閑話5話 トミー編、アテネ=グレイの謎
―― 王城・騎士団取調室 ――
トミー=クルールが目を覚ましたとき、目に飛び込んできたのは、灰色の石壁と一本の小窓から差し込む淡い光だった。
背もたれのない椅子に座らされ、目の前には木製の机。机の向こうには、茶色の髪をきちんと撫でつけた中年の男が腕を組んで立っていた。
「目は覚めたか、トミー=クルール」
低く落ち着いた声。
声だけで分かった。騎士団の副団長、エリオット=セブンデイズだ。
「……エリオットか。いや、エリオット“副団長”って呼ぶべきか」
「呼び方はどうでもいいさ。……仲間が、少しやりすぎたな。治療はしておいたが、あの件はかなりの重要案件だった。失敗は許されなかったからな」
トミーは片眉を上げた。
頭にまだ鈍い痛みが残っている。けれど、こうして話せるなら命までは取られない……少なくとも今は。
「さて――トミー=クルール。お前は何を調べている?」
直球だった。
相手が副団長と知っている以上、全部ごまかすのは無理だと悟る。
「……依頼主から頼まれたんだ。二十年ぐらい前に王宮で働いていた、アテネ=グレイって女について調べてほしいってな」
「依頼者は誰だ?」
「それは――死んでも言えない。依頼主に迷惑をかけることはできない」
エリオットは眉をひそめる。
だが、トミーは続けた。
「ただ、条件付きなら話せるかもしれない」
「素直だな。……よし、こうなったら依頼内容だけ聞こう」
「依頼はこうだ。――王宮に勤めていたアテネ=グレイと、当時交際していた人物は誰なのか。それが知りたいと」
「ほう……そういう方面か。で、調べてどうだった?」
「……アテネ=グレイは子供を産んでいた。その相手は誰なのか、そこが焦点だった」
エリオットは首を傾げた。
「おかしいな。当時、俺はもう騎士団に所属していたし、彼女を見かけたこともあるが……妊娠しているようには見えなかったぞ」
「じゃあ――バレる前に退職したんだろう」
だがエリオットはすぐに首を横に振る。
「それはおかしい。彼女は退職して三か月後には亡くなっている。出産なんてできるはずがない」
トミーは息をのむ。
「……じゃあ、あの赤ん坊は誰の子だっていうんだ?」
その一言に、エリオットの目が鋭く光った。
「赤ん坊……? ま、まさか……アテネ=グレイが誘拐した赤ん坊か?」
「……は?」
今度はトミーが目を見開いた。
その可能性は、まったく考えたことがなかった。
「まさか、誘拐した子供を……捨てる? いや……」
エリオットは腕を組み、低く問う。
「その赤ん坊は……生きているのか?」
トミーは、ためらいながらも頷いた。
「ああ。今は……十九歳になったばかりだな」
その瞬間、エリオットの声が一段低くなった。
「……話せ。どこにいる?」
「条件次第だ。そちらの条件次第だ。もし彼女に危害が及ぶなら、死んでも話せない。ただ……あんたの様子だと、彼女の味方のように見える。だから、彼女にプラスになるなら話す」
短い沈黙の後、エリオットは頷いた。
「わかった。ただ、この先の話は私の一存では決められん。……上に確認してくる」
そう言い残し、取調室を出ていった。
――一時間後。
廊下の向こうから、慌ただしい足音と、女性の落ち着いた声が近づいてきた。
扉が開かれ、エリオットが先に入る。後ろに続いたのは――
「……っ!」
トミーは目を見開いた。
そこに立っていたのは、銀糸のような髪を優雅に結い上げた女性。深い青のドレスに、王家の紋章が光るブローチ。
「……エリザベート=ファン=フリューゲル……陛下……?」
この国の現王妃、その人だった。
王妃は静かに微笑むと、トミーの正面に腰を下ろした。
「初めまして、トミー=クルール。あなたが調べていること……私も知りたいのです」
柔らかい声だが、その瞳の奥には、鋭い光が宿っている。
「話してくれませんか。――その“十九歳の少女”のことを」




