第12話 アテネ、秘められた真実
―― 煌めく研究所と、秘められた真実 ――
カフェでのランチのあと、アテネとパトラが帰路についた頃、カテリー二は再びグラン魔道具研究所へと戻っていた。
長い回廊を静かに歩み、重厚な扉の前で立ち止まる。扉をノックすると、内側から低く落ち着いた声が返ってきた。
「カテリー二か。入って」
扉を開けると、そこは研究所の最奥にあるレオナルドの私室兼研究室だった。壁一面に本が並び、机の上には魔道具の部品や設計図が所狭しと広がっている。彼は背筋を伸ばし、難しげな書類に目を通していたが、姪の姿を見て穏やかな表情に変わる。
「どうだった、見学は?」
「完璧だったわ。アテネもパトラもとっても楽しそうだった。……とくにアテネはね」
「そうか。良かった」
レオナルドが微笑むのを見て、カテリー二は椅子に腰かけながら、すっと表情を引き締めた。
「叔父様、あの子のことで――進展は?」
レオナルドは黙って、数枚の資料を机から取り出す。そして、声を落として語り出した。
「……君も感じたと思うが、アテネの魔力量は常人を遥かに凌ぐ。あれほどの潜在魔力を持つ者が平民出身だというのは、正直、かなり異例だ」
「やっぱり……」
「もちろん、極めて稀に、魔力に恵まれた平民が生まれることはある。だが、多くは貴族の落胤――つまり、隠し子というケースがほとんどだ」
カテリー二が息を呑む。
「まさか……アテネが、貴族の子供なの?」
「可能性は高い。ただ、今はまだ断定できない。以前、アテネが孤児院に引き取られたときの記録を確認した」
レオナルドは、古びた布の切れ端の写しを差し出す。そこには、丁寧に刺繍された文字があった。
《アテネ=グレイ》
「アテネという名は、捨てられていた籠の中に入っていた布に縫い付けられていた。孤児院の記録によれば、その名前から、彼女に“アテネ=グレイ”と名付けたそうだ」
「グレイ……。その名前に、心当たりは?」
「調べた。王宮の侍女に、アテネという名前の者が実在していた。そして、その侍女は――今は亡きアンジェリーナ側室様、つまり、国王の側室の側仕えをしていた人物だったらしい」
カテリー二は息を呑んだ。
「まさか、その侍女の娘……?」
「それも、あり得る話だ。その侍女は、王宮での勤めを急に辞め、その直後に消息を絶っている。加えて、“グレイ伯爵家”は、古くから魔力に優れた家系で知られている。もしその血を引いているとしたら……」
「アテネの魔力量も、納得がいくわね」
「だが、だからこそ危険なんだ」
レオナルドの表情が厳しくなる。
「仮にアテネが貴族の落胤であり、しかも王宮関係者の血を引くとなれば……それを良しとしない勢力もある。彼女の存在を快く思わない者に狙われる可能性もある」
「……うん。だから、まだ彼女には何も伝えない方がいいわね」
「当然だ。真相が明らかになるまでは、彼女の身を守ることを最優先にする。そして、今、親子がわかる鑑定魔道具を製作中だ。それが完成すれば、真実がわかる……」
しばらく沈黙が流れる。だが、やがてカテリー二が小さく笑って言った。
「でも、叔父様……あなた、アテネのこと、ずいぶん気に入ってるみたいだったわよ?」
「……まー、気になってはいるが、それがなにか?」
「ふふ。アテネの方も、まんざらでもなさそうだったわ。今日なんて、あなたに支えられて真っ赤になってたし」
レオナルドは珍しく咳払いをして、視線を逸らした。
「……彼女は、真っ直ぐで、優しい子だ。あの年齢で、あれだけの魔力量を持ちながら、驕らず素直に笑っていられる。……だからこそ、守りたいと、思っただけだ」
「“だけ”……ねぇ?」
カテリー二はクスクスと笑って、立ち上がる。
「ま、好きにすればいいわ。でも、あの子はもう、あなたのこと、ちょっと特別に見てると思うわよ」
そして、ドアの前で振り返る。
「くれぐれも、“研究対象”としてじゃなくてね?」
冗談めかしてそう言うと、カテリー二はふわりと笑って、研究室を後にした。
静寂が戻った空間で、レオナルドはふぅとため息をついた。
机の上には、“アテネ=グレイ”と記された古布の写し。
その名前が何を意味するのか――
真実は、まだ闇の中にあった。
だが、レオナルドの胸に去来するのは、一人の少女に対する、淡く温かな想い。
それは、魔道具のように繊細で複雑で、けれど確かに心を動かす、感情の芽生えだった。
――そして、物語は静かに、次の章へと向かっていく。




