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【わたしの母は誰なの?】婚約破棄された孤児のアテネは、魔道具屋の息子と結婚しなくなったので魔法学院に進学することにした。  作者: 山田 バルス


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第20話 アテネ、レオナルドのお見合いを知る


―― 夏の終わり、新学期の始まり ――


 王都に戻ってきた朝、アテネはまだほんのり潮の香りが残る風を胸いっぱいに吸いこんだ。ミコノス島での出来事が、まるで昨日のことのように鮮やかに思い出せる。あの青い屋根と白い町、そして――レオナルドと交わした約束。


 ベル=グラン魔術学院の白い大理石の外壁が朝日にきらめく。夏休みが終わり、広い中庭には久しぶりに生徒たちの声が響いていた。


 高い尖塔の下、アテネは目立つ金髪を探す。


「アテネ!」


 琥珀色の瞳を輝かせ、三つ編みを揺らしたカテリー二が駆けてくる。そのすぐ後ろには、涼やかな青髪のパトラも歩いていた。


「ひさしぶりです!」

「ひさしぶり、アテネ」


 三人は再会の喜びを込めて抱き合った。夏休みの話題は、もう我慢できないほど胸いっぱいだ。


「そういえば、パトラさんの別荘はどうだったの?」

「パトラとの別荘は、すごい思いでになったわ、次は絶対に一緒に行きましょうね」


 アテネは同意するように小さく頷く。パトラが微笑んだ。


「どんなところだったの?」

「そうね、イラクリオン家の避暑地は、高原の湖のそばにあって、とても涼しい場所なの。昼は風が気持ちよくて、夜は満天の星」


 カテリー二が頬を染めて、ちらりとパトラの方を見た。

「それでね……ロドス様も来てくださったの」


 ロドス=イラクリオン――パトラの兄であり、騎士団に所属する寡黙な青年。その名を出した瞬間、カテリー二の表情がふわりとやわらいだ。


「まさか……」アテネは小さく目を見開く。


「そうなの。ロドス様と……その……」

 カテリー二は少しだけ声を落とし、けれど嬉しそうに続けた。

「恋人同士になりました」


 パトラまで嬉しそうに笑う。

「それだけじゃないわよ。わたしもギルベルト様と……」


「えっ!」

 アテネは両手で口を覆った。

 ギルベルト=トリカラ、王都騎士団の若い騎士で、快活な笑顔の持ち主だ。


「湖でボートを漕いでくれたの。最初は揺れて怖かったけど、途中から楽しくて……気づいたら、こんな関係に」


 カテリー二もパトラも、恋の話をするときの表情がとても柔らかい。アテネの胸にも自然と温かさが広がった。


「ふふ、実は……わたしも」

「えっ、まさか叔父様と?」

 カテリー二が目を丸くする。

「はい」

 アテネは照れくさそうにうなずく。

「ミコノス島で……」


 旅先での出来事、村の打ち上げ、そして夜の別荘でのことを話すと、二人は声をそろえて

「きゃー!」

 と弾けるような声をあげた。


「まさか叔父様が……あの研究しか興味がない変人で、恋愛は二の次って思ってたのに!」

「きっとアテネさんだからですよ」


 笑い声が、白い回廊に響く。新学期の始まりにふさわしい、軽やかな時間だった。


     ◇ ◇ ◇


 それから学院生活は、あわただしくも順調に進んだ。魔道具の実習、座学、図書館での調べ物……アテネはレオナルドとの約束を胸に、授業にも一層熱が入った。


 カテリー二は恋人になったばかりのロドスと、休日には王都の庭園を歩くことが多く、パトラは騎士団の訓練場でギルベルトと会っていた。三人とも恋も学びも充実していて、互いに励まし合いながら日々を過ごしていた。


 そんな日々が二週間ほど続いたある日の午後――。


「アテネ、ちょっといい?」


 中庭のベンチでノートをまとめていたアテネのもとに、カテリー二が落ち着かない様子でやってきた。


「どうしたの?」

「……ちょっと信じられない話なんだけど」


 カテリー二は小声で続けた。

「叔父様に――お見合いの話が来てるの」


「……え?」


 心臓が一瞬で早鐘を打つ。


「クロイツベルグ家の長兄……つまり公爵であるお父様がね、そろそろ身を固めろって、強く勧めているらしいの。相手は由緒ある侯爵家の令嬢。しかも話が急で、もう日取りまで決まりそうなんだって」


 アテネは息をのんだ。ミコノス島で交わした言葉が、遠く霞んでしまうような感覚。


「それ……レオナルドさんは……」

「反対してるみたい。でも、家同士の事情が絡むと、本人の意思だけじゃどうにもならないこともあるの」


 カテリー二の言葉が重くのしかかる。アテネは、握った手のひらがじっとりと汗ばむのを感じた。


――相手は侯爵家令嬢、それに比べて自分は孤児である。アテネの心は失望で溢れていた。わ、わたしでは駄目なの――それでも彼を失いたくない。だから、な、何か行動しないと。


 そう思った瞬間、アテネの胸の奥で、旅立ちの朝に誓った決意が静かに燃え上がった。


 お見合いの詳細は、まだわからない。けれど――次に動く時はすぐそこまで迫っていた。

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