第28話 アテネ、親の名前がわかる。
―― 祝典の朝・王城にて ――
金色の魔道具は、アテネの血を吸い取った瞬間、低く澄んだ音を響かせた。
白銀の光がさらに強まり、広間全体がまるで昼間の太陽に包まれたかのように明るくなる。
レオナルドが、光を放つ魔道具を食い入るように見つめた。
淡く浮かび上がった文字が、ゆっくりと、はっきりと形を成していく。
「……父、リチャード=ファン=フリューゲル……母、エリザベート=ファン=フリューゲル……?」
彼の声は震えていた。
広間のざわめきが一瞬で消え、代わりに静寂が押し寄せる。
誰もが耳を疑い、瞬きさえ忘れてレオナルドを見ていた。
「……え?」
アテネは、今の言葉の意味が理解できず、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くす。
それは――自分が、フリューゲル王国の王女だという証明だった。
魔道具は、親子の血が一致すると名前を表示する仕組みだ。
今回の鑑定は、事前に国王と王妃の血も採取されていたため、結果は覆しようがない。
レオナルドは唇を動かすが、言葉が出てこない。
予想もしなかった結果に、完全に呆然としていた。
次の瞬間――
「ダ、ダイアナ……っ!」
椅子から立ち上がった王妃エリザベートが、真っ直ぐアテネに駆け寄った。
深い青のドレスが床を滑るように揺れ、銀糸のような髪がふわりと舞う。
そして、彼女はアテネを抱きしめた。
「やっぱり……あなたはダイアナだったのね……! 良かった、生きていてくれて……!」
その声は震え、王妃の頬には大粒の涙が次々とこぼれ落ちた。
アテネはその温もりに圧倒され、固まったまま「え、え……?」と困惑する。
「わ、わたしのお、お母様……」
国王リチャードも、重い玉座から立ち上がり、ゆっくりと二人の元へ歩み寄った。
厳格な顔つきの中にも、瞳に熱いものが光っている。
「ここにいる娘は――十九年前、我が王家から誘拐された第一子、ダイアナ=ファン=フリューゲル王女に間違いない。
国王の名において、ここに宣言する!」
その声は堂々と大広間に響き渡り、瞬間、パトラとカテリーニが微笑みながら拍手をした。
それは次第に広がり、やがて万雷の拍手が広間を揺らした。
「国王陛下、万歳!」
「ダイアナ王女、万歳!」
「エリザベート王妃、おめでとうございます!」
歓声と拍手の波の中、アテネはまだ信じられない気持ちで周囲を見渡していた。
王妃はなおもアテネを離さず、泣きながら頬を撫でる。
そんな中――
「……う、嘘よ……そんなの……嘘……!」
震える声が群衆の端から聞こえた。
カミラ=フォン=ハインツベルク侯爵令嬢は、顔面蒼白になり、ふらふらと後ずさる。
その背後から、茶色の髪をきちんと撫でつけた中年の男騎士が現れた。
副団長――エリオット=セブンデイズである。
「カミラ=フォン=ハインツベルク。王妃陛下の祝賀会を妨害した罪で拘束する」
「わ、わたしは違うの! これは――!」
必死に否定するカミラだったが、エリオットは淡々と腕を取る。
「大丈夫だ。形式的な取り調べだ。……まあ、あの幸せそうな王妃様を見たら、ある意味、君は立役者みたいなもんだ」
皮肉とも冗談ともつかない言葉を残し、彼は部下とともにカミラを連れ去った。
広間の空気は再び華やかさを取り戻す。
王妃はアテネ――いや、ダイアナの手を取り、国王の隣へ導いた。
「皆の者、この日を祝おう! 我らが王女の帰還を!」
国王の宣言とともに、楽団が祝いの曲を奏で始める。
天井のシャンデリアがきらめき、花の香りが一層強く漂った。
アテネはまだ、胸の鼓動が落ち着かない。
でも、王妃の手の温もりと、国王のまなざしが――自分が本当に帰る場所を見つけたのだと、少しずつ教えてくれていた。
こうして、アテネ=グレイは、失われた十九年を越えて、ダイアナ=ファン=フリューゲル王女としての本当の姿を取り戻したのだった。




