錦糸町のJSエルフ
副都心錦糸町。
副なる都心というその呼び名は、なるほどしっくりくるもの。
街を南北に分断する総武線駅周辺に大型商業施設が建ち並び、さらにそこから10分も歩けば住宅地に辿り着くこの都市構成は、下町と繁華街との合いの子であると言えた。
その錦糸町駅南口……オープンから40年の時を経てなお繁盛を続けているマルイへと至る極太の横断歩道手前は、この街において最も人の密集する場所である。
住宅地への帰路についている勤め人たち。
あるいは、その途中でマルイ地下に存在するジャパンミートへ立ち寄り、業務用サイズの格安肉を買い求めようと考えている者たち。
あえて横断歩道は渡らずに右折し、ずらりと並んだ飲食店やカラオケボックスを楽しもうとする者たち。
そんな彼らを相手に、得体が知れない漫画雑誌やアクセサリを売りつけようとする路上販売者たち。
様々な思惑でごった返したここは、まさに人間の坩堝と呼ぶに相応しい有様なのであった。
そんな場所であるから……。
「――タマとったらあああっ!」
「――往生せいやあああっ!」
「――くたばれやあああっ!」
北口のドン・キホーテで購入したと思わしき派手なジャージへ身を包み、手にはドスを握った者たち――ヤクザの鉄砲玉が混ざっているのは、ごく当然のことと言える。
だが、こやつらが命を取ろうと狙っている相手……それが、尋常な者たちではない。
十数人で固まり歩いている少女たちは、いずれもが清楚なジャンパースカートにきらびやかなローファー姿であり、育ちの良さを感じさせた。
しかも、全員が通学帽を被って真っ赤なランドセルを背負っている……有名私立小学校の生徒たちなのだ。
つまり、この状況は、ヤクザの鉄砲玉が女子小学生を殺害せしめんとしているのである。
なんというこの世の終わりめいた光景か。
すでに世紀末を超えて四半世紀の時を経ているが、大ヤクザ国家たる日本において真の平安はあり得ないのだと分かった。
だが、しかし、この光景は……むごすぎる。
ヤクザが狙っているからには相応の理由があるのだろうが、それにしても、いたいけなる女子小学生がドスの錆になるというのは、あってはならないことであった。
そう、あってはならないこと。
守らねばならない世の道理である。
それを守護する者もまた、存在した。
どこにいるのか?
他ならぬ……狙われた女子小学生たちの中にである。
その娘もまた、ジャンパースカート姿で通学帽を被り、ランドセルもきちんと背負っていた。
しかし、155cmもあろうという身長はやや小学生離れしており、実際、小ぶりではあるが確かに主張するものが、ジャンパースカートのジャンパー部を押し上げているのだ。
腰まで伸びた金髪は、振り向いたその動きでさらりと流れており、その顔立ちはあまりに――可憐。
少女期特有のやわらかさと、魂の気高さが見事に融合しており、青い瞳はいかなる宝石よりも輝いている。
何より最大の特徴は、その――耳。
長く、それでいて鋭い。
まるで、超一流の職人が鍛え上げたドスのような形状をしているのだ。
こんな特徴は、到底、人間に宿るものではない。
――エルフ。
彼女こそ、江戸時代の昔に天海僧が異世界より召喚した異種族の一人なのである。
「矢車ちゃんだ……」
「矢車リュウカちゃん……」
「極道エルフが暴れようとしているぞ!」
彼女を知らぬ者など、この錦糸町界隈に存在するはずもなく、皆がその名と異名を口に出す。
「んっだおらあああああっ!」
「やんのかこらあああああっ!」
「すっぞおらああああっ!」
他の女子小学生たちと共に、人々が輪となって空間を作る中、ドスを構えた鉄砲玉たちが吠えた。
しかし、返しに放たれた極道エルフ――矢車リュウカの大声ときたら、そんな彼らの叫びなどたやすく飲み込み、駅ビル上階の飲食店フロアにまで届くほどだったのである。
「――上等だこらあああああっ!」
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