表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【わたしの母は誰なの?】婚約破棄された孤児のアテネは、魔道具屋の息子と結婚しなくなったので魔法学院に進学することにした。  作者: 山田 バルス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/43

第19話 アテネ、レオナルドとの恋

旅立ちと魔道具師の誓い

 ミコノス島の夜は、ふだん静かだった。

 だけどこの夜だけは、特別だった。


 村の広場で行われた小さな打ち上げは、島にとって、そしてアテネにとって、大切な一日を祝う場になった。

 子どもたちは花火のように走りまわり、大人たちは笑いながら飲み物を手に語り合う。


 アテネの作った《シレーネ》が村に水をもたらしたこと。それは、ただの便利な道具以上の意味を持っていた。島に住む人たちにとっては、未来を変える光のように感じられたのだ。


「はい、これ、レモン入りのサングリア。少しアルコール入ってるけど、飲んでみな」


 村の女性がアテネにグラスを手わたす。

 夕日色の飲み物は、氷と果物の香りに包まれて、きらきらと光っていた。


「……おいしそう。いただきます」


 アテネはグラスを軽く持ち上げて、そっと口をつけた。


 甘くて、すこしだけ苦くて、でも飲みやすかった。


「アテネ、こっちにもあるぞ。こっちは島のぶどう酒らしい」


 レオナルドも、すでに少し顔が赤くなっていた。彼もまた、村の人たちにすすめられた飲み物を楽しんでいた。


「ふふっ、なんだか……あたまがフワフワするかも……」


「それ、完全に酔ってるな」


 二人はグラスを合わせて、笑い合った。


 火がともされた広場で、ふいに風が吹いた。アテネの髪がさらりと揺れて、月の光に透けた。レオナルドは思わずその横顔に目を留めた。


 魔道具を前に真剣な顔をしていた彼女とは違う、やわらかな表情。

 その一瞬、何かが胸に触れた気がした。


     ◇ ◇ ◇


 パーティーの後、二人はふらふらと夜道を歩いて別荘へと帰ることになった。

 海風に吹かれながら、狭い石畳の道を進む。


「ねぇ、レオナルドさん。こっちで合ってる?なんか、見たことない壁がある……」


「うーん……たぶん……こっち……いや、まてよ?」


 二人とも、すっかり酔っていた。


 何度か道をまちがえ、笑いながら戻り、ようやく別荘にたどりついたころには、もう星が空いっぱいに広がっていた。


     ◇ ◇ ◇


 部屋に入ると、アテネはソファにばたんと倒れこんだ。


「つかれたぁ……」


「だろうな。飲んだし、歩いたしな」


 レオナルドはキッチンから水を持ってきて、アテネに渡す。


「はい、魔道具師様。水をどうぞ」


「う……ありがとうございます……」


 アテネは水を飲み干して、息をついた。

 そしてしばらく、二人は何も言わずにただソファに並んで座った。


 時計の音すら聞こえない静けさ。けれど、落ちつかない気持ち。


「レオナルドさん」


「ん?」


「……ありがとう、いろいろ。私、ここに来るまで、ずっと魔道具を“命令されたから”作ってた。でも、ここでは……“自分の意志”で作れた」


 アテネの目が、うるんでいた。

 レオナルドは、黙ってそれを見つめた。


「人の役に立てるって、こんなにうれしいんだね」


 その声は、ほとんどささやきのようだった。


 レオナルドは、ふいにそっと手を伸ばした。

 ためらいながら、でも確かに、その手はアテネの手に触れた。


 アテネは驚いて、顔を上げる。


「……レオナルドさん……?」


「アテネ。ずっと思ってた」


 レオナルドの声は、いつもより少しだけ低くて、まっすぐだった。


「最初は、お前の才能がすごいって思ってた。でも、それだけじゃなくて……努力する姿とか、人の気持ちに気づいて泣いたり笑ったりするところとか……見ていて、心が動いた」


「え……?」


「お前が、好きだ」


 短くて、強い言葉だった。


 アテネは何も言えなかった。

 でも、胸の奥が、熱くなっていくのを感じた。


「お酒のせいかもだけど……私も、なんか……レオナルドさんのこと、最近ずっと気になってて……」


「うん、たぶん俺も酔ってる。でも、今だから言える気がするんだ」


 二人は見つめ合った。

 そしてゆっくりと、手と手が重なり、心もそっと寄りそっていく。


 誰もいない夜の部屋で、ふたりの間に、静かでやさしい時間が流れていた。


     ◇ ◇ ◇


 翌朝、アテネは目を覚ますと、少し頭が重たかった。


「……飲みすぎた……でも……」


 心は不思議とあたたかくて、昨日のことが夢じゃなかったとわかっていた。


 ベランダに出ると、レオナルドが海を見ながらコーヒーを飲んでいた。


「おはよう。少しは回復したか?」


「はい。おはようございます」


 アテネはとなりに座って、朝の海を見つめた。


 白い波がきらきらと光っている。


「レオナルドさん、私……決めました」


「何を?」


「もっといろんな町に行って、困ってる人たちを魔道具で助けたい。今回みたいに。誰かの生活のために作る魔道具師になります」


 レオナルドは笑って、うなずいた。


「その時は、俺もとなりにいていいか?」


「はい。……一緒に、行きましょう」


 その言葉に、レオナルドは小さくうなずき、アテネの手を握った。


 ミコノス島の朝日が、ふたりを静かに照らしていた。


     ◇ ◇ ◇


 そしてその日、アテネは村人たちに見送られながら、ミコノス島を出発することになった。

 小さな船の上で、アテネはもう一度、島を振り返る。


 白い町と、青い屋根、そしてあの風車が、ゆれるように見えた。


「ありがとう、ミコノス。また必ず戻ってくるよ」


 そしてアテネは、新たな旅へと出発した。

 大切な人とともに、本当の意味での一歩を踏み出すために――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ