第17話 アテネ、魔道具作りで島を駆け巡る
――海から、水を――
次の日、朝の陽ざしが部屋に差し込むと、アテネはぱちりと目を開けた。
「……よし!」
昨日の夜、星空の下で誓ったこと。それをすぐにでも形にしたくて、アテネは飛び起きた。鏡に映る自分に気合いを入れて、ノートとペンを手に取り、ダイニングへ。
そこには、もうレオナルドがコーヒーを飲んでいた。
「おはよう、アテネ。ずいぶんと気合いが入ってるね?」
「おはようございます。あの……水のことなんですけど」
「うん?」
アテネは椅子に座るなり、真剣な顔で言った。
「島の水不足、なんとかしたいんです。できれば、特別な材料を使わずに、今あるものだけで。魔道具で、何かできないかなって……」
しばらくレオナルドはアテネの顔を見ていたが、やがて、ふっと優しく笑った。
「いい目をしてる。じゃあ今日は、調査日だね」
「はい!」
◇ ◇ ◇
それからアテネとレオナルドは、島中を歩き回った。
まずは村の水事情を調べるため、給水所や貯水タンクを訪ねた。
島民たちは親切で、観光客ではなく「魔道具の研究に来ている学生」だと分かると、色々と教えてくれた。
「昔はもっと雨が多かったけど、最近は全然降らないのよ」
「貯水槽は限界があるし、井戸水も塩分が多くて飲めないの」
「だから毎年、船で本土から水を運んでもらってるんだ」
……やはり深刻だった。
その足で、村の裏山や海辺にも足を伸ばした。古い倉庫、廃材置き場、太陽に焼けたパイプや、使われなくなった金属板――アテネは、目に映るものすべてを魔道具の材料として見ていた。
「なるべく島にあるもので、コストをかけずに……そして、継続的に水が作れる方法……」
「アテネ、何かひらめいた?」
「……まだ、です。でも、何かが引っかかってて」
そのときだった。村の老人と話していたレオナルドが、ふと振り返った。
「そういえば、この島って昔は火山島だったって知ってた?」
「えっ、火山?」
「今は活動してないけど、地中にはまだ地熱があるはずだよ。実際、こっちの裏山の岩肌からは、ほんのり暖かい空気が出てるところがある」
アテネの中で、何かがピタリとはまった。
「地熱……あっ、そうか、そういうことか……!」
「どうした?」
「海水を、熱で蒸発させて、蒸気だけ集めて冷やせば――それって、真水になりますよね?」
レオナルドの目が輝いた。
「そうだよ。それは“蒸留”の原理だ」
「だったら、地熱で海水をあたためて、その蒸気を集めて冷やせば、飲める水が作れる……!」
アテネはその場でノートを取り出して、夢中でスケッチを始めた。
◇ ◇ ◇
その夜、別荘のテーブルには紙やペン、古地図や部品のメモがずらりと並んでいた。
「この部分に、熱を集めるための魔道具を入れます。“火晶石”の小片があれば、地熱と組み合わせて十分に熱を作れます」
「それなら、村の鍛冶屋が古いのをいくつか持ってたはずだよ」
「そして、この部分で海水を温めて蒸発させて……この導管で蒸気を冷やして、タンクに真水を集めます」
アテネの言葉に、レオナルドは何度も頷いた。
「冷却用の金属パイプは、廃屋から取ってこれそうだ。あと、魔力制御陣を小さく刻んで、この結晶板に彫れば自動制御もできるな」
「そうです、ここに制御ルーンを彫って……!」
二人は、まるで時間を忘れてしまったかのように熱中していた。
◇ ◇ ◇
翌日も、その次の日も。
朝から晩まで、アテネとレオナルドはミコノス島のあちこちを歩いた。
村の倉庫から古いポンプを探し、海辺の岩場で地熱の出口を調査し、使える部品を磨いては魔法制御盤に組み込んだ。
作業の合間には、魔道具の話に花が咲いた。
「制御魔法陣って、最近は直感型の方が流行りだけど、私はやっぱり数式型が好きなんですよ」
「君、やっぱり古風なとこあるね。でも、職人肌の魔道具師にはその方が向いてる」
「レオナルドさんは昔、どんな魔道具作ったんですか?」
「一番最初に作ったのは、目覚ましの魔法ベルだったな。鳴るたびに魔力がちょっとだけ飛んでって、妹にすごく怒られた」
「わはは、それ、ちょっと欲しいかも……!」
二人の笑い声が、島の夕暮れに溶けていく。
◇ ◇ ◇
ついに設計図が完成した。
名前は――《蒸気採水機:シレーネ型》。
「これなら、島にある材料だけで作れるし、維持も難しくないと思います」
「うん。あとは実際に作って、動作確認だね」
設計図の中央には、アテネが丁寧に書いた魔力制御陣の模様が描かれていた。
レオナルドはその図を見つめながら、ぽつりと言った。
「やっぱり、君の魔道具は生きてるね」
「えっ?」
「技術だけじゃなくて、ちゃんと人の生活を見て、必要なものを形にしようとする。そういう魔道具は、ちゃんと人の心にも届くんだよ」
アテネは照れくさくなって、でもどこか誇らしげに笑った。
「……そうだったら、うれしいです」
こうして、アテネの新たな挑戦――「水を生み出す魔道具」づくりが、始まった。
それは、ただの勉強でも、観光でもない。
魔道具師として、初めて“誰かの役に立つ”という実感を手にした、そんな特別な時間だった。
 




