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【わたしの母は誰なの?】婚約破棄された孤児のアテネは、魔道具屋の息子と結婚しなくなったので魔法学院に進学することにした。  作者: 山田 バルス


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第24話 アテネ、ミコノス島での功績で祝賀会に招かれる。

―― 祝典の招待状 ――


 ベル=グラン魔術学院の女子寮。

 夜の帳が降り、廊下には魔石灯のやわらかな光が並んでいた。


 自室のベッドに腰を下ろしたアテネは、両手で顔を覆っていた。

 胸の奥に広がるのは、さっきまで抑えていたはずの痛み。

 レオナルドの言葉も、あの温かな手の感触も、今は胸の奥を鋭く刺す。


 涙はもう止まったはずだったのに、少し動くだけで、じわりと視界が滲む。


 ――コン、コン。

 控えめなノックの音がした。


「……はい」

 返事をすると、扉の向こうから寮監のエリザおばさんの声が響く。

「アテネさん、学院長室まで来てください。今すぐです」


「えっ、こんな時間にですか?」

「ええ。学院長直々の呼び出しです」


 胸の奥が少しざわつく。

 こんな夜に呼び出されるなんて、何か悪いことでも……?


 銀色の髪を軽く整え、制服の上にショールを羽織って廊下に出る。

 石造りの廊下はひんやりとしていて、歩くたびに靴音が小さく反響した。


 学院長室の扉を叩くと、すぐに「入りなさい」という声が返ってきた。


 重厚な扉を開けると――そこには、学院長だけではなかった。

 革張りのソファには、見知らぬ男性二人。

 一人は羽根飾り付きの帽子をかぶった新聞記者らしき人物、もう一人は王家の紋章を胸に刻んだ制服姿の青年だった。


「アテネ=グレイさんですね?」

 王宮の使者が一歩前に出る。

「あなたに、国王陛下からの祝辞があります」


「しゅ、祝辞……?」


 隣の新聞記者がカメラを構え、カシャリと音を立てた。

 その瞬間、アテネは小さく肩をすくめた。


 学院長が満面の笑みを浮かべて言った。

「アテネさん。ミコノス島でのあの装置のことですよ。海水から真水を作り出し、島の人々を救ったという――あれが、ついに記事になるんです!」


「えっ……」

 アテネの脳裏に、あの海辺での光景が蘇る。

 干上がった井戸、水を求めて並ぶ子どもたち。

 あの時、必死に試作機を改良して――初めて真水が出た瞬間の笑顔。


 新聞記者が感嘆したようにメモを取りながら続ける。

「現地の村長さんが王都に報告を出しましてね。『アテネ嬢が設置した魔道具で、島全体が救われた』と」


 王宮の使者は厳かに告げた。

「その偉業を称え、王城で祝典が開かれます。国王陛下、王妃陛下もご臨席されます」


 アテネはぽかんと口を開けたまま、次の言葉を聞き逃しそうになった。

「……あの……わたしが、王城に?」


「ええ。正式な式典ですから、正装でご出席ください。そして……」

 使者は、少し声を落とした。

「あなたは一名、エスコートを選ばなくてはなりません」


 その言葉に、アテネの心臓がひときわ大きく跳ねた。


 ――エスコート。

 そう聞いて、真っ先に浮かんだのは、レオナルドの顔。

 だけど、あの夜のことを思い出すと、胸が締めつけられて呼吸が浅くなる。

 さすがに今、彼と並んで祝典に行くなんて……無理だ。


「学院長……女性をエスコートにしてもいいんですか?」

 アテネは恐る恐る尋ねた。

 学院長は少し考えてから、微笑んだ。

「前例は少ないですが、問題はありませんよ。カテリー二嬢やパトラ嬢でも」


 頭の中で、カテリー二の琥珀色の瞳と凛とした横顔が浮かぶ。

 でも――あの人は忙しいし、何より、これは自分を支えてくれた誰かと喜びを分かち合う機会だ。


(……そうだ)


 アテネは、胸の奥がふっと温かくなるのを感じた。

 ――まだ会ったことはないけれど、ずっと自分を支援してくれた後見人のおじいさま。

 孤児だった自分に学び舎と夢を与えてくれた人。


 支援の結果が、今こうして形になったのだ。

 この喜びを、誰よりもおじいさまと分かち合いたい。


 学院長と王宮の使者に頭を下げ、部屋を辞した後、アテネは足早に自室へ戻った。

 机に向かい、便箋を広げる。


――おじいさまへ。


 お元気でしょうか。

 今夜、驚くべきお知らせがあります。

 わたしはミコノス島で作った真水生成装置の功績により、王城の祝典に招かれることになりました。

 この成果は、おじいさまがわたしを支えてくださったからこそ生まれたものです。


 祝典では、一人だけエスコートを選ぶことになっております。

 もしお時間が許すのであれば、ぜひおじいさまにお願いしたいのです。

 共にこの日を迎えていただければ、わたしは何よりも嬉しいです。


 ご返事を楽しみにしています。


 便箋を丁寧に折り、封蝋を押す。

 差し出す手紙は、ほんの少しだけ震えていたけれど、その表情は――さっきまでの涙とは違っていた。


 窓の外には、王都の夜景がきらめいていた。

 アテネの胸にも、まだ小さな灯火が残っているのを、確かに感じた。

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