第27話 アテネ、祝賀会が始まる。
――祝典の朝・王城にて――
レオナルドにエスコートされ、アテネはグラン城の白い石段をゆっくりと上った。
城門の奥には、金色に輝く大広間へと続く回廊が見える。頭上のシャンデリアが朝日を受けて、宝石のように煌めいていた。
「……すごい……」
アテネは思わず息を呑む。
学院の講義で城の構造や歴史は何度も聞いていたが、実際に足を踏み入れると、その壮麗さは別格だった。
「緊張してる?」
隣を歩くレオナルドが、やや悪戯っぽく笑う。
「そ、そんなこと……あります!」
正直に答えると、彼は小さく笑い、「大丈夫だ」とだけ囁いた。
大広間に通される前、アテネは待合室に案内された。
深紅のソファと、壁いっぱいの油絵。窓からは庭園の噴水が見え、時折、城の侍女たちが静かに行き来する。
心臓がどくどくと鳴り続け、三十分が永遠にも感じられた。
そして――
「アテネ=グレイ様、レオナルド=フォン=クロイツベルグ様、会場へ」
扉の外から侍従の声が響き、いよいよ本番だと実感する。
広間に足を踏み入れると、眩しい光と無数の視線が一斉に降り注いだ。
壇上には、金色の王冠を戴く国王陛下と、深い青のドレスに身を包んだエリザベート王妃。
その横に並ぶのは、宰相や重臣たち。
会場には一面、色とりどりのドレスや礼服を纏った貴族たちが集い、ざわめきが空気を震わせていた。
進行役の宰相が、朗々とした声で告げる。
「本日、我らが王国は、ミコノス島での海水を真水に変える装置の発明において多大な功績を挙げられた、アテネ=グレイ嬢、ならびにレオナルド=フォン=クロイツベルグ公爵弟殿に、王家より褒賞を授けるものである!」
その言葉と共に、拍手が広がった。
アテネは緊張の面持ちで前へ進む。
宰相は、ミコノス島でのアテネとレオナルドの活動――魔道具による現地の水不足の解消、これによりほかの場所での水不足も解決する素晴らしい魔道具の発明である――を称え、国王陛下の前にアテネを立たせた。
そして、宝石の輝く勲章が、王妃の手からアテネの胸へと掛けられる。
「よくやってくれました、アテネ嬢」
王妃の微笑みに、アテネは深く頭を下げた。
その瞬間――
「――ちょっと、お待ちくださいませ!」
鋭い声が会場に響き渡った。
視線の先、群衆の間から進み出たのは、クリーム色のドレスに身を包んだ女性。
美しい巻き髪と自信に満ちた瞳。
カミラ=フォン=ハインツベルク侯爵令嬢――以前、レオナルドのお見合い相手だった人物だ。
「アテネ嬢の授賞には、私、異議を申し立てます!」
会場にざわめきが走る。
王妃は少し首を傾げ、静かに問いかけた。
「……なぜです?」
カミラ嬢は、待っていましたと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「そこにいるアテネ嬢は、孤児であり平民の出身です。身元も定かでない者に、王族自ら褒賞を与えるなど、前代未聞ですわ!」
瞬間、周囲から小さな嘲笑や囁き声が漏れる。
「やはり身分が……」
「褒賞は取り消すべきでは」
アテネの胸がぎゅっと縮んだ。
しかし、王妃は穏やかな笑みを崩さなかった。
「……では、アテネ嬢の身元が明らかになればよいのですね?」
カミラ嬢は勝ち誇ったように頷く。
「ええ、その通りですわ。王妃様を騙す愚か者には、その身分を知って後悔させた方がよろしいかと」
その瞬間、レオナルドが一歩前へ進み出た。
「では、アテネ嬢の身元を判定できる魔道具を、この場で使いましょう」
会場が一層ざわつく。
レオナルドは王妃を見やり、低い声で告げた。
「ただし――王妃殿下。私と殿下が従妹という縁をもって、ひとつお願いがございます。もしアテネ嬢の親に罪があったとしても、その責任を彼女に負わせないことをお約束いただきたい」
王妃の表情が一瞬だけ硬くなり、やがて静かに頷いた。
「……よろしいでしょう。アテネ嬢の親が何であれ、罪は子に及ばないと、ここに約束いたします」
その言葉に、会場の一部は不満げに眉をひそめたが、誰も反論はしなかった。
カミラ嬢は不快そうに唇を尖らせる。
しかし、もはや止める者はいない。
レオナルドが命じると、大広間の入口から金色の魔道具を持った助手が入ってきた。そして、アテネの前に差し出した。レオナルドはアテネを見て優しく告げる。
「アテネ、指先から一滴、血を垂らして」
アテネは小さく頷き、指先に針を当てる。
赤い雫が容器に落ちると、魔道具が淡い光を放ちはじめた。
やがて、その光は徐々に強まり、白銀の輝きが広間全体を包み込む。
「判定結果が出ます――」
レオナルドの声が響き、全員が息を呑む。
――アテネ嬢の身元は――
光が頂点に達し、次の瞬間、結果が映し出されようとしていた。
そこで場面は途切れる。
広間は、これ以上ないほどの緊張に包まれていた。




