第13話 アテネ、期末試験と夏休みの予定
―― 期末試験、そして夏の計画 ――
季節は少しずつ、夏の気配をまといはじめていた。
ベル=グラン魔術学院の窓から見える空は、青く、どこまでも高い。中庭の噴水は涼しげな水音を響かせ、制服姿の生徒たちは、その前を足早に通り過ぎていく。
「……はぁ、やっぱりテスト前って、みんな目つきが違うよね」
図書室の一角。アテネ=グレイは魔道具理論の教科書を開いたまま、思わずため息をもらした。
「気持ちはわかるけど、あなたもさっきから同じページ見てない?」
向かいの席で本を読んでいたパトラ=イラクリオンが、苦笑を浮かべる。
「えっ……あっ、ほんとだ……!」
慌ててページをめくるアテネ。銀色の髪がふわりと揺れる。
「まったく。あれだけ研究所ではしゃいでたのに、肝心のテスト前になって集中力がふっとぶなんてね」
「うう……それ言わないでください……」
そのとき。
「ふふ、アテネらしいわ」
優雅な声とともに、カテリー二=フォン=クロイツベルグがやってきた。今日は深い紺色のワンピースに金のリボンを結んでいる。
「勉強の進み具合はどうかしら?」
「えっと、あと三教科……くらい……?」
カテリー二はくすりと微笑み、アテネのノートを軽く覗き込む。
「魔道具学はほぼ完璧ね。あとは理論魔法と、魔力制御法則……ここを押さえておけば、上位は狙えるわ」
「さすが分析型……!」
アテネが尊敬のまなざしを向けると、カテリー二は得意げに胸を張った。
そう、三人とも、それぞれの分野で実力を伸ばしていた。
パトラは理論と魔法制御に優れ、実技も安定して高い。カテリー二は計画的な学習で全教科バランスよく優秀。そしてアテネは魔道具系において飛び抜けた成績を誇っていた。
その実力は、期末試験の結果にもきちんと現れていた。
* * *
そして、数日後――
「やったぁぁぁっ!! 魔道具学、学年一位でしたーっ!」
中庭に響き渡るアテネの叫び。
「おめでとう、アテネ」
「まあ、当然の結果ね」
パトラとカテリー二も、にっこりと微笑む。実は二人も、それぞれ得意分野でしっかりと上位をキープしていた。
クラスの誰もがテストの結果に一喜一憂していたが、この三人に関しては、平和そのものだった。
「これで……いよいよ夏休みかぁ」
「そうね。学院も、来週から完全休業体制に入るって」
ベル=グラン魔術学院の夏休みは、約一か月半。
寮も一時閉鎖されるため、生徒たちはそれぞれの家へ帰るか、避暑地などへ出かけることが多い。
そんな中、パトラがふと提案を口にした。
「ところで、二人とも。夏休みの予定って、もう決まってる?」
「え? 私は……特に決まってないけど……」
アテネが首を傾げると、カテリー二も小さくうなずく。
「家族旅行の話もあったけれど、今年は父が政務で忙しいみたいで、見送りになったの」
「だったら、ちょうどいいわ」
パトラはいたずらっぽく笑った。
「うちの別荘に来ない? 避暑地の高原にある静かな場所。湖もあるし、涼しくて過ごしやすいの」
「えっ、いいの……!?」
アテネの声が一気に弾んだ。
「でも、そんなところに私なんかが行っても……」
「あなた“なんか”じゃないわ。私が招待するんだから、堂々と来なさい。カテリー二も、もちろん一緒に」
「まあ……ありがたくお受けするわ。空気のきれいな場所で、本でも読めたら最高ね」
「ふふ。それに、兄も来るわ。あとギルベルト様も」
「えっ、ロドス様とギルベルト様も!?」
アテネは驚きで目を丸くする。
ロドス=イラクリオンはパトラの兄で、王国の騎士団。ギルベルト=トリカラも同僚で騎士団に所属kしている。その知性とユーモアで、社交界でも人気者だ。
「ちょっと待って、急にレベルが高すぎませんか……っ」
「大丈夫よ。彼らもただの兄たちだから」
パトラがさらりと言ってのけるのを聞いて、アテネとカテリー二は顔を見合わせた。
豪華すぎる夏の計画に、ふたりとも興奮を隠せなかった。
* * *
その夜。アテネはまた、手紙を書いていた。
親愛なるおじいさまへ
今日、期末試験の結果が返ってきました!
魔道具学で、一位をとることができました。わたしの好きなことが、ちゃんと評価されるのは、本当にうれしいです。
それと……夏休みに、パトラさんの別荘に行くことになりました。高原にある湖の近くらしくて、自然がたくさんだそうです。
魔道具のことも忘れて、のんびり過ごせたらいいなって思ってます。
いつも応援してくれて、ありがとうございます。
アテネ=グレイより
窓の外には、初夏の夜風が吹き込んでいた。
銀の髪が、ふわりと揺れる。
楽しみな夏が、そこまで来ていた。




