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【わたしの母は誰なの?】婚約破棄された孤児のアテネは、魔道具屋の息子と結婚しなくなったので魔法学院に進学することにした。  作者: 山田 バルス


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閑話1 エリザベート編 アテネ=グレイについて

―― 王城・王妃執務室 ――


 大きな窓から差し込む午後の光が、机の上の書類をやわらかく照らしていた。壁際には本棚が並び、整然とした執務室の空気は、外の賑わいとは別世界のように静かだ。

 その中心で、エリザベート=ファン=フリューゲル王妃は羽ペンを置き、深く息をついた。十九年前の記憶――あの日の痛みは、今も鮮やかに蘇る。


 十九年前。

 エリザベートは第一子、ダイアナを出産した。だがその喜びは、ほんの数時間で絶望に変わった。出産直後の混乱の中、赤ん坊は忽然と姿を消したのだ。

 犯人はアンジェリーナ――かつて王の側室だった女。王妃の立場と幸せを妬み、侍女のアテネ=グレイを使って、産まれたばかりの赤ん坊を連れ去らせた。


「…あの時の私は、何もできなかった」

 王妃は独り言のように呟く。

 やがて真相は明らかになる。アテネ=グレイは、赤ん坊を川に捨てるよう、見知らぬ女に銀貨一枚で依頼していた。

 そして、証拠隠滅を図ったアンジェリーナは、侍女を口封じのために実家の手で暗殺。だが計画は王家に露見し、アンジェリーナとその一族、さらに彼女の実家であるグレイ伯爵家は歴史から抹消された。


 ……それでも。

 娘の行方だけは、わからないままだった。

 普通なら、川に投げ込まれた赤ん坊が生き延びるはずはない。だが、エリザベートは信じ続けた。

 ――私の娘は生きている。絶対に。


 やがて第二子の王子、第三子の王女が生まれ、王族の生活は平和を取り戻した。それでも、エリザベートの胸からダイアナへの想いが消えることはなかった。

 そんな折、エリオット=セブンデイズ副団長から、奇妙な報告が入る。


「陛下、ある冒険者が、アテネ=グレイについて調べています」


 その名を聞いた瞬間、王妃の手が止まった。十九年前の悪夢が再び胸を締め付ける。

 エリオットの案内で向かった騎士団の取調室で、トミー=クルールという冒険者から信じられない話を聞かされる。

 ――十九歳の少女がいる。アテネ=グレイと深く関わりがあり、その素性は不明。


(十九歳……? もしや……)


 確証はない。アテネ=グレイという名などよくある名前だ。だが、王妃の確認してみたかった。もしかすると、その少女こそ、失われた娘――ダイアナだったらどんなに良いことか。


 だがすぐに会うことは難しかった。身元はトミー=クルールから聞いてベル=グラン魔術学院の生徒だと知った。そして、彼女の確認をしたところ銀髪であることがわかった。自分と同じ髪色。もしかして、という希望を抱いた。

 王妃は、慎重に、そして確実に少女と会う方法を考え続けた。王妃が突然、学院に訪問し、アテネ=グレイに会い、もし、娘でなかった時、彼女に迷惑がかかってしまう。


 そんなある日。

 机に積まれた報告書の中に、一つの目を引く文書を見つける。


「……ミコノス島で、海水を真水に変える魔道具を発明……?」


 発明者はベル=グラン魔術学院の十九歳の女生徒。その名は――アテネ=グレイ。


 王妃の心臓が大きく脈打った。偶然か、それとも運命か。

 もしこのアテネ=グレイが、あの少女であれば……そして、本当にダイアナなら……。


「エリオット!」

 王妃はすぐに副団長を呼びつけた。

「この発明者を王城に招き、祝賀会を開きます」


 エリオットは一瞬驚いたが、王妃の瞳の奥に宿る決意を見て、口を閉じた。

「承知しました」


 近くにいるメイド長に向けて指示を出す。

「シモンヌ、レオナルド=フォン=クロイツベルグに連絡を。そう、わたしの従弟のレオナルドです。最近、レオナルドとミコノス研究所で開発した『親子判定の魔道具』を準備するようにと伝えて」


 王妃はためらわなかった。これで、アテネ=グレイの身元がわかる。自分のこの十九年越しの答えを得る唯一の機会だと分かっていたからだ。


 計画は急ピッチで進んだ。宰相を通じて、学院へと正式な招待状が送られ、王城は祝賀会の準備に取りかかる。

 王妃の胸は高鳴り、そして不安で締め付けられていた。


(もし彼女が、ダイアナでなかったら……)

(もし彼女が、私を拒絶したら……)


 答えが出るまでの数日間、王妃は夜ごと眠れぬ時を過ごした。

 メイド長シモンヌもまた、その横顔を見守りながら、王妃の覚悟を悟っていた。


 そして――招待状を受け取ったアテネ=グレイが、王城に向かう日がやってくる。

 青空の下、王城の尖塔がきらめき、門の前には多くの兵士と使用人たちが並ぶ。

 そのどこかで、王妃は彼女を待っている。


 十九年という時を超え、母と娘――かもしれない二人が、ついに顔を合わせる瞬間が迫っていた。

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