第11話 アテネ、グラン研究所に見学に行く
―― 煌めく研究所と、まばゆい午後――
湖での楽しい休日から、また二週間が経ったある日の放課後。
アテネとパトラは、学院の図書室で魔道具関係の資料を読んでいた。そこへ、金色の三つ編みを揺らしながら、カテリー二がふわりと現れる。
「ちょっといいかしら? ふたりとも」
「どうしたの? 何か用?」
「ええ、実はね……」
カテリー二は、にこりと上品に微笑んだ。
「今度の週末、グラン魔道具研究所に見学に行かない? 叔父様に頼んで、特別に案内してもらえることになったの」
「えっ! 本当に!?」
アテネが目を輝かせて身を乗り出す。声のトーンが一段と高くなっていた。
「行きたいですっ! 行きたいです行きたいです! 魔道具の研究所なんて、絶対楽しいに決まってますっ!」
パトラも笑いながらうなずく。
「面白そうね。もちろん行くわ。グラン魔道具研究所って、あの巨大な円形の建物よね? 魔法都市のシンボルみたいな場所」
「そうよ。叔父様は、そこの所長をしているの。レオナルド=フォン=クロイツベルグ……知ってるかしら?」
「聞いたことある! “魔道具の貴公子”って呼ばれてる研究者でしょ?」
「ふふ、そう呼ばれてるのは、ちょっと気恥ずかしいって言ってたけどね」
アテネは頬を紅潮させながら、キラキラと瞳を輝かせた。
「もう、今から楽しみですっ!」
* * *
週末、快晴。
三人の少女は、学院から馬車に乗って郊外のグラン魔道具研究所へと向かった。
白い大理石でできた巨大なドーム型の建物が、青空を背景にそびえている。その周囲には庭園が広がり、花々が咲き誇る。
「うわぁ……本当に大きい……!」
アテネはその光景に感嘆の声を上げ、興奮で小さく跳ねるように歩く。
入り口で待っていたのは、長身で金色の髪を後ろでまとめた美しい青年――レオナルド=フォン=クロイツベルグだった。カテリー二に似た琥珀色の瞳が、柔らかく微笑んでいる。
「ようこそ、グラン魔道具研究所へ。案内はこの僕、レオナルドが担当します」
「……っ!」
アテネは、レオナルドの姿を見た瞬間、その端正な容姿と落ち着いた声に思わず言葉を詰まらせた。
(カテリー二さんの叔父様……って、30歳って聞いてたのに、全然そんな風に見えない……!)
まるで絵画から抜け出したような美貌に、アテネの胸がドキンと音を立てた。
「アテネ、顔が赤いわよ?」
「え、えっ? ち、ちがっ……ちがいますっ!」
パトラに指摘されて、あわてて手で頬を隠す。
そんな様子に、レオナルドは小さく笑った。
「さあ、中へどうぞ。今日は、君たちのためにいくつか特別な展示を用意してあるんだ」
* * *
研究所の中は、近未来的な設計で、天井の高い展示ホールに、大小さまざまな魔道具が並んでいた。
空を飛ぶための靴、手のひらサイズの料理補助魔道具、眠りを誘う音波装置など、子供心をくすぐるような品々が所狭しと並んでいる。
「これ、見てください! 風の魔石を使った自動回転式掃除箱ですって!」
「こっちは、水を飲むだけで一日分の栄養が取れるって……本当に?」
「わぁぁぁあ! 見てるだけで、たのしいです~~~!」
アテネはもう、目を輝かせて子供のように展示を駆け回っていた。
だが――
「わっ……!」
展示の角に足を引っかけ、バランスを崩して前のめりに倒れそうになる。
そのとき。
ふわり、と。
優しく、温かな腕がアテネの身体を支えていた。
「大丈夫かい?」
すぐ目の前に、レオナルドの顔があった。
その琥珀の瞳は、驚きと心配に満ちている。
「ご、ごめんなさいっ! 私、ちゃんと足元を見てなくてっ!」
慌てて体勢を戻すが、心臓がばくばくと鳴っている。レオナルドも、ほんの少しだけ頬が赤らんでいた。
「気をつけてね。ここは、意外と危険なものもあるから……」
「は、はいっ……!」
(ち、近かった……! 顔、ほんとに、近かった……!)
アテネは顔を真っ赤にしながら、心臓が落ち着くまで、その場から動けなかった。
パトラは少し離れた場所から、何かを察したようにニヤリと笑っていた。
「ふふふ……青春ね」
「……黙ってて、パトラさんっ!」
* * *
見学のあとは、研究所の近くのカフェへ。
湖の見えるテラス席に案内され、三人はサンドイッチとフルーツティーを注文して、穏やかなランチタイムを過ごした。
「おいしかったね」とアテネが満足そうに言うと、カテリー二がふと表情を柔らかくして呟いた。
「叔父様、昔からああいう人なの。まじめで、穏やかで……でも、魔道具のことになると、止まらなくなるくらい熱心なのよ」
「うん、すごく優しくて、でもちょっと不器用で……なんだか、魔道具みたいな人だなって思いました」
「魔道具みたいな人って、どういう意味よ……?」とパトラが笑いながらつっこむ。
アテネはちょっと恥ずかしそうに笑った。
風がふわりと吹いて、銀色の髪が揺れる。
楽しい休日が、またひとつ、アテネの胸に宝物のように刻まれた。
* * *
その夜、女子寮の部屋でアテネは、またペンを取った。
親愛なるおじいさまへ
今日は、カテリー二さんに誘われて、グラン魔道具研究所に行ってきました。
とても大きくて、素敵な魔道具がたくさんあって、わたし、思わず子供みたいにはしゃいでしまいました。
そのせいで、ちょっと転びそうになったんですけど……そのとき、レオナルドさまが助けてくれたんです。
カテリー二さんの叔父様で、金色の髪の、とても優しくて立派な方でした。
……顔が近くて、ドキッとしました。
わたし、今まで魔道具のことばかり考えていたけれど、こういう気持ちも、なんだか不思議で、でもあたたかいです。
わたし、また少し、大人になれたかもしれません。
おじいさまに、いつかレオナルドさまの研究所のこと、お話したいな。
それでは、また手紙を書きます。
アテネ=グレイより
窓の外には、星の光がまたたいていた。
アテネはその星を見ながら、ふっと微笑んだ。
今日の自分は、昨日よりちょっとだけ――前に進めた気がした。
それは、恋に似た、淡くまばゆい魔道具のような感情だった。




