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第4章 意志の代償

 読者の皆様、お疲れ様でした。 唐突に何をと思われたことでしょう。 本作はこの章以降は作風の「堅苦しさ」を新たなる始まり(第五章のテーマ)より、一新することとなりました。 「堅苦しさ」のレベルを緩和することにより、これまでの章が単なる始まりの前の段階に過ぎないこと、および、これからの物語との区切りを明確にする役割を果たしていくため、今回、作風を変更することとなりました。 作風を物語の途中で変更するのは、いかがなものかと私自身大いに悩みましたが、深い考慮の結果、作家の意図(すなわち何を訴えたいか)が明確にされている部分が存在しているのなら、たとえその後の作風に変化を加えようと、訴え自身には変化がないために、結果として私の「小説とは何かを後世に訴えかけるものでなければならない。 なぜなら、それが人間的であることの証明に疑問を投げかけ、理性の発展を産むからである。」という信条に反していないため、今回作風を変更させていただきました。 

 当サイトに掲載されている作者の方々の作風を視野に含めましても、硬派な文章の方が好きだという方はほとんどいらっしゃらない、と私自身が感じたこともあり、「堅苦しさ」の基準を下げる方針を貫くことをお伝えいたしました。


 廊下を濡れた上履きのまま、ペタペタと音を立てて走っていく女生徒が一人、授業中だというのに、カバン一つ持たぬまま息を切らしていた。


 風に茶色いポニーテールを揺らしながら猛スピードで前へ進んでゆく様は、例えるなら自分のクラスで男子がうわさしていたあだ名、茶色い出来立てポニーテールにそっくりだった。


 私は、もう一度彼に会って話をしなくてはならない。


 私がこうなる前、確かに彼は私に好意を抱いていた。


 一つだけ不思議に思ったことがある。


 男性は皆、顔で女を決めるものだとばかり思っていた。


 だからきつい性格の奥さんでも我慢できるのだと、昔よく父から聞いたことがあった。


 でも、今の私は何?


 性格が悪いからという理由で、そっぽを向かれてしまった。


 彼が人を性格で見る出来た人間だったことは嬉しいけれど、その彼を失った私は二倍の後悔をすることになったんだ。


 「分かってる。」


 私はゆっくりになって、次第に歩みを止めた。


 「現実はいつもこうなんだって。 真実が正しくて、良い方向につながっているなんて、限らない。 一度穴に落ちてしまったら、一生抜け出せないままでいることもある。 だけど、それじゃ…」


 そこにいた潮田は後ろ向きのまま、静かに首をもたげていた。


 何かに集中しているようで、私が声をかけても反応すらない。


 だたその時私が知ったのは、彼のこぶしに、異様な力が入っていたことだった。


 こぶしから感じとれたのは、暴力をふるいたいとかではなく、純粋な悔しさの表れだった。


 「よう、久野。 もう来ないかと思ってたのに…」


 彼は振り向き、上げた手のひらにくっきりと爪のめりこんだ跡のある部分を見せ、私にあいさつした。


 「大丈夫?」


 「さわるなって!」


 びっくりした私は…


 「そう、だよね。 私ってバカだよね。 あんなこと言ってから、のこのこ顔出しに来るんだもん。 ほんと、最低だよね。」


 そう言って目を細め、涙が垂れるのを防いでいるほかなかった。


 「俺はお前の人形じゃない。 まあ、俺の片想いだけど、用がなくなったら捨てるなんて、俺の方こそバカだったよ。 なんでお前なんか好きになったんだ。」


 世の中は何でもそうだ。


 今みたいに裏切りに裏切りを重ねたかたまりが、世の中をつくっている。


 彼はもう何も信じようとはしないだろう。


 信じなくたって、誰も困らない。


 なんといっても現代では皆、個人で城壁をつくっているのだから、悲しむ以前に、これがあたりまえなんだ、そうか、と気づかされてしまう。


 ― 誰も悪くはないけれど、それは誰もが良い人というわけではなかったからだったんだ。 ―


 「もう俺に近づかないでくれ。 ああ、それともうみんな帰ったから、教室のカギ閉めるの、よろしくな。」


 彼はそばにあったロッカーの上に力強く鍵を置いて立ち去ろうとする。


 「帰った? どういうことなの?」


 「俺に聞くなよ。」


 苦笑いをした彼は廊下の角を曲がり、見えなくなった。


 私のせいだ。


 私のせいで、みんないなくなった。


 みんなの後ろにある日常という背景すら、友情というきずなも、学徒の笑みも、机の横に掛っているこまごまとした、大切な思い出の品々すら薄れていった。


 潮田のあの荒い黒短髪も見えなくなって、私はひざを折って床に手をついた。


 「普通じゃないって、どういうことなの?」


 明日を信じて生きていても、もう未来はやってこないのか?


 「私の時計は今日という日で止まったままなんだ。」


 でも、私のしたことは決してバカだったなんて、絶対に思ってやるもんか。


 彼女はついていたキーホルダーごと鍵をわしづかみにして、教室へと続く階段を登りはじめる。


 ものすごい速さで。


 風がのどをかすめ、息が切れる。


 呼吸が続かず、酸欠で足がうまく上がらない。


 それでも…


 ― 「光のように速くなりたかったんだ。 音速を超えた先に、真実が見えると思った私は、必死に光を探している。 探し物は見つかったのかな? 過去に逆流したかったわけじゃない。 心の強さを試したかったんだ。」 ―






 「先、生?」


 ドアを開けた先に待っていたのは、頭を抱えて机にもたれる教師の姿。


 がらんとした空間の中にその男はたたずんでいた。


 「久野か? 笑うなら笑え。 俺は、教師失格だったってことだ。 お前の言うとおりにしたぞ? これで文句ないな?」


 外は昼。


 明るかったはずなのに、ここは夜よりも暗い闇が支配していて、あるはずのない状況が私を苦しめていた。


 「どうした、俺が嫌いなんだろう? もっと喜べ。」


 私は、こんな結末なんて望んでいなかった。


 ただ、現代と違う生き方をしたかっただけだった。


 「どうして、こんなふうになっちゃうの?」


 私のメッセージは学級崩壊という形で返ってきたのだ。


 「あたりまえだ。 そういうはぐれ者は社会で生きられないんだってことを教えるのが俺たちの仕事だ。 お前の言うように、俺が動かないと、だろ?」


 まさか…


 みんなを帰らせたのは、わざとそう仕組んだのは、あんただったのか…


 「あんたなんて、あんたなんて…」


 これだから大人は嫌いだ。


 善人ぶっているくせをして、影でこそこそと笑っているのだから。


 「あんたなんて、いなくなればいいんだーーーーーーっ!」


 腹の底から発した私の怒号は、隣の廊下のかなたまで響き、消えていった。


 「うるさいぞ久野! 俺にはお前をまっとうにする責任がある。 黙って従え! これはいいか? お前のためだ!」


 「ウソだ! うわああああああーっ!」


 「おい久野っ! 暴れるな!」


 倉澤は私の体を抑えつけて、その身を封じようとする。


 「はなして! はなせ変態!」


 「変態とはなんだ! お前のためにやっているのに、その言い草はなんだ!」


 最低だ。


 何もかも。


 泣きじゃくる私はやがて力尽き、教師のされるがままになってゆく。


 さらば、私の尊厳。


 散り際の言葉にしてはどうもしっくりこない。


 もう少し慎重に言葉を選ぶべきだったのだろうか?


 「忘れたのか? これはお前のためだ!」


 「そう言っていれば引っ込みがつくと思っているなんて、本当にあんたのためになるのかよ?」


 突然現れたのは、私を見限ったはずの潮田だった。






 「潮田。 お前にも分からせなきゃならんようだな、ええ? いい機会だ。 時間はたっぷりあるんだぞ?」


 「分からせる? あんたに学ぶことなんて、何もないよ。」


 教師は彼の言葉に、ついに本気になった目つきで怒りだした。


 無理もない。


 ニセモノと偽善、それに暴力でかためた教師という特権の裏にある闇をあばかれ、自分がそれにすがって生きる卑怯な奴だと勘付かれたのだ。


 「先生に向かって、そんな口の聞き方をするんじゃない!」


 「うるせえ!」


 彼は目の前にあった机を力まかせにひっくり返し、それを床にたたきつけた。


 バアアアアン!


 木のフローリングにはいびつなへこみができ、机の中に入っていたいかかわしいグラビア雑誌が数冊飛び出した。


 「久野のためだったら、あんたにできないことだって、俺はできるんだ! いいか、教員もどきが良く聞けよ! 俺は、久野を愛している!」


 私のこと、本気で嫌いになったわけじゃなかったんだ。


 彼はちゃんと分かっていた。


 普通じゃないというだけで、差別しちゃいけないんだって…


 自分のほうこそ、頭の中のもやもやを整理できずにいたことが情けない。


 「久野、大丈夫か?」


 「うん。 でも、私だよ? いいの?」


 ― いいに決まってるじゃないか。 ―


 それが彼の返事だった。


 「誰だお前は! 元いた教室に早く戻るんだ!」


 倉澤の声はもはや稚拙ちせつ恫喝どうかつにすぎず、隆平は全く動じていなかった。


 その彼が、心配ですぐに駆けつけてくれていた。


 「隆平、私…」


 どんなに歯を食いしばったとしても、涙は流れていただろう。


 「久野、来るんだ!」


 不意を突いて、教師の汗ばんだ手が私に伸びてきた。


 「おっと!」


 私の体は教師ではなく、潮田の若い肉体に支えられていて、彼は私ににっこりと笑いかけてきた。


 「スキってなんだろうな? 俺、自分は性格でものを見る人間なんだって、言い聞かせてるだけだってわかった。 変な話だけどさ、好きになった理由がいまいちよく分からないんだ。 こういうのを、若者病って言うんだろ?」


 「世の中には、理屈で解明できないこともある。 何しろ僕は、いや、僕らは普通じゃないからね。」 と隆平。


 「私も、いいと思う。」


 三人は無口だったが、自信に満ちていた。


 「さあ先生、僕たちを罰するなら好きにすればいい。 今、あなたの人間としての高貴さが試されているということをお忘れなく。」


 結局、私たちは二日間の自宅待機を言い渡されたけれど、なんとなく強くなれた気がした。


 隆平のおかげでもあるし、潮田から私に贈られた気持ちがそうさせてくれたと言ってもいい。


 そして、その翌日…


 

 

 次回の更新は28日の予定です。

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