後は、簡単じゃ。
SNSで車種とナンバーを拡散すれば、地元の人間が見つけ出してくれる。
便利な時代になったもんじゃのう」
にやりと笑ったリュウカが、スマートフォンをポケットにしまう。
「ハッシュタグ、ゴクドーエルフだっケ?
SNSで熱心に広報活動してたのが、活きたってわけカ。
江戸時代生まれのくせに、よくやるヨ」
実際、呆れているのだろう。
嘆息した中国男が、しかし、次の瞬間には腰を落とし身構えていた。
ヒカリには捉えられないほど素早い身のこなしにより、戦闘態勢へ移行したのだ。
「ただ、一人で乗り込んできたのは失敗ヨ」
「はっ……。
てめえらみたいな誘拐犯程度に、いちいち手下を呼んではいられんのう」
それを見たリュウカの方も、蹲踞じみた大股開きでしゃがみ込み、両腕を鳥類のように広げる。
これぞ、極道エルフ独自の格闘術。
「矢車流舞闘術――調和」
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